第十三話 不器用な誘い


「そういやもうちょいでクリスマスだな」


 冬休みを目前に控えたある日の放課後、帰宅準備をしていると琉晟が唐突にそんなことを言い出した。


 十二月に入った今、秋の過ごしやすさはとうに無く、気温は下がる一方だ。

 まさしく冬の始まりとも言えるこの時期に多くの人が期待するイベントと言えば、やはりクリスマスだろう。


 もちろん、家族と離れている上に付き合っている女性がいるわけでもない僕にとっては無縁のイベントだが。


「そうだね」

「そうだねってお前……。もっと他に感想あるだろ。せめてもう少し喜べよ」


 わざとらしく溜め息を吐いて落胆する琉晟に少しだけ首を傾げる。

 他にどんな返答をしろと言うのだろう。


 今となっては聖夜に配られるかもしれない贈り物に心を躍らせることも無いわけで、特別な日でも何でもない。

 むしろ反応してやっただけ上等ではないだろうか。


「別に普通の日と変わらないんだ。喜べと言われてもな」

「んでも理亜ちゃんとデートすんだろ?」

「何故? する理由が見当たらないな」

「チキンが」

「何とでも言えよ」


 何と言われようとその気はない。

 別に理亜と二人きりで外へ出るのが恥ずかしいというわけでもないし、必要があればいくらでも世間体で言うデートをするが、わざわざその日でなくても良い。


 一体何が悲しくてわざわざ人の多いクリスマスに外へ出歩かなければいけないというのか。


 それに僕にとってクリスマスは何の変哲も無い一日に過ぎなくても、理亜にとっては違うかもしれない。

 理亜には理亜の予定があるだろうし、それを踏み躙ってまで出かけようなどという気は全くなかった。


「え、ほんとに行かねぇの? クリスマスデート」

「彼女とかじゃないって言っただろ。一緒に住んでると言うだけで、理亜のクリスマスを奪うことはしたくない」


 淡々と言えば「お前ってやつは……」と呆れ返った返答がくる。

 僕としては常識を語っていたつもりだったのだが、これまた随分な態度だ。


「そもそも、そんなにクリスマスにデートしたいものなのか?」

「そりゃしたいだろうよ。聖夜だぞ、聖夜。この日に女の子と過ごせるかで男としての価値が決まる」

「……言いすぎだよ」


 極端すぎる発言を投げてくる琉晟を慌てて宥める。

 幸い周りに人がいなかったから良かったものの、聞かれていればまず間違いなく戦争が起きていただろう。


 聖夜だからと言って男子皆が恋人と過ごすとは限らない。家族や友人と過ごす人もいれば、一人の人達だっているはずだ。

 あくまで琉晟の個人的な意見としては認めるが、せめてもう少しくらい穏便にしてもらいたいものである。


「まぁ、路惟の好きにすればいいと思うが、その感じ理亜ちゃんに予定があるかは聞いてねぇんだろ? お前、もしあの子に予定が無かったとして、それでもにさせとくのか?」

「それは……」


 確かに琉晟の言う通りだと思う。

 憶測で女子はクリスマスに必ず予定があるものと決めつけていたが、それは本来理亜に直接聞いてみなければ分からないことだ。


 そしてもし理亜に予定がなかったとしたら、彼女は当然聖夜を独りで過ごすことになるわけで、それは僕としてもあまり望むところでは無い。


「聞くだけ聞いてみろよ。案外乗ってくれるかもしれないぜ?」

「……分かったよ」


 まんまと琉晟の策略に乗せられた気がしなくもないが、こうしてクリスマスデート計画が始動したのである。





「くりすます……? きらきらした日のこと?」


 夕食後、洗い物をしながら理亜に聖夜の予定について問いかければ想定外の返答が来た。


 彼女があまり物を知らないのは承知していたつもりだったが、まさかクリスマスそのものについて聞き返されるとは思うまい。

 完全に虚を突かれた僕は唖然として思わず手を止めてしまった。


「そうだね。そのきらきらした日で間違いないと思う。宗教の祭事なんだ。こっちでもそれに託けて遊ぶ人が多いんだけど、理亜はそういうのはしないのか?」

「……しない。くりすます、よく知らないから」


 あくまで淡々と答える理亜は普段通りで、特に気に留めた様子もなく、隣で洗い終わった食器を拭きあげている。

 どうやら彼女の中でクリスマスは“皆がそう呼んでいる日”くらいの認識らしい。


「路惟はどこかへ出かけるの?」

「僕? いや、まぁ、僕も予定は無いんだけどさ……」


 我ながら締まらない返答だなと苦笑する。

 別に外出に誘うくらい何て事は無い。初めて彼女を買い物に連れ出した時のように、強引に約束を取り付けてしまえば良いだけの事だ。


 けれども何故か、クリスマスというだけで妙な気恥しさを覚えてしまう。

 たとえ他意はなくとも、クリスマスを共に過ごすと言うのはそれだけで特別な意味を持つのではないか。

 そんな考えが脳裏を掠めて、随分と誘うのを躊躇ってしまった。


「理亜。もし僕がクリスマスに一緒に出かけようと言ったら、来るかい?」


 一瞬の沈黙。

 理亜が澄んだ瞳でこちらを見据えて、一度瞬きをする。


「どこへ、行くの?」

「それは……そうだよな。ごめん、忘れてくれ」


 そこを突かれては、僕としては強くは言えない。

 前回理亜を連れて外に出たのは美容院へ行ったり、買い物をしたりと明確な用事があったからだ。


 それに対して今回は、ただ理亜を独りにさせたくないから声を掛けたと言うだけ。行きたい場所も、買いたい物も、特には無い。

 何の目的も無しに二人で外出するのは正しく無意味と言えるだろう。


「それなら、わがままを言ってもいい?」


 ただ意外だったのは、理亜の方から話を続けてきたことだろうか。

 ぽつり、とそんなことを口にした彼女は食器を拭く手を止めて、神妙な面持ちでこちらを見る。


「もちろん。むしろ聞きたいくらいさ」

「……すいぞくかん」

「水族館?」

「うん。行ってみたい。私、路惟からサメを貰ったけど、見たこと無いから……」


 なるほど、と頷く。

 貰ったサメというのはおそらく、僕が誕生日に渡したサメのぬいぐるみのことを言っているのだろう。

 どうやら理亜は本物を見たことがないようで、この期に見に行きたいらしい。


 正直なところ、あの時サメのぬいぐるみを選んだのは完全に僕の趣味なのだが、そう言ってくれるということは意外と気に入ってくれていたりするのだろうか。

 ついそんな自惚れた推測をしてしまうが、直ぐに邪推だと悟って振り払う。


「いい考えだね。行こうか、水族館」

「いいの……?」

「僕から誘ったんだ。断る理由はないよ」


 快く理亜の提案を受け入れる。

 理亜に行きたいところがあるというなら、できる限り叶えてやるべきだろう。


 むしろ僕一人では水族館に行くことなど思いつきもしなかったので、提案してくれた理亜には感謝しかない。


「ありがとう。理亜」

「どうして……?」

「いや、そう言いたい気分なんだ」


 言ったはいいものの、何だか気恥ずかしくなって言葉を濁す。

 理解が追い付かなかったらしい理亜はこちらを見つめたまま不思議そうに小首を傾げていた。




【あとがきっぽい何か】

お読みいただきありがとうございます。

今回理亜ちゃんが食器洗いのお手伝いをしていましたが、これは前回のお話の後から始めた事のようですね。

他にも掃除、洗濯、料理のお手伝いもしているようです。


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