第十話 君のしたいこと

 理亜がスマートフォンを手にしてから二週間程経ったある日の朝。


 ピピッという独特の電子音に鼓膜を突かれ、僕は普段より重く感じる身体を引きずるようにベッドから身を起こす。


 ちなみに電子音の正体は脇に挟んだ体温計から発せられたもの。体温を計測し終えた際になるものだ。


 ゆっくりと体温計を取り出して計測値に目を向ければ「38.6℃」と表示されている。


「思ってたよりあるな」


 想像以上の数値だった。


 登校の準備のために早起きしたものの若干の倦怠感を感じ、念の為にと測ってみればこの有様である。


 せいぜい微熱くらいのものと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「学校は、休むしかないか」


 言葉と共に吐き出したため息は酷く熱い。

 風邪を引いたことを確信しつつ、僕は学校に欠席の連絡を入れることを決める。


 幸いと言うべきか、一人暮らしをし始めてから風邪を引くのは初めてでは無い。薬くらいは前回の残りがあるはずなので、それを飲んで寝ていれば問題はないだろう。


 ただ理亜へはどう説明したものか。

 前回風邪を引いた時は僕以外誰も家にいなかったので考えもしなかったが、少なからず同居人に迷惑をかけることは避けられまい。


 単なる風邪であれば良いが、感染症だった場合は多大な迷惑をかけることになる。


 共に暮らしている以上、風邪を移すリスクを排除できないというのは理解するが、自分が移した風邪で寝込まれるというのは気分がいいものでは無い。


 それにこの家の家事は殆ど僕一人で回しているのだ。

 僕が倒れれば、当選理亜の食事を用意したり、彼女の衣類を洗濯したりも出来なくなる。


「あの子になんて言うかな……」


 軽く頭を掻きながらぼやく。

 吐き出した息はやはり熱かった。




 考えた末に僕が導き出した結論は、理亜に小遣いを渡して風邪が治るまでの間の食事だけでも何とかしてもらおうというものだった。


 我ながら雑な案だと思うが、熱に支配された頭ではこれ以上の考えが思い浮かばなかったのだから仕方ない。


 家に常備してあったマスクをし、数枚の千円札を用意してリビングで待機していると、いつもの朝食の時間に理亜がリビングへと顔を出す。


 オーバーサイズのグレーのパーカー姿で入室した彼女が携えるのはいつも通りの無表情。

 ちなみにパーカーは理亜が家に来た初日に僕が貸したもので、気に入っているのかずっと部屋着にしている。


 理亜はこちらを見るなり瞬きをし、それから僅かに瞳を見開く。どうやら僕の様子がいつもと違うことに気づいたらしい。


「どうしたの?」

「少し風邪を引いただけさ。悪いけど今日は食事を作れそうにない。これを渡すから食事は適当に済ませてくれ」

「……うん」


 小さく頷いてお札を受け取る理亜。

 最近は反論しても後で言いくるめられると分かってのことなのか、意外と素直に物を受け取ってくれることが多い。


 正直今日に関しては理亜を説得できるほどの気力がなかったので、素直でいてくれたのは助かった。


「路惟はどうするの……?」

「どうって?」

「ご飯……食べないの?」

「適当に済ませる。君が心配する必要はないよ」

「そう……」


 何か物言いたげな眼差しを向けられて、僕は少しばかりたじろぐ。

 まさか理亜に食事の心配をされるとは思っても見なかった。


 彼女からすれば自分を引き取った男の息子がただ風邪を引いたと言うだけの話。心配する理由などないし、されても困る。


 僕が勝手に風邪を引いて寝込むだけなので、気にせず放っておいてほしいところだ。


「別に君が気にすることじゃない。健康管理を怠った僕が勝手に風邪を引いただけのことさ」

「……でも」

「大丈夫、これくらい寝ていれば治るよ」


 何か反論仕掛けた理亜の言葉を遮って言う。

 普段なら彼女の言い分も必ず聞くところだが、今はとにかく自室に戻って休みたかった。


「それに、君に風邪を移すわけにはいかないだろ」


 追い打ちのように掛けた言葉。理亜は何か言いたげに口を開いたが、すぐにそれを閉じ、そしてそれ以上何も言うことはなかった。




 理亜との会話の後、僕は重い身体を引きずるように自室へと戻る。


 もう休めるということで気が抜けたのか、ベッドの前に着く頃には身体が一気に体調不良を訴えかけてきた。


 朝は若干の倦怠感だけだったものが、今は喉の痛みや頭痛まで伴って全身を支配している。


 これは確実に悪化しているなと苦笑しつつ、そのままベッドに倒れ込めば、低反発のマットレスが深く凹んだ。


「軽率だったか……?」


 誰に言うでもなく自分一人しか居ない空間に問いかける。


 先程の会話で理亜が何か言いたげだったのが妙に引っかかっていた。


――何か言おうとしてたよな。


 遮るように無理矢理会話を終わらせてしまったので、その”何か”は分からない。

 やはり多少無理してでも理亜の話を聞くべきだっただろうか。


「そうだよな……」


 今更ながら体調が悪かったというのは言い訳に出来ないことに気づいて反省する。


「悪いことをしたな……」


 ため息と共に出た小さな呟きは誰に届くでもなく自室の空気に溶けて消えた。


 今からでも理亜に謝って何を言おうとしたのか聞きに行くべきかとも思ったが、身体の方は限界のようで、もはや半身を起こすことさえ叶いそうにない。


 それから僕は熱による気怠さと睡魔に引きずり込まれるように眠りへと落ちた。


 *


 路惟が自室へと戻った後、一人リビングに取り残された私は半ば呆然と立ち尽くす。


 いつもなら路惟と二人で朝食を取っている時間帯。普段と違う雰囲気のリビングはとても静かで、どこか寂しさすら感じる。


 未だに寂しさなどという感情を残していたのかと愚かな自分に辟易としつつ、渡された千円札に目を向ければ札に描かれた名前も知らない誰かと目が合う。


 相手はただの絵だというのに、何故かひどく気まずくなってすぐ目を背けてしまった。


――もやもやする……。


 ふとそんなことを思って、けれど何故そう思ったのか自分でも分からずに困惑する。


 別に路惟のやり方に不満がある訳では無い。風邪で食事を作れない状況は理解するし、私の食事代を用意してくれた彼の考えも今なら少しは分かる。


 けれど、彼は自分の食事をどうするつもりでいるのだろう。


 適当に済ませると言っていたが、風邪を引いている時のそれがとても難しいことくらい私にも分かる。


 そして何より、不調の時に一人でいるのがどれだけ辛いことか、私はよく知っている。


 もしかすると、彼は元から食事などとる気はないのではないか。

 そんな推測がずっと頭の中に居座っていて、けれど自分がどうすればいいのか分からない。

 それがどうしよもなく私の胸の奥をざわつかせている。


――私は、どうすればいい……?


 先程路惟に問いかけようとして、出来なかった問いを心の中で投げる。


 結局考えても答えが見つかる訳もなくて、熟考の末、思い切って彼の父――和弘に電話することに決めた。


 先日贈られたスマートフォンを手に取り、メッセージアプリを起動、先日友達登録をした和弘のトーク欄から受話器のマークをタップすれば、すぐにコール音が流れ始める。


『もしもし?理亜?』


 三回目のコールが終わった辺りで通話は繋がった。


「……うん」

『珍しいな君が電話をくれるなんて、どうかしたか?』

「路惟が、風邪を引いて……でも、私には気にする事じゃないって言ってて……どうすればいいか分からなくて、それで……」

『……ほう』


 一言呟くように言った和弘はすぐには言葉を繋がず、沈黙が落ちる。


 大方何かを考えているのだろうと察しはつくけれど、短い吐息のような音が通話越しに聞こえた時は少しどきりとした。


『それは、理亜が気にすることなのか?』


 やがて和弘が一言口にした言葉はそれだった。

 口調は先程と変わらないはずなのに、その一言はとても重くて、思わず息を飲む。


「それは……」

『別に理亜が風邪を移したわけではないんだろう?』

「そう、だけど……」

『それならば君が気に病むことはないだろう。気にするなと言われたなら気にしなくてもいいと思うが?』


 その通りだと思う。

 私と路惟は家族じゃない。他人と割り切ってしまえば彼を気にかける理由など特にないし、今までの私なら確実にそうしていたはずだ。

 けれど、もし――。


――もし風邪を引いたのが私だったら……?


 そんなことを考えて、思わず唇を結ぶ。

 もし今回風邪を引いたのが路惟ではなく私だったなら、彼はそんなことをしただろうか。


 そんなの考えなくとも分かる。答えは否だ。

 たとえ私が他人だとしても彼は絶対にそんなことはしないだろう。何かと理由をつけて甲斐甲斐しく世話を焼いてくるに違いない。


 いつもながら調子が狂うなと思う。この胸のもやもやも、慣れない電話に手を出したのも、きっと全部路惟のせいだ。


『理亜?大丈夫か?』


 和弘から問いかけられて、はっと我に返る。

 考え事に耽ってしまっていたが、そういえば通話中だった。


「平気……」

『そうか。まぁ、そう気にすることはない』

「……うん」

『他に何か困っていることはないかい? 話が済んだなら、切るが」


 あくまで気にする必要はないの一点張りな和弘に気圧されて押し黙る。


 確かに他人だからと切り捨てて、路惟を放っておくのは簡単だ。


 しかし、心の何処かでそれをしたくないと思うのは身の程知らずな私の我儘なのだろうか。


――私は……何がしたいんだろう……?


 そう自分に問いかけるが、もちろん答えは出ない。

 伝えたいことがあるはずなのに、それを上手く言葉に出来ない自分にうんざりする。


 早くしなければ通話が終わってしまう。何か言わなければという焦りに抗いながら、私は必死に言葉を探した。


『じゃあ、切るよ。困った時はいつでも連絡してくるといい』

「ま、待って……」


 気づけばそう口にしていた。

 発した声は聞き苦しいくらいに震えていたが、そんなことを気にしている余裕はない。


「私……路惟を助けたい」


 何を言っているんだろうと自分でも思う。

 私が何かしたところで風邪なんてものは直せるわけがないのに……。


 それ以前に、私が何かを望むなんて許されるわけがないのに……。


 それでも望みを口にしてしまう私はきっと救いようのない馬鹿なのだろう。


「だから、私にできることを教えて」


 段々と尻すぼみになりながら、それでも口にした願いの一言。

 言い終わる頃にはすっかり身も縮こまって、まるで叱られる子供のようになってしまった。


 これから浴びせられるのは身の程知らずな私に対する怒号か、許されないことをしたことによる叱責か、あるいは叶いもしない望みを抱いた愚か者への嘲笑か。


 やがて和弘が返したのはそのいずれでもなくて、感心と喜びを混ぜ合わせたような笑いだった。


 *


 目を覚ますと体調はほんの少しだけマシになっていた。

 ちらりと窓に目を向ければ外はまだ明るい。どうやら一日中寝ていたという訳では無さそうだ。


 ふと額に冷たさを感じて手を伸ばす。指先が触れたのは肌ではなく、少しごわついた布のようなもの。

 それが冷却シートだと気づくまでには少し時間を要した。


――なんだ……?


 思わず眉を寄せる。

 自分で冷却シートを使用した覚えはないし、そもそもこの家にはそんなもの常備していない。


 確か前回の風邪の時に使い切って、それ以降購入した記憶もないので間違いないはずだ。

 何かがおかしいと思いながらも、熱に支配された頭では考えることすらままならない。


 とりあえずこの奇妙な現象が何かを探るべくベッドから身を起こそうとして、目の前の景色に思わず固まった。


 そこには少女がいた。

 濃紺の髪に白い肌と華奢な身体を持つ少女。

 一度着替えたのか、ワンピースにアウターを合わせて身に纏った彼女は、正座を横に崩したような座り方で床に座り、ベッドにもたれ掛かるようにして眠っている。


――理亜?


 思わず息を飲む。寝顔を見るのは初めてだった。

 長い睫毛に縁取られた瞳を閉じて、呼吸と共にゆっくりと肩を上下させている姿はなんとも心地よさそうだ。


 寝てる時はこんな感じなのかと眺めていれば「ん……」と小さな声が漏れるので、妙に可愛げのある姿につい微笑んでしまう。


 まだまだ折れそうなくらいに華奢なのは否めないが、文乃のおかげで髪の色艶は戻りつつあるし、肌からも以前の不摂生さは感じられない。


 元々顔立ちは整っている理亜なので、この調子で行けばすぐに誰もが認める美少女になるのではないだろうか。


 文乃は磨けば美人になると言っていたが、どうやら事実だったらしい。


 そんなことを考えたのも束の間、目を覚ましたらしい理亜が瞼を上げて、その濃紺の双眸と目が合う。


 寝起きの僅かに蕩けたような瞳は警戒心強めな理亜にしては珍しく無防備で、不覚にも可愛らしいと思ってしまった。


「……路惟、起きた?」


 ぱちり、と瞳を瞬いた理亜が開口一番口にしたのはそれだった。

 思わず笑ってしまう。君の方こそ寝ていただろうに、と。


「今起きたところ。これは君が?」


 額に貼られた冷感シートを指さして言えば、こくりと小さな頷きが返ってくる。

 どうやら僕が寝ている間に看病してくれていたのは彼女らしい。


 一体どこでそんな知識を身につけてきたのか知らないが、病人の看病などリスクが大きすぎる。移されでもしたらどうするつもりだったのだろう。


「気にする事はないって言ったろ……?」

「……うん」

「ならどうして……」

「路惟なら、こうすると思ったから」


 凛とした声音。痛いところを突かれたと悟ったのも束の間、僕は何も言い返すことが出来ずに口を噤む。


 こちらを真っ直ぐに見つめる瞳に何故だか少しだけ気圧された。


 理亜の言い分は正しい。

 もし今回風邪を引いたのが理亜の方だったなら、僕は何を言われようとも放って置かなかったと思う。


 ベッドにもたれかかって寝るかどうかはさておき、今の理亜と似たようなことを必ずやっていただろう。


 自覚がある分、今回は素直に負けを認めるしかなかった。


「悪いな。迷惑をかけて」

「別に、私が好きで勝手にやってるだけ。前に路惟が、そうしたように……」


 そういえば以前理亜が体調不良で寝込んだ際に似たようなことを言った記憶があるなと思い返す。


 自分が言ったことをそのまま言われると、やはり言い返すのは難しい。

 言われてしまったなと思いつつ、苦笑いを返した。


「具合はどう……?」

「さっきよりはマシになったな」

「……そう」


 理亜がいつもと同じ淡々とした口調で返す。

 けれどその中に安堵のような息使いがあった気がしたのは僕の気の所為だろうか。


「……何か、食べられる?」

「食欲はあるよ。多分……」


 言葉を濁したのは食事をしたくなかったからでは無い。


 朝食を食べ損ねたせいか、それなりに空腹は感じていたし、薬を飲むなら何か胃に入れてからの方が良いのも分かる。


 けれど、生憎親とは離れて暮らしている身。食事が勝手に出てくることはないので、何か食べるにはまず調理をするところから始めなければならない。


 もし仮にそれが出来たとしても、食べて後片付けをするまでの余裕は今の僕にはないだろう。


「でも、食事を作るのはしんどいし、今日は我慢するかな」

「……少し、待ってて」


 一体何をしようというのだろう。

 ゆっくり立ち上がった彼女は部屋の扉を開け、早足で廊下の奥へと消えてゆく。


 僕はそんな後ろ姿を見て首を傾げながらも、体温でも測っておくかと体温計に手を伸ばした。




 理亜が戻ってくるまでそう時間はかからなかった。


 ひたひたと階段を上る足音が彼女の来訪を伝えてくるのを聞きつつ、僕は用の済んだ体温計をサイドテーブルに捨て置く。


 やがて響いた控えめなノック音。肯定の意を伝えて返せば、入室してきたのは木製のトレーを持った理亜だった。


 手にしているのは僕がいつも配膳の時に使っている見慣れたトレー。けれど、彼女がそれを使っているのを見るのは初めてで、なんだか新鮮だ。


 思わず目を見張った僕だったが、すぐに理亜が持ってきたかったものがトレーではなく、その上に乗る茶碗の方だと気づいてそちらに目を向ける。


「これなら、食べれる?」


 小首を傾げながら問いかけてくる理亜。自然と茶碗の方へと目を向ければ、そこには丁寧に盛られた粥があった。


 いつも愛用している茶碗に盛られ、湯気を立てているそれ。溶き卵でも入っているらしく、白い米の中に入っている薄黄の模様が食欲を掻き立ててくる。


「和弘さんが、これなら食べれるだろうって……」

「なるほど」


 どうやら理亜に入れ知恵をしたのは和弘だったらしい。

 風邪を引いたことは伝え損ねていたはずなので、どうやってそれを知り得たのかは気になるところだが、今はその入れ知恵も純粋にありがたい。


「食べてもいいのかい?」

「うん」

「それじゃあ、ありがたくいただこうかな」


 理亜から粥を受け取り、匙で掬って口に運ぶ。

 程よくとろみのついた粥の味は塩分控えめで、病で弱った胃に丁度良い。入っている卵もまろやかさを足すと共に食感を良くしていて、非常に食べやすい。


 正直、たかが粥でこんなにも感動できるとは思ってもみなかった。


 思えば自分以外の誰かから食事を振舞ってもらうなんていうのは久しぶりで、もう何年も経験していなかったかもしれない。


 こんなにも温かい気持ちになるものだったのかと痛感した僕は思わず口を綻ばせる。


「おいしいな」

「……そう」

「久しぶりなんだ。こういうのは。やっぱり、いいな」

「……」


 柄にもなく夢中で匙を進める僕。その瞬間、理亜の表情がほんの少しだけ曇ったことには気づかなかった。


「路惟……」

「うん?」

「その……ごめんね……」


 唐突に飛んできた謝罪。意味がわからずに眉を寄せる。

 理亜の謝り癖はいつもの事だが、時折何に対する謝罪なのか分からないものがある。

 今回もまた、その類だった。


「なぜ、謝るんだ?」

「手作り、出来たらよかったのに……。私は路惟みたいに料理を作れないから……」

「ああ……」


 何となく察する。

 理亜がそう言うということは、僕が今食べているこの粥は何処かしらで買ってきたレトルト食品か何かなのだろう。


 そもそも家にはレトルトの粥すらも置いていなかったので、買いに行ってくれただけでも十分ありがたいのだが、理亜は手作りすべきだったと悔やんでいるらしい。


 何処か思い詰めた様子で肩を落とす理亜。

 落ち込む彼女とは対象的に、それを喜ばしく思ってしまった僕は、衝動を抑えきれずについ笑ってしまった。


「……何か、おかしい?」

「いや。君が自分の望みを口にしてくれて嬉しいのさ」


 別に僕自身は特別手料理を求めているわけではなかったし、作れと頼んだ覚えもない。


 理亜は他でもない彼女自身の意思で”手作りしたかった”という願望を口にしたのだ。


 今まで言われるがままだった理亜が自分の意思で選択をし、発言している。目を見張る成長だ。

 喜ばずにはいられないだろう。


「別に謝る必要は無い。このお粥をおいしいと思うのは他でもない君が用意をしてくれたからだ。むしろ君はそれを誇っていいんだ」

「……」

「君がいてくれて本当によかった。ありがとう。

「……どう、いたしまして」


 彼女が目を逸らしたのは気恥しさからか、それとも納得のいかない不服さ故か。


 もし後者だった場合不満を抱かせたままにしておくのも悪い気がしたのでもう少し言葉を足すことにする。


「けどそうだな。いつか理亜の手料理も食べてみたいかもな」


 理亜が再びこちらに視線を向けて、一度瞳を瞬く。


「……作り方、教えてくれる?」

「もちろん。君が満足するまで付き合うよ」

「うん」


 こくり、といつもより深い頷きを返してくる理亜。

 まさかこれほど食いつきがいいとは思わなかった僕は、驚きを隠せずに目を丸くする。


 遠慮の塊のような理亜が、こうして望みを口にし、態度として表せるようになってきたというのははやり嬉しいし、とても良い傾向だろう。


 こっちの方がよほど好ましいなと思いつつ、僕は取り出した風邪薬を口に放り込んだ。





【あとがきっぽい何か】

お読み頂きありがとうございます。

理亜ちゃんは警戒心強めなので人前で寝ることは滅多にしません。

仮に寝ていたとしても微かな気配ですぐに目を覚ましてしまいます。

今回彼女が路惟くんの傍で眠れていたのは奇跡かもしれませんね。

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