魔法少女研究所(後編)

 食事とチェックインを済ませた後、私は予約していた「208号室」の襖を開けた。中は六畳の和室で、小さいながらテレビもある。布団は押し入れの中から出し入れするようになっていた。ちゃぶ台などはないようだが、その代わりに小さな棚があり、一番上には白いケトルと二つのコップが置いてあった。私は持ってきた荷物を畳の上に置き、布団を敷いた。その後でテレビのリモコンを手に取り、

「どれにしよう……。今の時間、何か面白いのやってるかな……。そもそも、チャンネル違うし」

意を決して「6」のボタンを押した。




 

 テレビに映し出されたのはアニメ番組で、しかも画質は然程良くない。いわゆる「世界名作劇場」というやつだろうか。背後には険しい山が聳え立つ原っぱの上で、小さい女の子がヤギと一緒に楽しそうにスキップをしている。つまらなそうだと思い、私はチャンネルを回す。次に映し出されたのは、公共放送のニュース番組だった。住んでいる都会とあまり変わらない内容だった上、よくないニュースばかりだったので気が滅入る。私はテレビの電源を消し、辺りを見回してみた。漫画やテレビゲーム、雑誌といった退屈しのぎの娯楽は見当たらない。私は仕方なく、浴場に行った。




 「女湯」と書かれたのれんの向こうには脱衣所があり、そこに滝沢さんがいた。

「滝沢さん!」

「杉原さん?今からお風呂入るの?」

「そ、そうですよ」

「ここ、大浴場って言ってるけど、そんなに広いとは感じないんだよね。もっと、こう、大浴場なら湯船が広くても良いんだし。ウチの地元の銭湯と同じくらいだったよ。温泉は気持ち良かったけどね」

「そ、そうなんですね。では、私はこれで」

私はそそくさと脱衣所を後にした。




 浴場の中は確かに昔ながらの銭湯のように、広いとも狭いともいえないもので、湯船が二つだけ。シャワーと直結した蛇口の数も合計で十箇所あるが、ホース式のシャワーではなく固定式シャワーであることから、設備としては新しいとはいえないし使いづらい。私は貸し切り状態の浴場の、入り口付近のシャワーに桶を置き、棚の上に持ってきたボディソープやシャンプーなどを広げた。身体を洗った後、温かい湯船に浸かりながら、私は滝沢さんから聞かされた『魔法少女研究所』について思い出していた。




 208号室に戻り、私は布団の上に寝っ転がった。することが何もないということもあり、スマホをいじっていた。幸い、Wi-Fiは繋がるようなので、入っているゲームのイベントを周回することでなんとか暇を潰せていた。壁の時計を見てみると夜の九時半。まだ眠る時間ではない。だが、することはなく、ゲームに飽きたら今度はネットサーフィンをした。通販のサイトで服や靴、オタク御用達のグッズを見ていた。ネット小説を見たり、動画サイトも見たが、やはり暇だという事実は変わらない。それでも三十分だけ暇つぶしが出来たということもあり、私はトイレで歯磨きをした後に布団に入った。





 朝になり、私は朝食を貰いにまた階下の食堂へと向かった。座布団には先客の姿が見える。

「おーい、杉原さん」

「おはようございます、滝沢さん」

「今日さ、ついてっていい?私も行ってみたいんだ、『魔法少女研究所』」

「いいですよ。けど、交通費やらなんやらは自分で何とかしてくださいね」

「わかった〜」




 食事が運ばれてくるまでの間、私達は懐かしの魔法少女アニメについて会話をかわしていた。滝沢さんは、今時のギャルを思わせるような派手な見た目とは裏腹に、幼い頃から魔法少女アニメが大好きだったのだという。この為か、リュックサックにはジャラジャラとマスコットがくっついていたり、缶バッジだって所狭しとくっつけられている。ナチュラル系、といえば聞こえはいいが、地味な私とは大違いだ。

「私さあ、化粧って魔法少女アニメで覚えたんだよ。変身も化粧も魔法みたいなモンでしょ?女の子が美しくなれる魔法だよ。その魔法を世界中の女の子達に届けたいなって思ったから、今の大学に入ったんだ」

「そうだったんですね」

「課題とかは多いし、面倒くさいけどね。でも、夢の為だからさ」





 朝食を終えた後、私達はチェックアウトを済ませてからバス停へと向かった。バスの時刻表を見ると、来るまでに少し時間がある。二時間に一本、と本数は少ない。リゾート地とはいえ、流石は田舎だ。周囲には南国には良くある椰子の木やソテツばかりで、コンビニ一つ見当たらない。やがて、バスが来たので、私達二人は料金を支払ってから乗り込んだ。





 私達二人以外には乗客がいない。ここは夏以外では人がいないから仕方ないかもしれないが。

「『かがみの世界のナタリー』とか、『ちいさな魔女メリー』ってご存知でしょうか。私が大好きだった魔法少女アニメです」

「あー、そこまで古いのは知らないなあ。私が知ってるのは戦う系とか、アイドル系だからさ。『魔法のアイドルマジカルリリィ』とかさ、『マジカル戦士ゾディアックガールズ』とかね。杉沢さんって意外だね。もうすぐで五十もいいとこの見た目なのに、魔法少女好きだった時があったんだね」

「そう、ですね。両親が共働きだったので帰ったらテレビで彼女達の姿を見るのが楽しみだったんです。みんなでメリーやナタリーごっこをして遊んだこともありました。変身アイテムのおもちゃを持っている子はそれだけでクラスの女子から羨ましがられたものです」

「へー。あ、もうちょいで着くよ!」

窓の外のバス停を見るや否や、滝沢さんは『つぎ止まります』ボタンを押した。その後にバスが停まり、私達は『魔法少女研究所』から歩いて二、三分のところに出て来た。




 歩いていくうちにこじんまりとした小屋のドアが見えて来た。とりあえずインターホンを鳴らしてみると、スピーカーから、

「ようこそ、『魔法少女研究所』へ。さあ、どうぞ中へお入りください」

と、八十代の男性の声が聞こえて来た。私も滝沢さんも、ドアを開け、意を決して中へと入った。





 中は昼間だというのに、映画館のような暗さだった。展示されているのは、魔法少女アニメに出てくる変身アイテムのおもちゃにタイアップした時の文具や、食器。更には懸賞やクレーンゲームの景品。古いものから最新のものまでガラスケースの中に展示されていた。壁のパネルには魔法少女アニメについての解説がなされている。基本的なことから、そのアニメ特有の用語まで沢山のパネルがかけられている。





 隣の部屋は、歴代の魔法少女アニメの変身シーンが上映されている、ある種の映画館のようだった。どの変身シーンも基本的に三十秒程度で終わってしまうようだが、共通点がある。変身アイテムはコンパクトやステッキがほとんどで、尚且つ光に包まれながら変身するのだ。裸から変身する場合も含めて、みんな光に包まれている。そして、各々が違う呪文を唱えていた。




 「どうだね、儂の研究所は」

目の前には、いつの間にか着流しの上に白衣を着た老人がいた。齡八十、優しく見積もっても最低七十は超えているだろうという見た目の彼が研究所の所長なのだろうか。

「は、はい!童心に帰ったようで楽しいです」

「すげーじゃん。おじいちゃん、これだけ集めるの大変だったでしょ」

「いやいや、儂は全ての魔法少女アニメをリアルタイムで見ていて、しかも魔法少女ものに限ればライトノベルやゲームだって持っておる。儂は若い頃、それこそ娘が生まれた時から魔法少女アニメの魅力に取り憑かれてな」

「娘も魔法少女が大好きじゃった。その時は魔法少女ではなく、魔女っ子や魔法使いだったが。人形やかわいいぬいぐるみも好きな子じゃったが、一番は魔法少女じゃ。儂は娘に合わせて魔法少女アニメを観ていたが、これがなかなかどうして面白い!」

「だよねだよねー!私もー!古い時代のは知らないけど」

「最近ではスマホゲームになっている作品もあってなあ、儂もやってるんじゃ。無論、課金だってしておるぞ!」

老人は白衣のポケットから黒いスマホを取り出し、ゲームアプリを起動した。




 

 ホーム画面には随分とお淑やかな外見の魔法少女がいて、ジュエルの数に目をやると、カンスト寸前の量になっていた。

「全ての魔法少女を手に入れようと思ってなあ。このゲームでは魔法少女が全部で三百五十人出てくるのじゃ。期間限定のも含めて、な」

彼はにこやかに言った。




 老人がスマホをポケットに仕舞い、こちらに向き直る。

「お嬢さん方、儂は常日頃から思うんじゃが、魔法少女は幸せになれないのか?魔法は人を幸せにする為にある筈なのに。何故戦いの道具にするのか疑問なんじゃよ」

「まあねー。夢を叶えるのは魔法じゃなくて自分だからねー。実際おじいちゃんも自分の力でここまで来たんでしょ?」

「そうじゃのう……」

「滝沢さんの言う通りです。ナタリーでも、魔法に頼らず自力で解決することをテーマにしてますし」

「魔法は添え物だと⁈そんなことあっていい筈がない!あっていい筈がないんじゃ……」




 

 呆然と立ち尽くす老人を尻目に、私達は研究所を後にした。

「滝沢さん、魔法って何のためにあるんでしょうね」

「私にもよくわかんないんだよねー」

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