第7話 美少女騎士再び

 その時だ。


「いっつぅ痛ぇでぇぇぇてぇぇぇ――!?」


 不意に誰かが藤堂の手首を掴み捻り上がる。

 奴は悲鳴と共に苦痛の表情を浮かべ、俺から手を放して離れた。


 藤堂の手を捻ったのは、なんとか弱そうな女子だった。

 黄金色の髪を綺麗に編み込み後頭部でお団子風に纏めている。

 髪の色と同じ瞳を持ち、凛とした美しく神秘的な佇まい。

 抜群のスタイルで息を飲むほどの美少女。


 彼女は、まさか……。


「アリア!?」


「我が主への無礼はやめて頂こう! さもないと、このアリア・ヴァルキリーが容赦せんぞ!」


 そう、ダンジョンで俺を助けてくれた謎の美少女騎士だ。

 どうしてアリアがここに?

 しかも学校の制服を着ているじゃないか?


「いでぇ! 離せ、離せって!」


 藤堂は完全に腕の関節を極められ、痛みのあまりその場で蹲り膝を着いた。

 S級ギルドに入れるほど有望な探索者シーカーとは思えない情けない姿を晒している。

 おかげで奴の取り巻きだけではなく、クラスの誰もが絶句して見入っているだけだった。


「無粋な輩め! 貴様のことは調べがついている! 我が主、ミユキ様への数々の所業、断じて許さんぞ! この場で成敗してくれよう!」


 アリアは激昂し、より腕の力を強める。

 華奢な女子とは思えない圧倒する強さだ。


 あと数ミリほど力を加えれば藤堂の腕は折れてしまうかもしれない。

 そう思われた時、扉越しで担任の教師が「……あのぅ、そろそろホームルームを」と弱々しい声で言ってきた。


「ふむ。先生殿はああ申されておりますが、ご主人様、如何なされますか? このまま、こやつを再起不能にし病院送りにすることも可能ですが?」


 何故か俺に判断を委ねてくる、アリア。


「もういいよ、みんなの迷惑になるから。ありがとう……アリア」


「はい、ご主人様」


 アリアは声を弾ませ、僕に優しい微笑を浮かべ手を離した。

 直後、「フン、運のいい奴め! 我が主の寛大な優しさに感謝しろ!」と言い放ち、藤堂の尻を思いっきり蹴り上げる。


「ギャイン!」


 負け犬のような悲鳴を上げる、藤堂。

 すっかり立場が逆転される絵面となった。


 おや? 

 気づけば、《支配者破壊ボスブレイク》の衝動が収まっている。

 あのままアリアが介入しなければ、俺はスキルで藤堂を殴ってしまっていたかもしれない。

 そうなれば、バルサウロスのように藤堂は今頃……。


 しかし、どうして発動しそうになったんだ?

 ゴブリン戦では、うんともすんともならなかったのに……何か条件を満たすことがあったのか?


 俺は首を傾げながら自分の席へと座る。

 藤堂を含む、他の連中も渋々席に着いた。


 ホームルームが始まり、担任教師からアリアのことが紹介される。

 彼女はイギリスから留学してきた転校生だと説明された。

 確かに日本人離れしている子だ。

 けど外国人と言われれば丸みを帯びており、顔立ちだけなら東洋人にも見えなくもない。


 アリアのことを改めて目の当たりにする周囲からも、


「昨日の動画の子だよね? 綺麗な子……」


「間近で見ても、めちゃ美人じゃん」


「やべぇ、顔だけで飯食える」


 などと羨望と感嘆の声が聞かれていた。

 どうやらクラスのみんなも昨日の動画配信を視聴していたのか、アリアのことを知っているようだ。

 したがって彼女が俺を「ご主人様」と呼び慕っていても不思議がる様子はない。



 それからは珍しく快適な学校生活を送ることができた。

 アリアが常に俺の傍にいてくれたおかげだ。


 藤堂も鳴りを潜めており朝の醜態が恥ずかしかったのか、気づけば早退していた。

 周囲も特に女子達が俺に何か話しかけたがっていたが、こちらから話すことはないのであえて無視する。

 どうせ「陰キャぼっちの癖に」と揶揄される、そう思ったからだ。

 その都度、アリアが前に出て「我が主に用があれば、この私が代わりに伺おう」と応対してくれた。

 彼女の毅然とした振舞いに女子達は「いや別に……」と身を引いている。

 本当にアリアは俺を守る騎士ナイトのような女子だ。



 放課後。

 俺が帰ろうと椅子から立ち上がると、アリアが近づき声をかけてきた。


「ご主人様、少しだけ私にお付き合いして頂きてもよろしいでしょうか?」


「うん、いいよ」


 不思議なものだ。

 アリア相手だと、コミュ障の俺でもすんなりと言葉が出てくる。

 少なくてもクラスの連中より彼女の方が遥かに信頼できるからに違いない。

 

 俺はアリアに連れられ屋上に向かった。

 普段は施錠している場所なのに、今は何故かドアが開いている。

 誰もいない屋上でアリアと二人っきり。

 異性慣れしてないからか、少しだけ緊張してきた。


「ご主人様、今朝は危なかったですね」


 柔らかく瞳を細める、アリア。


「あ、ああ……アリアが守ってくれたおかげだよ。また助けられちゃって……なんてお礼を言ったら良いのやら」


「いえ、私が言っているのは藤堂という下衆なる者の方です。あのまま放置していたら、彼奴あやつはご主人様によって葬られていたことでしょう」


「え? まさか、俺の《支配者破壊ボスブレイク》について何か知っているの?」


「……はい。ですが私からは申すなと言われております。昨日の件と共に、詳しく説明できる者がおります。これから、その者と会って頂きたいのですがよろしいでしょうか?」


「え? う、うん、俺はいいよ。だだアリアが傍にいてくれると助かるよ。俺、知らない人が相手だと言葉が上手く出てこない時があるんだ」


「はい、勿論です! このアリア・ヴァルキリー、命を賭してご主人様をお守りいたしましょう!」


 真っ白な頬を桜色に染め、アリアは微笑んで了承してくれる。

 まだ出会って二日目だというのに、彼女の騎士道精神溢れる従順な姿が気に入ってしまったようだ。

 でなきゃ、陰キャの俺がこれほどまで他人に頼ることはあり得ない。


 アリアはポケットからスマホを取り出し、誰かに連絡し始める。


「――私だ。我が主からご許可を頂いた。至急、迎えにきてくれ」


 間もなくして、パタパタと空を切る独特のブレードスラップ音が聞こえてくる

 この音はヘリコプターだ。

 そう思い、俺は上空を見上げると予想どおり何かが近づいてくる。

 確かにヘリコプターだった。けど何か思っていたのと違う。


 なんと航空自衛隊が使用する大型輸送ヘリだ。


「うおっ! なんだ、あれは!?」


「お迎えの者達です。あの者達が責任を持って、ご主人様をご案内いたします」


 アリアは落ち着いた口調で説明している。


 ヘリの後部ハッチが開き、自衛隊員っぽい人達がロープを伝って屋上へと降りてくる。

 俺にむけていきなり「救世主様、失礼します!」と言うと、制服の上から専用のハーネスを手際よく取り付けられてしまった。


「ちょ、ちょっと何を!?」


「ご安心ください。お鞄と靴は組織の者が責任を持って回収いたしますので」


「そうこと聞いているんじゃないんだけど……そ、組織ぃ!?」


 やばい! 俺、なんかとんでもない所に連れて行かれそうなんだけど!


 あれよあれよと何かのコントのように俺はロープに繋がれ、アリアと共に大型郵送ヘリに乗せられた。

 きっと学校に残っている誰もがその光景を目の当たりにしたであろう。

 俺達を乗せたヘリは轟音と共に風を切り進んで行く。


 間もなくして、山奥にぽつりとある大きな研究所っぽい建物が見えた。

 広大な敷地に、真っ白な外壁の巨大な建物が木々に囲まれて密集している。

 まるで秘密基地のようだ。


「アリア、あの研究所みたいな建物はなんだい?」


「あれこそ、私が所属する組織――ダンジョン対策特務機関の本部です」

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