第20話 藤堂の企み(ざまぁ回)

 一日前に遡る。


 ギルドマスターの昌斗に咎められた、藤堂 健太は重い足取りで【不滅の疾風エターナル・ゲイル】の本部を出た。


「絶対に許さねぇ! ぶっ殺す!! ぶっ殺してやるぞぉ、西埜ぉぉぉぉぉ!!!」


 誰もいない暗闇の裏路地で、藤堂は恨み節を叫ぶ。

 

(この俺が西埜に土下座して謝れだと!? あんな雑魚に……くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉ!!!)


 それは屈辱と憤怒による激昂だった。

 これまでずっとスクールカーストのトップとして歩んできた突如の失墜と転落劇。

 しかも散々底辺だと見下していた男が、ある日を境に救世主として祀り上げられ逆転を果たしてしまった下剋上だ。


 当然ながら納得できる筈はない。

 いや、するわけにはいかなかった。


 とはいえ今では、首の皮一枚のギリギリ状態だ。

 唯一成す術といえば、昌斗が指示したとおり御幸に対する誠意を込めた謝罪しかない。

 御幸に赦してさえもらえば、辛うじて現状をキープできる筈なのだが……。


 藤堂にはそれができない。

 これまで築き上げたプライドが邪魔をしている。


 俺はまだ負けちゃいねぇ!

 あんな雑魚になんぞ頭を下げてたまるか!


 藤堂は考え始める。


(ネットで苛めの主犯が俺だとバレるのも時間の問題だ。明日か明後日、下手すりゃ今夜中か……事が大きくなる前にやるしかねぇ!)


 そしてスマホを手に、ある人物達とコンタクトを取った。


 ――半グレチーム、九爾羅クジラ


 リーダーの反田とはじギルドに所属していた頃に面識があり、素行は悪くても探索者シーカーとしての強さに憧れ慕っていた時期がある。

 反田も藤堂を気に入り連絡先を交換し合っていた。


 無論、反田は御幸の《支配者破壊ボスブレイク》により入院中だ。

 全身骨折と言われ辛うじて生きている状態。とても連絡が取れる状態ではない。

 だが反田のスマホを預かる、チームNo. 2の清水という男に繋がった。


 そこで藤堂は「御幸への復讐」を持ちかける。

 清水も御幸のおかげで面子が潰され業を煮やし提案を受け入れた。


◇◇◇


 翌日、藤堂は学校を休む。

 いや正確には学校には来ていた。


 夜間、ギルドに侵入し掠め取った『隠密迷彩外套ステルスコート』を羽織り、学校内で御幸の様子を伺っていたのだ。

 隠密迷彩外套ステルスコートは斥候やモンスターからの逃走として使用する装備であり、ダンジョン以外の使用は禁止とされている。

 使用時間は最大約1時間程度で、その度に充電が必要であった。


 藤堂は教室には入らず、遠くから御幸の様子を伺うようにする。

 授業中はトイレに籠り充電作業を繰り返していた。


(くそっ! やっぱり、アリアの糞女が西埜から離れねぇ! なんとかあの女を引き離す方法はないのか!?)


 やはり学校内で復讐は難しい。

 かと言って、御幸に真正面から挑むのも危険すぎると判断する。

 

(ムカつくが今の西埜はヤバい……俺一人だと反田さんの二の舞になりかねない!)


 《支配者破壊ボスブレイク》の実態を知らないとはいえ、用心深く冷静な部分もあるようだ。

 したがって目的はあくまで偵察である。

 ちなみに仲間となった九爾羅クジラ達は校外で待機しており、藤堂の合図で奇襲を仕掛ける算段であった。


(そういや西埜の野郎……朝、生徒会長の鷲見と登校してこなかったか? あの塩姫……やたら女の顔をしてやがったような気がする)


 鷲見 怜花といえば、琴石と並ぶ学校トップの美少女として知られている。

 インテリ系で綺麗な顔立ちは勿論、息を飲むほどの巨乳。そのアンバランスさが藤堂にとってツボだった。

 

 しかし鷲見の塩対応ぶりは超有名であり、下心で近づく男達は必ず撃沈されている。

 そんな優等生が何故に陰キャぼっちとして見下す西埜と登校していたのか、藤堂には理解できなかった。


 それから昼休み。


「西埜く~ん、いるぅ?」


 柏木サヤが当たり前のような顔で教室に入って行った。

 抜群のルックスとスタイルを誇るハーフ系で売れっ子のモデル。

 密かに藤堂がワンチャン狙っている美少女だ。


(どうして柏木が西埜に声をかけるんだ!? この俺でさえガン無視されているってのに!!!)


 しかしそれだけではない。


 ずっとアプローチしてきた琴石 莉穂までが乱入して、気づけばサヤと御幸の取り合いを始めているではないか。


(り、莉穂まで……嘘だろ!? なんで西埜なんかを……アリアといい、どうして野郎は美少女ばかりに囲まれてんだ!!!?)


 しかもサヤと莉穂は、藤堂を「御幸を苛めたクズあるいはゴミ」と罵りストーカーとして扱っている。


 間もなくして、御幸は三人の美少女達を連れて仲良く屋上へと向かった。

 その光景は、藤堂が理想とするハーレムそのものだ。


(何故だ! 何故、西埜はモテまくる!? 雑魚の分際で糞がぁぁぁ!)


 藤堂は嫉妬を抑え気づかれないよう四人の後を追跡する。

 

 屋上で仲睦まじく昼食を摂っている。

 しまいにはお互い名前で呼び合うほどの間柄となっていた。

 

 さらに追い打ちかける事態が――!


「みんな楽しそうね」


「ウチらも混ぜて~」


 見たことのない三年と一年の少女達まで加わってきた。

 しかも二人ともかなりイケてる。

 どうやら転校生であり、アリアと同じ組織に属するとか。

 御幸がダンジョンを探索する上でパーティを組んだ女子達らしい。


 詳細な事情は、藤堂にわからなし興味もない。

 どちらにせよだ。


(ゆ、許せねぇ、西埜ぅぅぅ! テメェばっかいい女達に囲まれやがってぇぇぇ、何様だぁぁぁぁ!! ぶっ殺す! ぜってぇ、ぶっ殺すぅぅぅ!!!)


 アリアが傍にいようと関係ない。

 バカ強いと言っても所詮は女一人だ!

 集めた九爾羅クジラメンバーは三十人、数では圧倒している。

 放課後の下校時、奇襲を仕掛けてやるぞ!


 藤堂は嫉妬と復讐心を滾らせ、その時を待つ。


 しかし放課後、より仰天する事態となる。


 校門前で赤いスポーツカーに乗って現れたのは、ギルドマスターの昌斗。

 そして妹の早織。

 何やら二人は、御幸に会いに訪れたようだ。


(だ、団長!? どうして昌斗さんがここに!? しかも西埜とアリアを連れてどっかに行ったぞ! こ、これじゃ奇襲できねぇじゃねーか!!!)


 クソッ、中止だ!

 流石に団長相手だと分が悪すぎる!


 離れた位置で見ていた、藤堂はそう判断した。

 スマホで清水に連絡する。


 が、


「なんだ? どうして出ない……?」


「――わたし達が殲滅したからよ」


「そっ、どいつもマジ雑魚だったわ~」


 背後から声が聞こえる。

 藤堂は振り返ると、そこには見覚えのある二人の少女達の姿があった。

 

 転校生の四葉と鈴音だ。


「バ、バカな!? 俺は隠密迷彩外套ステルスコートを纏っているんだぞ! どうして俺の存在がバレるんだ!!!?


「DUN機関の開発部を甘くみないことね。わたし達のスマホには対隠密迷彩外套ステルスコート用のアプリがインストールされているのよ」


「こうしてスマホのカメラを翳すだけで、あんたの姿は丸見えってわけ。ちなみに、おたくらの行動はずっとD班ウチらがマークしてたよん。アリアだって、とっくに気づいていたんだからね」


 なんだと!?

 まさか……ずっと前から俺の存在と企てがバレていたってのか!?


 さらに四葉と鈴音はたった二人で、待機していた三十人の九爾羅クジラ連中を制圧したと言い切った。

 確かに先程から遠くの方でパトカーと救急車のサイレンが鳴り響いている。


「糞女がぁ、ぶっ殺してやる!」


 藤堂は開き直り、自ら隠密迷彩外套ステルスコートを脱ぎ捨て姿を晒した。

 その手にはアーミーナイフが握られている。


 しかし四葉と鈴音は一切動じていない。

 寧ろ「フン」と鼻を鳴らし挑発していた。


「死ねぇぇぇぇぇ!!!」


 藤堂は踏み込み、四葉に斬りかかった。

 だが彼女はあっさりと躱し、鳩尾に向けて強烈なカウンターの膝を食らわせる。


「ぐほっ!」


「あんた如きが戦闘術を極めた、ウチらに勝てるわけねーじゃん!」


 いつの間にか鈴音が背後に回り、ハイキックを放った。


「がぁっ!」


 藤堂の後頭部へと見事にヒットする。

 その威力は意識を狩り、膝を崩してうつ伏せで倒れた。


「とりあえず、御幸くんが受けてきた分よ」


「ぶぎゃぁぁぁ!」


 四葉は冷たい口調で藤堂の背中を思いっきり踏みつけた。

 その表情は普段見せている優しいお姉さんの顔ではない。

 幾つもの激戦をくぐり抜けてきた冷酷な戦士そのものだ。


「四葉ネェ……班長から、このクズだけは再起不能にすんなって言われているよぉ」


「そうだったわね、ごめんなさい……藤堂 健太。これから貴方には凄惨な末路が待っているわ。自分がどれだけ愚かだったのか恥じて悔いなさい!」


「案外、死んだ方がマシだと思うかもね~ん」


 そう言葉だけを残し、四葉と鈴音は音も立てず去った。

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