第十・五話 予期せぬ遭遇 

 友人が学校を休んだ。


 放課後。本来なら路惟が受け取るはずだった課題のプリントを代わりに預かった俺――上田琉晟は、それを届けるべくいつもとは違う帰路に着く。


 正直面倒ではあるが、昼前に送った体調を伺うメッセージに返信が無かったとあれば心配になるのも当然だろう。

 故に家に直接出向いて哀れな病人の顔でも見てやろうという訳だ。


 今までにも何度か通ったことのある道を辿り、大通りから細道に入って少し行けば、すぐにモダンなデザインの一軒家が見える。


 相変わらず綺麗な家だった。築年数がそれ程経っていないというのもあるだろうが、均一に刈られた庭の芝や、落ち葉のはけた玄関周りは間違いなく継続的に手入れをされたもの。路惟という男の几帳面さがこれでもかと伝わってくる。


 ちなみに以前家に上がった時に見た限りでは、家の中も清潔そのものであったので、奴の綺麗好きは筋金入りだ。


――綺麗にしてやがるなぁ……。


 そんなことを思いつつインターホンの前へ歩み寄る。

 ボタンを押すと来客を知らせる音が鳴るが、家主からの返答はない。


 もう一度呼び出すか迷うが、寝ている可能性もあるのでやはり躊躇う。


 流石に病人を叩き起すほど無慈悲なことをする気にはなれず、諦めて踵を返した俺だったが、がちゃりと背後で玄関の扉が開く音を聞いて自然と足を止めた。


「おおー路惟。インターホン出ないの珍しい……な?」


 途中で言葉を切ったというより、切れたのは目の前の光景が自分の予想に反していたからだ。


――女?


 思わず出かかった言葉を飲み込む。扉を開けたのは路惟ではなく、近しい年頃の女子だった。


 艶やかな髪と澄んだ瞳、整った鼻と小さな唇はまさしく美少女と評するにふさわしい造形美で、男には無い潤いを放つ乳白色の肌からは手入れされているのが伺える。


 やや、痩せているのかカーディガンの袖から除く手は細いが、それでも不健康という印象は全くない。


「…………だれ?」


 余りの衝撃に固まっていると少女の方が先に問いかけてきた。

 よく澄んだ瞳が一瞬のうちに昏くなったのは警戒故か、それとも単なる俺の気のせいか。


「それを聞きたいのはこっちなんだがな。路惟さんや、いつの間に女の子になったんだ?」

「……」


 冗談を交えて返してみると見事に沈黙が落ちて、俺は瞬時に返す言葉を間違えたと悟る。


 こちらを見つめる少女は完全な無表情。まるで精巧に作られた人形のような無の表情がこちらを見てくるものだから非常にいたたまれない。


「あー、俺は琉晟。路惟とは同じクラスでな。友達をやってる」

「トモダチ……?」

「そ、友達。まぁ、腐れ縁ってやつだな。んで君は?」

「…………理亜」


 囁くような声音でそう口にする少女。どうやら理亜という名らしい。


 本当はもう少し深い情報が欲しいところだが、彼女の方は半開きした玄関の扉に半身を隠し、警戒しているご様子。あまりこちらと対話をする気はなさそうだ。


 当然、急に見知らぬ男が訪ねてきて警戒しているのは分かるし、余計なことを喋らないというその姿勢は十分に理解できる。


 しかしながら、この理亜という少女がどこから来て、ここで何をしているのか、それすら分からない今の状況では、こちらとしても怪しまざるを得ない。


「そうか、理亜ちゃん。路惟はどうしてる? 元気か?」

「……部屋で寝てる」


 とりあえず事情を知っていそうな者から話を聞くべく、その者の所在を聞けば、そんな返答が返ってきたので思わず頭を抱える。


 やはりというか家主は睡眠中らしい。路惟は忙しくしていても何だかんだで連絡を寄越してくるタイプなのだが、それをしないで寝ているということは俺が思っているより症状が重いのだろう。


 路惟相手には幾度となく無茶を言ってきた俺だが、病に侵されている中で無理をさせてまで説明を求めるほど鬼にはなれない。


「起こしてくる……?」

「いや、いい。流石にそんなことできねぇよ。その代わりと言っちゃなんだが一つ頼みたい。こいつを路惟に渡しといてくれねぇか?」


 今日のところは大人しく退散することにした俺は預かってきたプリントを保管していたクリアファイルごと理亜に渡す。


 恐る恐ると言った様子でそれを受け取った彼女は不思議そうに瞳を瞬かせた。


「プリント……?」

「おう。今日の授業の課題、丁度配られたからな」

「……わざわざ、届けにきたの?」

「あいつがいないと課題を見してもらえんからなぁ。ま、ちょっとした寄り道ってやつだ。ついでに顔でも見てやろうと思ったが、寝てんなら仕方ねぇ」

「……そう」


 ただ淡々と答える理亜に俺は苦笑いを返すしかない。


 表情も先程から全くと言っていいほど変わっていないし、声音にもあまり抑揚が無い。一言で言ってしまえば無愛想。色々と謎の多い少女だ。


「んじゃ、頼んだからな。また合えたら話そうぜ」


 まじまじとプリントを見つめる理亜に社交辞令じみた言葉を残して踵を返す。

 路惟の風邪が治ったら、必ずこの件について問い詰めてやろうと心に誓うのだった。

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