第36話 勝利の条件

「――あっ、ちょっと待ってください」


 突然、楓さんが何故か制止を呼びかけてくる。

 よりにもよって、俺と藤堂が互いに拳を掲げた激突寸前のタイミングだ。

 おかげで「おっとと!」と、お互い前のめりで倒れそうになってしまう。


 藤堂は複雑な表情を浮かべ、露出した顔を楓さんに向ける。


「なんだよ、眼鏡のおばさん! こちとらテンション上げて突っ込もうとしてんだよ! 邪魔すんなよな!」


「お、おば……私はまだ26歳です! 御幸君、この糞ガキの抹殺を許可します! 我らDUN機関が責任を持って隠蔽しますので、思いっきりやっちゃってください!!!」


 あ~あ、冷静な楓さんまでブチギレちゃったよ……。

 そんなことよりもだ。


「副班長、こんな時にどうしたんですか?」


「……失礼。先に説明したとおり、この戦いはDuチューブの生配信を兼ねていますので、御幸君は実況を兼ねてお願いします」


 なんだよ、そんなことか。

 わざわざ引き止めて言うことじゃねーじゃん。


 おっ、チャット・ウィンドウが開かれたぞ。



:ちわっす!

:ちわ

:ちわ

:緊急生配信だって!?

:今回はスレイヤーくんのどんな姿が見られるのか楽しみ♪

:てか誰よ、あいつ?

:おっ今話題で炎上しているあいつじゃね?

:知ってる。スレイヤーくんをイジメていたダサ男だろ

:けど身に纏っている全身の黒い鎧は何?

:スレイヤーくんのSPSを意識してんのか?

:てかなんで顔だけ晒してんの?

:もろ顔バレしてんじゃん草

:そこ一番隠さなきゃいけない場所w

:昭和初期のヒーロー感w

:遊〇王子かよwww



 雪崩れるようにコメントが溢れてくる。

 何気に上手いこと言っている視聴者さんがいた。


「Duチューブだ? ケッ、んな顔も知らねぇ奴らに媚び売って救世主様も大変だなぁ、おい……やい、糞雑魚共ッ! 偉そうに上から目線でデケェ口叩くなら、今すぐ俺を殺しに来いよ! できもしねー癖に匿名をいいことにイキってんじゃねぇぞ、コラァ! 俺からすりゃテメェらなんぞ、西埜以下だわ、オラァ!」


 藤堂は撮影用のドローン『フェアリー』に向けて、中指を立てて罵声を浴びせている。



:は?

:は?

:は?

:舐めてんのか、おい?

:こいつ超うぜぇ

:糞ダサのいじめっ子に言われたくないんですけどー

:自分を見てから言え

:リアルで他人の尊厳を踏みにじった奴がよくもまぁ

:そもそもお前が害悪

:氏ねよ

:ストーカー野郎

:通報しました

:スレイヤーくん、やっちゃって!

:完膚なきまで叩きのめしてください!!!



 完全に視聴者を敵に回している、藤堂。

 生配信開始して、既にその数が1000万人に突破している。


 にもかかわらず、藤堂は『フェアリー』のカメラに向けて舌を出しながら親指を下に向けて煽っている。

 おかげで視聴者数はさらに爆上がりだ。


 凄げぇ……こいつ、ある意味メンタル強ぇ。

 てか藤堂なんぞ、褒めている場合じゃないぞ!


「おい、藤堂! よそ見してないで、こっちに集中しろ! やる気がないのなら、今すぐ莉穂を解放しろ!」


「チッ、西埜が言ってくれるじゃないか――」


 瞬間、藤堂の姿が消える。

 だが俺も逸早く反応した。

 背後から迫る殺気を躱して、すぐさま振り向く。

 

 案の定、奴は俺の後に回り拳打を放っていた。


「クッ、こいつ!」


 藤堂はさらに踏み込み突撃してくる。

 左右の拳を大振りして襲いかかってきた。


 だが攻撃は当たることなく、俺はパワーアシストを駆使して悉く回避していく。


「なんだと、当たらねぇ!? どういうことだ!?」


「伊達にお前のパンチを浴び続けていたわけじゃない! 大体の軌道は読めているんだよ!」


「フン、ただ女をはべらせていたわけじゃねぇってか? だからどうだってんだよ!」


 そう言いながら次の攻撃を仕掛けてきた時だ。

 藤堂の上腕部が異様に歪む。

 不意に鎌のような鋭利な刃が出現した。


「うおっ!」


 俺は顔を顰めて大きく頭を振った。

 カキィンと甲高く金属が擦れ合う音と共に火花が散る。

 ヘルメットの横を刃が掠めたようだ。


 表示されたウィンドウから〔ダメージ率5%〕とパラメータで記されている。


 危なくもろに食らうところだった……。

 今の攻撃はなんだ?


 藤堂の上腕に出現した刃が変形して収納される。

 さらに反対側の手が膨れ上がり、先端を尖らせ細長く伸長された。

 それはロングソードのような形状となり奴の手に握られる。


「な、なんだ、その鎧!? どんな仕組だ!?」


「これが『魔術式邪悪甲冑イビルアーマー』の性能だ。内蔵された魔術式光粒子力マナ・フォトンにより装甲の質量を増幅させ、色んな箇所から俺の思い通りの武器を生成することができる。錬金術のような仕様だって聞いてるぜ。まぁ難を言えば銃とか射出系は生成できねぇらしいけどな」


 武器を生成する鎧だと!?

 ミラン班長は『魔力』の塊みたいな代物だと言っていた。

 さらに使用者の命を削る鎧だとも……。

 つまり藤堂の命を代償に武器が作れるって意味なのか?



:だったらマスク作れよw

:何故、顔だけ露出しているのか謎

:ツッコミどころ多くね?

:藤堂の目立ちたがり説www

:まさか炎上目的で素顔晒してんの?

:草

:こいつイラっとするわ~

:とっとと負けろ!

:スレイヤーくん頑張れぇ!



 まぁ視聴者が指摘する部分もわらなくもない。

 おそらくSPSと違って機械的アシストがない分、そこは自分の五感を頼るしか術がないのだろう

 とはいえSPSの動きについて来られるのだから、忌々しい藤堂の探索者シーカーとしてのセンスは本物だと思われる。


『――センパイ、こっちも武器を投げるから受け取ってね!』


 無線越しで鈴音の声が響く。

 確か四葉さんとどこかに潜んでいる筈だ。

 すると天上から何かが射出したとモニターから表示された。


「行くぞ、西埜ォォォッ!」


 直後、藤堂が剣を掲げて再び突進してくる。

 物凄いスピードだ。


 なんとか武器を受け取らないと不味いぞ!


 そう思ったと同時にSPSのアシスト機能が動いてくれる。

 飛来してくるそれ・ ・をタイミングよく掴み取った。

 黒鞘に収められた『魔術式刀剣マナ・ブレード』だ。


「うおおお!」


 俺は鞘からブレードを抜き一閃する。

 刃同士が衝突し鍔迫り合い、激しく火花を散らした。

 パワーは互角だ。双方、一ミリと動くことはない。


 しかし藤堂は俺に顔を近づけさせ、ニヤッとほくそ笑む。


「絶望を見せてやるぞ、西埜――スキル、《増強力ブースト》ッ!!!」


 藤堂は探索者シーカーとして備わった固有スキルを発動した。


 刹那、均衡を保っていた力が変動する。

 物凄い力で押し戻され、奴の凶刃が俺の頭部へと接近してきた。

 

「お、押し負けている!? SPSのパワーより上だってのか!?」


「互いに似たような代物を使っている以上、中身の問題で左右されるに決まっているだろうが! つまり俺の方が優秀でありテメェが無能だって意味だよ、バーカ! どうだ、匿名ども! どうせ見てるだろ!? これがリアルだぜぇ! テメェらが救世主とか祀り上げている奴より、この俺様の方が凄ぇってわかったろ! どうよ、ああ!!!?」



:藤堂うぜぇぞ!

:ガチきめぇ

:スレイヤーくん頑張って!

:どうか負けないで!

:リスナーの希望を繋いでくれ!

:ここからオラの元気を分けてあげてぇ!

:こんな場面でギリギリのギャクやめwww

:くそ~っ、スレイヤーくん頼むよ~!

:こんな奴に負けないでください!



 沢山の視聴者が俺を応援してくれている。

 とっくの前に同接は1万人と突破して、より増え続けていた。

 また1億人に達するのかな……。


 クソッ……俺だってみんなの期待に応えたいけど、この状況は無理っぽい。

 スキル効果で藤堂の方がパワーは断トツに上だし、下手に引いたらそのまま頭ごと斬られてしまう。


 ちくしょう。

 やっぱり俺はスキルがなきゃ何もできない、ただの陰キャぼっちなのか?


『諦めるのは早いですぞ、ご主人様! 逆境こそ最大のチャンスとも言えます!』


 ヘルメットの無線からアリアの声が響いた。


「……チャンスだって? この状況で?」


『アリアの言うとおりじゃ、ミユキよ! 藤堂が勝ち誇っている状況であれば、必ず奴から「あの台詞」を吐く筈じゃ! そうすれば勝機は汝にあるぞ!』


 ミランダ班長まで何を……ん? 待てよ。


 そうか――!


「ギャハハハハ! 西埜、これが俺の実力だ! 俺は最強だ! 俺がトップなんだよぉぉぉ、ハハハハハハハハッ!!!」


 藤堂が喜悦の台詞を吐いた時だ。

 俺が纏うSPSの各部位から眩くブルーライトの光輝が発せられる。


〔――コード確認。対象者ヲ『ボス』認定。スキル《支配者破壊ボスブレイク》発動シマス〕


 そう、これこそが立花博士が考案した新機能。

 俺が認識しなくても、相手が「自分がボス」あるいは「自分が一番」と認めた時にスキル対象者として発動させる強制システム。


「くらぇ、藤堂――《支配者破壊ボスブレイク》!!!」


 俺は最強の一撃を奴へと放った。

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