赤の怪物

反英雄

1

 針葉樹が並ぶ森の間に作られた一本の道に一台の馬車があった。ガラガラと音を立てながら進むその音は夜の静寂で満たされた森に響いている。

 その周りには武器を持った屈強な男たちの姿が十人ほど。日用品などの商品を護衛するには過剰過ぎる人数である。つまり、馬車の中には余程大事なものが積まれているのだろう。闇に紛れていくらか距離を取り馬車の後方から様子を窺っている少年はそう考えた。

 だが、中身はなんであれ仕事内容は変わらない。護衛を蹴散らして馬車を強奪するだけだ。

 少年は背負っている特殊な形状をした大剣を抜刀する。そして、カチリと音を鳴らして二つの片手剣に分離させた。

 両手に剣を握った少年は馬車との距離を一気に詰める。

 松明を持って一番後方を歩いていた男が足音に気づき振り返った。黒に身を包んだ少年の姿が灯りに照らされた次の瞬間にはその首は胴から跳ね飛ばされた。


「敵だ――」


 その前を歩いていた男が声を上げる。一瞬で後方で起こった異常を察知したことから、なかなか手練れな人物なのだろう。しかし、少年の素早い一振りによりその命は途絶えた。

 男たちが松明を周りに投げ捨て剣を少年に向けて構える。

 不意打ちでもう二人ほどは狩れると思っていたが、相手の力量が予想より大きかったことにより当てが外れた。


「お前、ミデンか……!」


 男の一人が容姿や手に持つ武器で少年が何者であるか当たりをつけた。


「そうだ」


 おそらくこの男たちも傭兵なのだろう。どこかの戦場で顔を合わせて共に戦ったかもしれない。

 だが、今は目の前にいる奴らは皆敵である。それは向こうも承知の上だ。地を蹴って自分の名を呼んだ男に肉薄し、その身体を斬り裂いた。


「うおおおおおおおお!」


 男たちが気合いを込めた叫びを上げ一斉にミデンへ斬り掛かる。そして、その声は次々と断末魔に変わる。ただでさえ辺りに転がる松明の灯りしかないというのに、ミデンの鋭い剣筋が見えるはずもなかった。

 残り一人。

 最後の敵に向かおうとした時、重い一撃がミデンに襲い掛かる。それを両手の剣を交差させて受け止めた。

 大柄な男は力強く言い放つ。


「噂通りの強さだ! 仕留めて名を揚げさせてもらおうか!」


 同時に男の武器である大斧がもう一度振り下ろされた。ミデンはそれを後方に飛び退き避ける。

 男は一見安物であるが金属のプレートを身に付けていた。もし、一振りで仕留めれなければあの大斧を受けて相打ちになってしまうかもしれない。

 そう判断したミデンは分離させた二本の剣を一本の大剣に戻して切っ先を向けた。

 男が大斧を振り上げて襲い掛かって来る。ミデンは膝を少し曲げて低く構えると大剣を水平に振り抜いた。その刃は男の防具を物ともせずに大きな体を半分に叩き切る。

 飛んで行った上半身が落ちる音、その場で下半身が倒れる音、大斧が地面に刺さる音が同時に鳴った。

 全員倒したことを確認し、ミデンは血を払った大剣を背中に戻した。


「ふう」


 勝利を収めひと息つく。数々の修羅場を潜っても戦いの緊張感が薄れるわけではない。

『常に最善を尽くせ』

 今回も師匠の教えを守れたはずだ。いや、もう少し上手いやり方もあったか。

 そんな反省を頭の中でしながら、ミデンは地面に転がっている松明をひとつ手に取った。

 もしかするとこの馬車は囮で中身が空かもしれない。護衛の強さから考えてその線はなさそうだが、一応積み荷を確認しなければならなかった。

 馬車の後部に回り、白い幌に手をかける。中から新手が出てくる可能性もあるので慎重に捲った。


「……女の子?」


 中には荷台の横板にもたれ掛かって座っている少女が一人居たが、灯りを照らされても反応を示さないのでどうやら眠っているらしい。

 その他は護衛たちの食料らしきものが積まれているだけで価値のあるようなものはない。この馬車は目の前の少女を運ぶためだけにあったということだろう。

 ――人身売買か?

 そうミデンは考えたが、少女が着ているワンピースは綺麗なもので奴隷というわけでもなさそうだ。ただ、小柄で艶やかな金の長い髪を持つ彼女は商品価値としては高そうである。どこかの貴族の令嬢を誘拐してきたという線も浮かぶ。

 しかし、この仕事の依頼内容から考えるにそれも薄い。

 依頼を受けたのは今日の昼頃。この馬車が、この時間、この場所を通るとあらかじめ伝えられていたので、依頼主は全て把握していたということだ。町の情報屋から受けた依頼なので大元の依頼主はわからないが、仮にこの少女の親である貴族であったなら誘拐される前に手を打つのが普通だろう。

 考えれば考えるほどわからない。

 とにかく、ミデンは今できることをしようと荷台に乗り込んだ。

 ゆっくりと少女に歩み寄る。よく見ると手には金色の手錠が掛けられていた。何かの罠で襲い掛かられるかもしれないと警戒していたが、手は空で周りには何もない。ミデンは腰を落として少女の顔を覗き込んだ。


「むっ……」


 その気配を察してか、少女が目を覚ましたらしい。ゆっくりとその目が開かれる。


「……起きたか」


 ミデンは冷静を装い声をかけたが、内心はやや動揺していた。彼女の瞳にドキリとしてしまったからだ。

 右目は古代から人々を魅了した金色の輝き。左目は宝石のような碧色で透き通っている。初めて目の当たりにしたオッドアイの美しさに心が惹かれそうになってしまった。


「ふわぁ……、やっと迎えが来たか。汝、我を立たせてくれ」

「あ、ああ」


 精巧な人形のような見た目にも関わらず尊大な物言いをする少女に面を食らうも、ミデンは言われた通り彼女を引っ張り上げる。


「どれどれ……、わっ!」

「お、おい!」


 ふらふらと歩いて少女が荷台から飛び降りると同時にすっ転んだ。慌ててミデンも飛び出して無事を確認する。


「くそっ……、忌々しい手錠じゃ……。歩くことすらままならん」


 少女は倒れたまま悪態をつく。どうやら怪我はないらしい。


「何をボサッとしておる。早く起こせ」

「…………」


 うつ伏せなので地面と話しているように見えるが自分に言っているのだろう。ミデンは無言で少女の服の襟首を掴んで引っ張り起こした。


「こら! 乱暴に扱うでない! 我を誰だと――、ほほう、斬りも斬ったりじゃな」


 怒りの声を上げた少女であったが、それはすぐに感嘆となった。自身の周りに伏している死体の数々に感心したからだ。


「汝の衣服も乱れておらんところを見るに圧倒的だったらしいな。うむうむ、それでこそ我の契約者にふさわしい」


 勝手に何か納得した様子の彼女にミデンは目を細めた。一体この少女は何者なんだ。

 そう脳裏に過った次の瞬間、当の本人からあっさりと打ち明けられる。


「我の名はアルカ。汝、ミデンのテオスとして力を与えよう」


〝テオス〟という言葉にミデンの心はざわつく。どうして自分の名を知っているのかすら気にならないほど、その言葉に対し敏感になっていた。何せ、幼少の頃から憎しみ続けてきた存在だからだ。


「お前は何者だ……?」


 率直に少女に訊ねた。背中の大剣を抜くには間合いが近いので、腰に携えたナイフをいつでも抜けるよう警戒しながら。

 しかし、そんな殺気立つミデンを前にアルカと名乗った少女は呆れたように言う。


「汝の耳は詰まっておるのか? それとも阿呆なのか? 今さっき名乗ってやったであろう」

「そんなことを訊いているんじゃない! どうしてお前の口からテオスという言葉が出てくるんだ!」

「はあ……、それも言ったはずじゃ。我はテオスであり汝に力を与えると」


 テオスとは神であり、その力を与えられた者は英雄と呼ばれる。おとぎ話のようで確かに存在する六英雄――、ミデンが憎むテオスヘキサはそういう存在だ。その英雄に仕立て上げる存在のテオスが自分であると目の前の少女は言っている。本来なら鼻で笑う戯言だが、異質な雰囲気を持つアルカの言葉は信憑性が高かった。


「俺に英雄になれ、と?」

「くっくっく、それは汝次第じゃ。我を受け入れテオスの力を手に入れた汝は何を望む?」


 自分がテオスヘキサと並ぶ力を得た時。そんなものは決まっている。


「テオスヘキサを……、殲滅する」


 そのために師匠から教えを受けて今まで生きてきた。

 師匠の言葉――、『この世界にテオスヘキサは必要ない』。骨の髄まで叩き込まれたその教えを守り、自身の復讐を果たさなければならない。

 混じり気のない純粋なミデンの言葉に、アルカは不敵に笑う。


「ああ、そうじゃ。なら汝は英雄どもの敵、『反英雄』とでも呼ぼうか。その目的のために我らは出会った。共に宿命を果たそうではないか」


 悪魔の囁きのように少女は言った。だが、ミデンにそれを断る理由はない。

 師匠があの日言った、戦う時が訪れたらしい。


「……よろしく頼む」

「うむ、なら汝の血を我に垂らせ。なあに、指を軽く切る程度でよい」


 松明を地面に置き、言われるがままにミデンはナイフを手に取ると自身の人差し指に傷を入れる。浮き出してきた赤い血を、アルカが差し出した手のひらの上に落とした。

 その瞬間、ふたりは淡い光に包まれる。

 ミデンは不思議な感覚を覚えた。自分の中にある命が別の命と混ざるような。

 光が消えて森は再び散らばる松明の灯りだけとなる。


「契約は交わされた。これで我と汝は一蓮托生じゃ」


 愉快そうに笑うアルカとは対照的にミデンは神妙な面持ちであった。

 これが師匠の言っていた仕組まれた運命であったとしても、戦い抜くしかない、とさらなる決意をする。

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