第37話 魔術式の甲冑

「な、なんだとぉぉぉぉ!!!」


 俺が発動した《支配者破壊ボスブレイク》により、藤堂は吹き飛ばされた。

 さらにスキル効果により鍔迫り合っていた奴の剣は砕かれ、その勢いは藤堂が身に纏う『魔術式邪悪甲冑イビルアーマー』にも及んだ。


 両腕は勿論、上半身の装甲が粉砕され消滅する。


「ぐはぁっ!」


 藤堂自身にもダメージがあり、地面に叩きつけられたと同時に吐血した。

 それから起き上がる気配はない。しばらく沈黙したままだ。


 だが命までは奪っていない。

 SPSのモニター上では生命反応がある。


 なんでも強制的に発動された《支配者破壊ボスブレイク》は、従来の半分も威力が引き出せないと言う。

 

 それでも相当なダメージには変わりなかった。

 両腕から肋骨にかけて骨は砕かれ、再起不能は確実だろう。



:やったぜ!

:藤堂ざまぁwww

:スッキリした!

:メシウマで白ご飯10杯はいけるw

:スレイヤーくん、やったね!

:頑張った!

:これでゴミとの因縁に終止符を打ったな

:藤堂のやられっぷりに草生える

:それな!

:悪党の末路よwww



 ちらっとコメントを確認すると、何やら爆速級の勢いで流れている。

 いったいどれだけの視聴者が観ているのだろうか?

 物凄い盛り上がりぶりだ。


「……終わったんだよな? なら莉穂を探さないと!」


〔強制システム終了――冷却モード移行。30秒間、システムダウン〕


 機械音声と共に装着するSPSの各可動部から、シューッと冷気が放出される。

 バイザーに映し出されたモニターから、30秒のカウントが開始された。

 この間、俺は動くことはできないようだ。


 莉穂を探すのはそれからか、そう思っていた時だ。


「ミユキよ、まだ終わっておらんぞ!」


 ミランダ班長が叫んだ。


 すると、藤堂がむくっと起き上がってきた。

 

「バカな!? あの状態で起き上がられる筈なんて――」


 俺は言葉を詰まらせる。

 見据えた先の藤堂は何かが可笑しかった。


 ふたりと立ちすくみ、露出した上半身が黒い粘土状の膜に覆われ始めている。

 それらはスライムのように増殖して藤堂の全身を覆い尽くし、さらに膨張していく。


「な、なんだ、あれは!? 何が起こっているんだ!?」


「『魔術式邪悪甲冑イビルアーマー』の暴走じゃ! あれは呪術という魔力で構成された生物のような存在じゃからな! 嘗て妾の父、魔王ですら使用を拒んだ禁忌タブー魔法に属する鎧じゃ!」


 魔王ですら使用を拒んだ鎧だって!?

 そんなモノを藤堂が……マジかよ。


 さらに拡大し巨大化していく、『魔術式邪悪甲冑イビルアーマー』。

 その大きさは約10数メートルに及び、工場の天井を破壊した。


「どうなっているんだ、藤堂!? それより、莉穂が……」


『大丈夫だよ、センパイ! あたしが琴石パイセンを見つけ確保したからね! 無事だから安心して!』


 鈴音の声だ。

 彼女が言うには、俺と藤堂の決着がついた後、単独で莉穂のことを探していたらしい。

 なんでも別の倉庫で隠密迷彩外套ステルスコートにくるまった状態で拘束されていたようだ。

 SPSの探査機能が無ければ見つけ出すのは難しかっただろう。


 とにかく無事で良かった。


「ありがとう、鈴音!」


『お礼は後だよ! とにかくセンパイは戦いに集中して!』


 鈴音の言うとおりだ。

 俺は意識を切り替え、目の前の事態を凝視する。


 藤堂の姿はさらに変わっていた。

 最早、見る影もない。


 それは歪な形をした漆黒の巨人だ。

 辛うじて人型を保っており、あとはぶよぶよとした粘液と化した塊のように見えた。

 ただ頭部と思われる個所に、深紅の球体が単眼の如く煌々と光を宿している。



:フワッ!?

:何あれ!?

:巨大化したんですけど!

:気色悪るぅ、なんなの!?

:藤堂の第二形態www

:ゴミが悪足掻きしてんのか?

:いやなんか暴走っぽいぞ

:やばくね?

:未知の生命体

:もうラスボスじゃんw



 コメントの勢いが加速する中、巨人の単眼がギョロっと立ち竦む俺を凝視した。

 

「不味い……再起動まで、まだ15秒もある。ここで攻撃でもされたら……」


 流石にノーダメージじゃ済まないぞ。

 どうする?

 

「ご安心を我が主よ。このアリア・ヴァルキリーがご主人様には指一本たりとも触れさせはいたしません!」


「そのとおりです、ミユキ様。貴方様はこのわたくしがお守りいたします!」


 アリアとファティが俺の前に立つ。

 二人ともいつの間にかSPSを装着している。


 ほぼ同時に、漆黒の巨人の単眼に何かが着弾し粉砕する。

 巨人は大きくのけ反り姿勢を崩すも、引いたゴムのように体勢が戻った。

 また損傷した部分も、細胞が増殖するかのように瞬時に再生してしまう。


「あらら駄目ね。あの眼球のような球体が弱点かと思ったけど、ただ敵を捕捉する器官のようね……このライフルでも斃せないなら、わたしじゃお手上げだわ」


 俺の隣で隠密機能ステルスモードを解除した、四葉さんが姿を見せる。

 その手には対戦車ライフルを彷彿させる長い全身と大口径の銃火器が抱えられていた。


 さらにアリアとファティが、巨人の注意を引きつける形で疾走する。

 巨人が伸ばした腕から複数の触手が伸び、高質化され槍のように鋭利な形状と化した。

 二人は熟練された巧みな動きをみせ、それら全てを回避して巨人へと急接近する。


 アリアは大剣ツヴァイハンダーで脚部を斬りつけ、ファティは戦棍メイスを叩きつける。

 どの攻撃も青い閃光が放たれた、『魔術式光粒子力マナ・フォトン』が込められた強烈な威力を誇り、上級モンスターでも瞬殺するだろう。


 しかし巨人は一瞬だけ体を大きく揺らすも、柔らかい肉体を駆使して斬撃と衝撃を吸収しているようだ。

 まるで剛と柔を上手く使い分けている、そう思えた。


「……うむ。今の奴に勝つには、《支配者破壊ボスブレイク》しかあるまい」


「確かに、あれはもう支配者ボス級ですからね。今度は強制システムなしでスキル発動が可能となるでしょう」


 D班の女子達が戦う中、ミランダ班長と楓さんは俺の傍に近づき囁いた。


「けど、楓さん……それだと中にいる藤堂ごとキルしてしまうんじゃ?」


「御幸君は優しいですね。しかしどの道、あのまま放置して置いたら、彼は死んでしまいますよ。あの鎧の力によって」


「何度も言うが、『魔術式邪悪甲冑イビルアーマー』は装着者の生命を糧としておるからのぅ……あのような暴走状態では、もう藤堂は終わりじゃ」


「そ、そんな……藤堂が……」


 ぶっちゃけ、あんな最低野郎なんてどうなっても構わない。

 けど生死に関すると話が変わってしまう。


 目の前で同級生の命が尽きようとしている。

 その現実に俺の心がぎゅっと絞られていた。


「宿主が死ねば、『魔術式邪悪甲冑イビルアーマー』は別の生命力を欲しさらに暴走を繰り返す筈じゃ。呪術とは怨嗟、呪解するまで繰り返す存在じゃからのぅ。そうなる前にこの場で斃すのじゃ、ミユキ」


「……わかりました、班長さん」


 ミランダ班長にそう諭され、俺は覚悟を決める。


〔――SPSシステム再起動リブート


 表示されたカウントが「0」となった。

 アリア達が時間を稼いでくれたおかげで、自由に動くことが可能となる。


 俺は握っていた刀剣ブレードを投げ捨て、そのまま駆け出した。

 全身から異様に力が沸き溢れ滾る。

 激しく脈打つ衝動が血流のように駆け巡ってきた。


 それはスキル発動の前兆――。

 漆黒の巨人を『ボス』として認識したからだ。


「アリア、ファティ、そこから離れろ!」


 俺からの指示に二人は「はい!」と返事をして颯爽と離れていく。

 同時にSPSの機能を解放させた。

 全身から『魔術式光粒子力マナ・フォトン』が放出される。

 それは音速級の加速力を発揮し、一気に巨人との距離を詰めた。


 みんなが繋いでくれた絶好のタイミング。

 俺は高々と跳躍して、右拳を掲げる。


「うぉおおおおお、《支配者破壊ボスブレイク》ゥゥゥゥッ!!!」


 絶対無比な一撃を巨人の単眼に目掛けて撃ち放つ。


 拳撃は巨大な深紅の単眼を一瞬で消滅させた。

 その勢いは終わらず、漆黒の巨体が水風船のように弾けて四散する。

 最後、細切れの塵となった肉片は再生されることなく消滅していく。


 しかし、あれほど、アリア達が手を焼いていた強大な敵をワンパンで斃してしまとは……。


 まったく、我ながらデタラメなスキルだと思う――。

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