第27話 イフリート戦

「ここがボス部屋、イフリートがいる場所か?」


 俺達は、両開き式の古びた大きな鉄の扉に立っていた。



:ついにきた!

:わくわく

:わくわく

:わくわく

:やべぇ緊張してきた

:漏れそうだわ

:てか漏れたわw

:まさかガチでここまで到達するとは……

:史上初の快挙じゃね?

:どんなボスなんだ?

:うぉおっ、スレイヤーくん頼むよぉ!



 これまでにないくらい、コメントが盛り上がっている。

 視聴者が言うように、探索者シーカーでここまで到達した者はいない。

 まさしく前人未踏の領域だ。


「SPSで実感はないけど、ここだけで気温200度は超えているよぉ。ノーマル装備なら、とっくの前に死んでるね」


「耐熱性ドローンが使えなくなるくらいだから、ボス部屋は倍以上と考えてもいいわ」


『鈴音と四葉の言いとおりです。先のブリーフィングで話したとおり、ここで新たな指示を送ります』


 視界に映されるウィンドウ越しから、東雲副班長が凛とした声で内容を説明してきた。


 まずイフリートと遭遇後、まずアリアとファティが注意を引きつけ時間を稼ぐこと。

 その間、鈴音と四葉が『ある装置』を組み立て、完成後に俺がその装置を使用してイフリートに接近し《支配者破壊ボスブレイク》を叩きこむという作戦だ。


「ある装置って何?」


「秘密だよん。見てからのお楽しみ、にしし~」


「今知るより、ぶっつけ本番の方が覚悟しなくていいかもね、フフフ」


 意味ありげに微笑む、鈴音と四葉さん。

 なんだか嫌な予感がしてきたぞ。

 先陣を切る、アリアとファティは何も聞かされていないようだ。


 打合せが終わり、アリアは鉄扉の前に手を添える。

 直後、触っただけで、ジュウゥゥゥと煙が立ち込めてきた。


 う、嘘ッ!

 SPSを装備してなければ、もう大火傷じゃないか!?

 いったい中はどうなっているんだ!?


「……では扉を開けましょう」


 アリアが力を込め、ゆっくりと扉を開け始めた。

 途端、火の粉が霧状となり、俺達の視界を覆い始める。


「うわぁ! なんだこりゃ!?」


「この時点で500度に到達しているわ。生物が生きていい温度じゃないわね」


「SPSの耐久度を表すカウントダウンが始まってるよ! 早く突入しないと!」


 鈴音の言葉を皮切りに、四葉さんは「突入GO!」と指示を出した。

 D班全員が部屋の中へと潜入する。


 そこは、ボス部屋らしい広々とした領域。

 一帯が石畳に敷き詰められ、まるで闘技場コロッセオのように円型に加工されていた。

 また恐ろしいほどの熱気で充満している部屋だ。

 立ち込める火の粉に触れると、そこから炎が発生してしまう。

 

 SPSを着用してなければ、この時点で燃え尽きて灰になっているかもしれない。

 

 そして中央に佇むのは、紅蓮の炎を纏う巨人の姿。

 全長約20メートルはある。

 獅子を彷彿させる烈火の如き燃え盛る鬣に、山羊のような長い両角。

 鬼の形相を持ち、隆々とした肉体を持つ魔人。


 こいつが煉獄ダンジョンのボス――イフリート。



:フワァッ!!!?

:なんだ、この鬼神ような巨人は!?

:イフリートじゃねぇか!?

:え? イフ? あの四大精霊の?

:当たっているけど正確には違う。精霊でなく巨大魔人に属するモンスターやで

:つまり人間側で、そう命名されたってことね

:そう、アメリカの火山ダンジョンでも発見されたボス。奇跡的に撮影に成功した探索者シーカーは灰になったという話がある

:日本にもいたんか……

:やべーじゃん

:スレイヤーくん、こんなん斃せんの?

:無理やろwww

:魂まで燃え尽きそう



 潜入しただけで破損した偵察ドローンの教訓もあり、より耐熱強化が施されたフェアリーはしっかり稼働している。

 どうやら知る人ぞ知る、ボスモンスターのようだ。


 そのイフリートは俺達の存在に気づいている。


「ヴゥゥゥオォォォォォォ!!!」


 こちらを見るや、大口を開け咆哮を上げて威嚇してきた。

 筋肉の溝から炎が吹き溢れ、周囲の空気すらも燃やしている。

 熱量に加え、通常ならば一酸化炭素中毒にもなってそうだ。

 いやそれ以前に空気を吸っただけで肺が焼かれてしまうだろう。


「行くぞ、ファティ!」


「わかりました。支援魔法――《耐熱火》!」


 アリアは大剣を掲げ突進し、ファティは彼女にバフ魔法を施して後を追う。

 

「四葉ネェ、アリア達が頑張っているうちに組み立てるよ――《無限格納庫ハンガー》!」


 鈴音がスキルを発動した。

 半透明の両開き扉が出現して自動に開かれる。

 そこから、幾つかの鋼鉄製パーツを取り出し地面に並べ始めた。

 どのパーツも特殊な耐熱加工されているからか、床に置いても燃えたりはしていない。


「これが『ある装置』だってのか?」


「そっだよ、センパイ。《無限格納庫ハンガー》スキルの制約上、自分より大きな物は収納できないから、こうしてバラしているってわけ。四葉ネェ、急ぐよん!」


「わかったわ。けどこの悪環境……想定以上だわ。シミュレーションじゃ、2分で組み立てたけど、それ以上費やしそう」


 何せ火の粉に触れただけで炎が発生してしまうからな。

 実際だと視界も悪いし、手元だって狂いそうだ。

 二人が急ピッチで装置を組み立てる中、訓練してない俺は待機するしかなかった。

 下手に手伝っても足手まといにしかならない。


 その頃、アリアはイフリートが吐く業火の炎を回避しながら、ツヴァイハンダーでイフリートの脚部を斬りつけた。


「ヴォォォッ」


 イフリートは悶絶する。

 ファティの《耐熱火》バフに加え、魔術式光粒子力マナ・フォトンの性能もあってか。大剣は奴に触れても武器は高熱で溶かされることはなく、それ相応のダメージを与えていた。

 だが致命傷にはならず、イフリートも果敢に炎に纏わせた拳を振り下ろして攻撃してくる。


 アリアは軽快に躱して、ファティと分断しながら距離を置く。

 最初の一撃で注意を引きつけ、それ以降はつかず離れずの囮役に徹していた。


 SPSのアシストがあるにせよ、流石は異界人だ。

 二人とも高い戦闘力に加え、戦い自体が熟練している。

 イフリートも人型だが知性は感じられず、彼女達の動きに翻弄されていた。


 けど問題はそこじゃない。

 この戦闘は時間制限が絶対であること。


 約5分間というSPSの耐久時間が、残り2分30秒と半分を切っている。


「――完成したよ、センパイ!」


 鈴音の言葉に、僕は「よし!」と首肯し振り返った。


 え? 何これ?


 目の前に『大砲』がある。

 ディテールこそ近代風であるが、形状はもろそれだ。


魔術式射出機マナ・カタパルトよ! 御幸くん、早く砲身の中に入って!」


 あのぅ四葉さん。名称こそカッコイイけど、ぶっちゃけ「人間大砲」じゃん。

 どうやら、こいつで俺をイフリートのところまで飛ばすつもりだ。

 手間暇かけたわりには雑な作戦だと思ってしまう。


 まぁ文句も言ってられない。

 残り時間も1分台となっている。


 俺は砲身の中に入ると、魔術式射出機マナ・カタパルトは稼働し始める。

 SPSを通して操作は鈴音が行い、射撃は四葉さんが担当するようだ。

 

「御幸くんだから打ち明けるけど、わたし《神業フィート》スキルを持っているのよ。だから絶対に外さないから安心して!」


 狙いを定めながら四葉さんが言う。

 《神業フィート》とは妙技と呼ばれ、狙撃など奇跡的な超精密な動きを可能とする超レアスキルだ。


 瞬時にアリア達を追う、イフリートの頭部に照準が定まる。

 

「今よ――発射ショットッ!」


 合図と共に、俺は魔術式射出機マナ・カタパルトから発射された。

 高速に回転しながら射出され、その加速と摩擦から全身が炎に包まれてしまう。


 おまけに相当な重力加速度だ。

 SPSでなきゃ確実に燃え尽きている。


 俺は頑張ってパワーアシストを駆使し全身を捻らせた。

 飛び蹴り姿勢となり、イフリートの顔面まで迫る。


「――くらえ、《支配者破壊ボスブレイク》!!!」


 体中から溢れ滾る破壊衝動が突き出した蹴りへと全集中し、イフリートの眉間を貫いた。

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