第六話 おかえり
「僕は明日から学校に行くが、君は?」
夏休み最終日の昼下がり。
ちょうど昼食を終え、理亜が自室に戻るその前に僕はそんなことを尋ねた。
明日からはいよいよ新学期。長期休暇が終わってしまう事実に寂しさと若干の気怠さを感じなくもないが、僕自身は課題を終わらせるなどして準備を進めてきたので問題はない。
それよりも気になるのは理亜がどう過ごす気でいるのかということだ。
理亜がどの高校に籍を置いているのかは不明だが、少なくとも僕と同じではない。
僕の通っている高校は比較的新学期の始まりが早い方なので、理亜には留守番をお願いするという可能性も大いにあり得るだろう。
「……がっこう?」
相変わらずの無表情をこちらに向けた理亜が語尾に“?”マークをつけて聞き返してきたので、少し困惑する。
まさかとは思うが“知らない”などと言い出したりはしないだろうか。
「学校は僕と同じくらいの歳の人達が集まってみんなで勉強する場所さ。君も通ってるだろ?」
「……わからない」
「分からないって、そんなことあるのか?」
「もう、ずっと行ってないから……」
なんとなく気まずそうに視線を落とした理亜に、僕もまた何かを察して目を伏せる。
ずっと行っていないということは不登校で通うことが出来ていないか、もしくは元から高校そのものに通っていないかのどちらかだろう。
どちらにせよ理亜は学校へ行っていないようなので、明日の留守番は確定となりそうだ。
僕は後で父親に事情を知っていないか連絡することを心に決めつつ、改めて理亜へと向き直る。
「それじゃあ、明日は留守番を頼むよ。別に行きたいところがあるなら出かけても構わないが」
「……うん」
こくり、と控えめな頷きを返して自室に戻る理亜の後ろ姿を僕はただ黙って見送った。
そして翌朝。
夏休み前の通学と変わらない時刻に家を出た僕は自転車で片道十分の道のりを移動する。
通学の時間で察せられる通り、家から高校まではそう遠くない。それなりの進学校ではあるのだが、そのレベルではなく家からの距離で進学を決めたほどだ。
通学手段としては市営のバスや自転車があるが、その気になれば徒歩で行くことも可能だろう。
――理亜は、大丈夫だろうか。
ふと自転車のペダルを踏みながらそんなことを考える。
一応学校名と場所は伝えて来たし、昼食に冷凍食品のパスタを用意して解凍の仕方も教えたので食事にも困ることはないと思うが、それでも不安が残る。
もちろん僕だっていちいちこんなことで頭を悩ませたくはないのだが、驚くほど生活の基礎が身についていない理亜の姿を見せられてしまっては考えずにはいられない。
――信じるしかないな。
軽く息を吐いて呼吸を整える。
余計なことを考えていたからかあっという間に十分のサイクリングを終え、気づけば学校の校門だった。
駐輪場に自転車を止め、下駄箱で靴を履き替えてから教室への階段を登る。途中、長期休暇が終わってしまったことを嘆く声が聞こえたが、不思議と休みに戻りたいという気は起きない。
今年の夏休みは途中から家に来た少女のせいで疲れることが多かった。特に出会って数日は苦労したので追体験は御免である。
教室に入ると再会を喜ぶ声や、やり残した課題の回答を求める声が鼓膜を突く。それと同時に体を包むクーラーの冷気が運動をしてきた体に心地良かった。
「よう、路惟。元気してたか?」
自分の席に着いて荷物を下ろしたのも束の間、すぐに声がかかる。
目を向ければ中学一年の時から現在まで同じクラスの腐れ縁同級生である
「久しぶり、琉晟。珍しいな、いつもぎりぎりなのに」
「まあな」
「それで、わざわざ早くきて僕に挨拶してきた理由を聞こうか」
「さすが路唯、まさかそこまで見抜かれているとは……」
不敵笑いとも苦笑いともつかぬ笑みを浮かべた琉晟は夏季休暇の課題だった数学のワークブックを取り出す。
「答え、写させてください」
「そんなことだろうと思ったよ。ちなみにどれくらい残ってるんだ?」
「88から108ページまで」
「……ページで言えば少しはやったように聞こえると思ってるんだろうけど、全くやってないだろ、それ」
「うっ……」
口を噤み、わざとらしく目をそらす琉晟。
僕はわざとらしくため息を着いて、通学鞄の中から数学のワークブックを取り出す。
それから課題として出された範囲が終わっているかを再度確認して差し出せば、彼の顔が分かりやすく綻んだ。
「五限の数学までには返してくれよ」
「ありがてぇ! この礼は必ず。今度飯でも奢りますぜ」
「そのセリフ、毎回聞いている気がするな」
嬉々として自分の席へと戻ってゆく琉晟の後ろ姿を見て苦笑する。
都合よく課題を買収された気がしなくもないが、なんだかんだで中学の頃から僕のような冴えない男と絡んでくれている男なので、その気前の良さに免じて課題の件は黙っておくことにする。
ただ、必死に課題を写すその努力が、彼自身の力にならないことは後でそれとなく伝えておこうと決めた。
それから長ったるしい校長訓話や校歌斉唱を経て始業式を終え、ホームルームと昼食を済ませた後は通常通りの授業の始まりだ。
ちなみに僕たちの高校では一日六限のスケジュールで動いており、初日から終日授業だったりする。
琉晟は「普通初日から六限まで授業なんてハード過ぎだろ」と嘆いていたが、他校では初日から実力テストが行われているところもあるらしいので、それよりは良かったのではないかと思いたい。
とはいえ五限目の授業は苦手な人からすると地獄であろう数学で、案の定、夏休みでボケた頭ではいまいち内容が頭に入ってこない。
――これは復習をしないといけないな。
シャーペンを片手に少し伸びてきた前髪をわしゃわしゃとかき混ぜて、休みの間に散髪に行くべきだったかなどと考えてると、丁寧なノックと共に教室の扉が開かれた。
廊下から顔を覗かせたのは教頭先生で授業をしていた数学担当の教師に「今いいですか?」と尋ねる。
それから数学教師に小声で耳打ちした彼は、とある生徒の方へと視線を向けた。
「黒戸部くん、少しいいかな」
僕の方へと視線を寄せて軽く手招きをする教頭。クラス中の視線が一気にこちらへと吸い寄せられて、僕は思わず握っていたシャーペンを取り落とした。
別に規則や校則に違反した覚えはないし、直接呼び出された理由に心当たりは全くないが、ただそれでも焦りを感じざるを得ない。
一体なぜ、という疑問に思考を支配されるも、申し出を拒絶するわけにもいかず、僕はその場から逃げるように教室を出のだった。
僕を呼び出した教頭先生はただついてくるようにとだけ告げ、少しばかり早足に廊下を歩く。
それから授業を行っている教室から十分に距離を置いたところでようやく話を切り出した。
「いきなり呼び出してしまってすまないね。最初に言っておくが、君が悪いことをしたと言うわけではないから安心して欲しい」
「……そうですか」
「
「聞いてもよろしいのですか?」
「そうでなければ話が始まるまいよ」
半歩先を歩く教頭はこちらを振り返ったかと思うと薄く目を細めて微笑む。
「実は先程学校の敷地に無断で立ち入った者がいてね。悪さをしようとしていた風ではなかったから今のところ保護という名目で応接室に待機してもらっているんだが、話を聞くとどうやら君の親戚のようなんだ。授業中で申し訳ないが、一度会ってはくれないだろうか?」
「親戚……」
思わず言われた言葉を復唱してしまったのは該当する人物に心当たりがなかったからだ。
父は遠方で仕事をしているし、母には一度だって会えた試しが無い。他に近所に住んでいる親戚といえば文姉ぐらいのものだが、彼女にも自分の店があるので突然学校まで来るのは難しいだろうし、無断で立ち入るというのも考えにくい。
――誰だ……?
懸命にそんなことを考えていると、ふと彼女の存在が頭を過ぎる。
特に根拠はないし、親戚かと言われるとそうでない気もするが、ただ彼女ならそういうことをしてしまっても不思議ではない。
――まさか、な。
脳裏にこびりついてしまった思考を振り払うように首を横に振る。
彼女であるかどうかはともかくとして、まずはその人物に会ってみる他なさそうだ。
「分かりました」
気づけば僕は教頭先生に向けてそう口にしていた。
そうして案内された応接室。教頭先生が扉を開けてすぐに彼女の姿を認めて思わず息を吐く。
やはりと言うべきか、予想はしていたが、部屋の中心に向かい合わせに並べられたソファの片方に白いワンピースを身に纏った理亜がちょこんと腰掛けていた。
当たり前だが、この学校の学生は登校時には指定の制服を身につける決まりなので、今の理亜の服装はとても学校関係者には見えないだろう。
「君、どうしてここに……?」
ゆっくりと歩み寄ってから声を掛ければ、理亜もこちらに気がついたようで、ぱちりと濃紺の瞳を瞬かせる。
「……ここにいるって、聞いたから」
「いや、確かに言ったけどさ……」
直接来ることがあるのか、という言葉はあえて言わずに飲み込む。
関係者以外学校には立ち入れないと事前に伝えなかったのは僕である。それを棚に上げて理亜だけを責めるのは筋違いというものだ。
けれど、理亜の方は自分がやってはいけないことをしたのだと何となく察したようで、こちらから目を逸らし、俯いてしまう。
「……ごめんなさい」
「君だけが悪いんじゃない。僕が伝え忘れていた。ごめん」
それから沈黙が訪れるその前に「少し待っているんだ」と理亜に告げ、教頭先生へと向き直って頭を下げる。
「ご迷惑をお掛けしてすみません。彼女は一緒に暮らしている子でして……」
「ふむ、どうやら親戚というのは間違いないようだね」
「……今回のことは本当にすみません。彼女には僕の方から言っておきます。保護者連絡が必要ということなら僕の父親の方へお願いします」
「まぁまぁ、こちらとしても大事にはしないつもりだから安心して欲しい。しかし、君の言う通り父親へ一報入れるかもしれないということは記憶しておいてくれ」
「分かりました。父にも伝えておきます」
再度頭を下げながら、そっと胸を撫で下ろす。
状況から察するに不法侵入であることは間違いないのだが、今回は大事にはならずに済みそうだ。
「さて、ここまで歩いて来れたとはいえ、このまま彼女を歩いて帰らせる訳にも行かないだろう。私でよければ自宅まで車で送っていくが?」
「それは、流石に悪いです。先生にも仕事があるでしょうに」
「構わんよ。私としてもよい気晴らしの口実になる。互いに得のある提案だと思わんかね?」
そう言って企みに満ちた笑みを浮かべる教頭先生を見て思わず失笑する。
どうやら自身のサボタージュの口実にしようとしているらしい。
僕としては、このまま理亜を歩いて帰らせるのは少しばかり不安だったので、大人しくその提案を受け入れることにする。
「なるほど、そういうことであれば、お願いします」
「責任を持って家まで送り届けよう。一応確認だが、学校に提出している住所は変更などされていないかね?」
「はい、変更はありません」
「であれは問題ないな。時間も押しているし君は授業に戻りたまえ」
「分かりました。色々ありがとうございます」
先生の対応に感謝しつつ、教室に戻る前にもう一度理亜へと目を向ける。
彼女は先程の話の内容を上手く理解出来ていないらしく小首を傾げていた。
「というわけだ。君は先に先生の車で家に戻ってくれ」
「……あなたは?」
「僕は授業があるから一緒には行けないな」
「……そう」
「それじゃあ、僕は教室に戻るよ」
教室に戻る意を伝えつつ、応接室の壁掛け時計に目を向ければ、かなり長い時間授業の席を外してしまっていることが分かる。これ以上長引かせる訳にもいかないだろう。
そんなことを考えつつ踵を返した僕だったが、すぐに制服のシャツの襟下を引かれて動きを止める。
振り返れば理亜の華奢な指先が夏用制服の薄手の生地を控えめに摘んでいるのが見えた。
「どうしたんだ?」
「…………えっと」
困ったように目を逸らし、伸ばしていた腕を引っ込める理亜。
一度躊躇うように目を泳がせた彼女は、一瞬の沈黙の後にゆっくりと口を開く。
「……帰って、くる?」
投げかけられたその問いは、とてもか細い声で、注意して聞いていなければ聞き取れない程の声量。
奇異とも言えるその行動に驚くが、すっかり縮こまってしまった理亜の姿が親の叱責を恐れる子供のようにも見えて、僕はほんの僅かに眉尻を落とした。
――別に怒ってはいないんだけどな……。
やはり理亜という少女が何を考えているのか分からない。
もしも父や文乃のような人生経験豊富な人がこの場にいたならば、理亜が何を感じて、何を思ってその問いを投げかけてきたのか理解できたのだろうか。
ふとそんなことを思うが、父も文乃も居ないこの状況下では考えるだけ無駄だろう。
結局僕に出来た事と言えば、彼女の問いにできる限り真剣に応えることくらいのものだった。
「もちろん。授業が全部終わったら必ず家に帰るよ。だからそれまで、待っていてくれないか?」
「……うん」
こくり、と頷きを返してくる理亜。どうやら納得はしてくれたらしかった。
「路惟くんや。一体何をやらかしたんだい?」
「なんのことだよ……」
放課後、帰宅前のホームルームが終わるとすぐに琉晟そんなことを尋ねてきた。
心当たりがなかった僕は、とりあえずため息まじりに答える。
「誤魔化そうったってそうはいかない。五限目の呼び出し、結構長いこと授業サボってたじゃないか」
「ああ、そのことか。……夏休み前に提出した書類、親の印鑑無かったから、その対応させられてた」
「そういうことか。お前の親父さんはずっと海外だからなー。今アメリカだっけか?」
「ああ」
意外とすんなり嘘を聞き入れてくれた事に驚きつつ、嘘をついてしまったことを心の中で謝罪をしておく。
夏前の書類云々に関して呼び出しを受けたのは本当のことなのだが、今日呼び出された理由とは異なるので、結果的に嘘には変わりない。
本当は事実を話しても良かったのだが、今はただなんとなく理亜のことは伏せておきたかった。
ネタとそうではないものとの区別はしっかりしている琉晟のことなので話すなと言えば言いふらしたりすることはないだろうが、万が一ということもある。
年頃の女子と同棲しているなどという噂が立つのは避けたい。
「ねぇねぇ聞いたー? 女の子の話!」
「あーそれ、私も聞いた。なんか嘘っぽくない?」
何か話題を逸らすきっかけはないかと聞き耳を立てていれば、ふとそんな会話を耳にする。
近くの女子グループからの会話らしいが、辺りを見渡せば他にもちらほらと似たような会話をしている生徒が見受けられる。
「なんだか、みんな盛り上がっているようだけど……?」
「あーあれな、ついに出たんだってよ。この学校で」
「何が?」
「幽霊」
思わず眉を顰める僕に、琉晟はさぞ面白そうに口角を上げてみせる。
そういえば、彼はこういうネタ的なものや、話題になりそうなものが好きだったなと思い出した。
「勘弁してくれよ。怪談は苦手なんだ」
「まぁ、そう言うなって。俺も直接見たわけじゃないんだがな、昼過ぎに何人かの生徒がグラウンドで見たらしいんだよ」
「へぇ」
興味がなく、適当に相槌を返した僕に構うでもなく琉晟は話し始める。
「噂じゃ女の子の幽霊で校門のとこを彷徨ってたらしい」
「女の子……」
「そうそう。かなり細身で白い服着てたんだと。幽霊っぽいだろ?」
思わず頬が引き攣りそうになったのを懸命に堪える。
琉晟の言う幽霊とやらの正体はまず間違いなく理亜だろう。彼女が学校に入って来たところを偶然数名の生徒に目撃されて、変な噂が立ったに違いない。
「はは。幽霊か。そんなのはいないよ」
「まじかよ、切り捨てんの早くね? なんか知ってんのか?」
「いや、普通信じないだろ。そんな噂」
「相変わらず興味のないことにはドライだねぇ。俺は噂好きだぜ。しょうもないことでも会話のネタになるからな」
琉晟はへらりと笑い、肩をすくめる。
どうやら僕が思った以上に興味を示さなかったとあって、彼の方も興醒めしたらしい。
「あ、そうだ路惟。このあと飯行かね?」
「いつものことながら、言い出すのが急だな」
「俺今日晩飯ないんだよ〜」
呆れた視線を送れば、代わりに満面の笑みで返される。その笑顔に若干の自信を滲ませているということは琉晟の頭の中には既に僕が夕食に付き合うというビジョンがあるのだろう。
琉晟の親は共に健在だが、共働きで家を空けていることが多い。仕事の都合で夕食を作れないことも少なくないらしく、彼の夕食がないときには一緒に外食に行くこともある。
僕としても毎日自炊では気疲れするので、たまに外食をするのも悪くないと思っているのだが、今日に限っては首を縦に振ることができなかった。
――帰って、くる?
昼間理亜が言った言葉が脳裏に蘇る。あの時の彼女が何を思っていたのかは分からないが、軽い気持ちで訊いたわけでは無いだろうということくらいは分かる。
そうでなければわざわざ呼び止めてまで訊くことはしなかっただろうし、あの微かに揺れていた濃紺の瞳にも説明がつかない。
――何にせよ。あんなこと言われたら帰らないわけにはいかないな。
そっと息を吐いた僕は緩く首を横に振った。
「ごめん。今日はやめておくよ」
「マジかよ?! 路惟にフラれるなんてな……。まさか女か?」
「はは。僕に彼女なんていると思うのか?」
ぞっとする問いかけに、乾いた笑いを返して何とか誤魔化す。
琉晟は冗談のつもりで言っているのだろうが、理亜という少女が関係している以上、十分に的を射ていると言えるだろう。
「今日は買い物に行かなきゃ明日の朝ご飯が作れないからね。それに、今日は特売だから運が良ければ卵が安く手に入る。これを逃す手は無いよ」
取ってつけたような言い訳だが、ちなみに事実である。
「なるほど、そいつは確かに逃す手は無いな。それなら俺も一緒に晩飯買って帰るわ。いつもんとこだろ?」
「ああ」
少し早足に歩き出した琉晟の背を負って、僕もまた帰路についた。
買い出しを済ませた後琉晟と別れて帰宅した僕は牛乳やらオレンジジュースやらが入ってそこそこの重さになった買い物袋を玄関で下ろし、軽く一息つく。
靴を脱ぎ、向きを揃えてから再び買い物袋を担いでリビングと廊下を隔てている扉を開けてリビングに入れば、珍しく理亜の姿があった。
普段は特に用がある時以外自室にいることが多い彼女だが、今日はリビングに置かれた長いソファの隅にちょこんと膝を抱えて座っている。
こちらが理亜を認めると同時に彼女もこちらに気付いたのか、目が合った。ぱちりと瞬く濃紺の瞳。
「…………おかえり」
控えめな声量でそんな挨拶が響いて、僕は思わず固まる。驚きのあまりに二、三度目を瞬いてしまったほどだ。
確かに挨拶くらい誰とでもするし、理亜とも毎日挨拶は交わすが、いつだって初めに声をかけるのは僕からで、彼女から挨拶をしてくれたことは知る限り一度もない。
正直、そんな言葉をかけられるとは思っても見なかったのである。
呆気に取られている僕を見て、不思議に思ったのか理亜が子首を傾げた。
「……違った?」
「いや、合っているよ。初めて君から挨拶を聞いたな。正直、驚いた」
「ごめんなさい……」
「謝る必要はない。むしろ僕は君からの挨拶が聞けて嬉しいくらいさ」
優しく微笑んで僕は理亜を見つめる。
彼女が携えた無表情は、この時だけは心なしか少しだけ和んでいるようにも見えた。
「ただいま」
【あとがきっぽい何か】
お読みいただきありがとうございます。
腐れ縁の友人琉晟くんは実はかなりの高身長です。(190cmくらい)
イケメンなのですが、母親譲りの鋭い目付きのせいで周りからよく顔が怖いと言われています。
部活には入っていませんが、校外で剣道をしています。
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