第6話 くそったれの日常

 俺、西埜 御幸はずっと自分に自信が持てなった男だ。

 親父のようなマッチョ体形じゃなく、貧相な身体つき。

 身長も高い方じゃなく、顔も純朴といえば聞こえはいいけどこれと言った特徴もない。

 いや、あまりにも非モテぶりからモブ以下の最底辺扱いだと思う。


 おまけのコミュ障なところもあり、家族以外じゃまともに話せないでいる。

 そのオーラから陰キャぼっちとして蔑まれクラスでも隅っこでいることが多い。

 だから余計にアリアって子とファティって子と、それなりに会話できていた自分が不思議なくらいだ。


 そんな僕は学校でいじめを受けている。

 男子から暴力を振るわれ、女には嘲笑や陰口を浴びせられていた。



「ぐふぅ!」


 俺の腹部に強烈な鉄拳がめり込む。

 呼吸ができなくなり、胃液が溢れ出そうになる。

 屈辱の味だ。

 俺は蹲り床に膝をついた。


「がはっ、ごほっ!」


 ようやく呼吸ができたと同時に咽こんでしまう。

 

「おいおい! たった一発で倒れているんじゃねーぞ、コラァ!」


 目の前に立つはだかる高身長の男。

 俺の髪を鷲掴み、強引に立たせようとする。


「ゆ、赦してください」


「ああ、聞こえねーな! せっかく鍛えてやろうとしてんだ、この俺様がな!」


「クソ雑魚が! ケンちゃん直々に手ほどきしてくれるのに態度悪りぃな!」


「あの超有名な【不滅の疾風エターナル・ゲイル】に所属する将来有望な探索者シーカーでもあるんだぜぇ! 感謝しろよなぁ!」


「ザーコ、ギャハハハハハハハ!!!」


 教室内で堂々と振るわれている暴力。

 周囲は見て見ぬふりか、女子達は「クスクス」と自業自得だと言わんばかりに嘲笑っている。


 いったい俺が何をしたっていうんだ?

 そんなに俺の存在が疎ましいのか?

 惨めな姿が滑稽に見えるのか?


 藤堂とうどう 建太けんた

 同じクラスの俺をいじめる主犯格だ。

 細マッチョの体形で茶髪に染めた髪に耳にはピアスがつけられている、見るからに陽キャ。おまけに甘い容姿のイケメンで成績もよく運動神経も抜群だった。


 取り巻きが言ったように、藤堂はS級ギルド【不滅の疾風エターナル・ゲイル】に所属する探索者シーカーで現在はBランクの実力者だ。

 将来有望と期待されるエース候補として知られている。

 

 なので女子にはモテまくり、特定の彼女を作らなくてもセフレが何人もいると言われている。

 さらに父親はダンジョン管理省の事務次官だとか。

 所謂、ヒエラルキーの頂点に君臨する王様ってやつだ。


 こんな恵まれた奴が、正反対の俺をいじめるのには憂さ晴らしだけじゃない。

 もう一つ理由があると思った。


「――ちょっと藤堂君、やりすぎでしょ!」


 一人の女子が静止を呼びかける。

 俺を庇うのではなく、暴力に対して見るに見かねたという感じだ。


 彼女は、琴石こといし 莉穂りほ

 胸上まで伸びたセミロングの黒髪が特徴で清楚系のかわいらしい美貌を持つ女子。

 学校でも一、二を争う美少女として有名な子だ。


 俺と琴石は幼馴染と思われている。

 確かに幼稚園の頃はよく一緒に遊んでいたと思う。

 けどあくまでそれだけの関係であり、小学校高学年から中学に至るまでろくに会話すらしたことがない。

 親父が事業に失敗してお袋が蒸発したこともあり、俺も塞ぎ込んだことが原因だ。


 どちらにせよ、琴石とはあくまで顔見知り程度。

 だが藤堂はそうは思っていない。

 彼女の気を引くため、幼馴染だと思い込み俺をいじめて気を引こうとしている。

 モテるくせに、あえて彼女を作らないのもそのためだ。


「莉穂~、俺の彼女になってくれるんなら、西埜を見逃してやってもいいぜ~」


「はぁ!? 何言ってるの! 西埜は関係ないでしょ! 私はただ見るに見かねて注意しているだけよ! なんならスマホに撮ってネットにバラまいてもいいんだからね!」


「お前こそ何言ってんだよぉ。俺はただ貧弱な西埜を鍛えてやっているんだよ。そうだよな、オラァ!」


 藤堂はニヤつきながら、再び僕の腹部を殴りつける。

 髪を掴まれたままなので蹲ることもできない。


「……は、はい。そのとおりです」


 完璧の負け犬、いや犬以下の奴隷。

 それが今の俺だ。


「西埜……あんたそれでいいの?」


 琴石は悲しそうに呟く。

 そんな瞳で見ないでくれ。

 逆にどうしろって言うんだ?

 相談するべき教師だって見てみぬ振りで流されているんだ。


 もう学校を辞めろって言っているようなもんじゃないか。

 本当は辞めたい……けど妹にだけは情けない兄と思われたくない。


 妹、西埜 瑠唯るい

 今年で15歳の中学三年生。

 親父と俺とはまるで似ていない、ミディアムヘアが似合うアイドルのような可愛らしい顔立ちをしている。

 俺とは違い友達が多く、常に男子に告白を受ける陽キャ。成績もよく、実は義理妹説が流れるほどだ。


 そんな瑠唯は年頃から反抗期中であり、特に親父に対して素っ気ない態度を見せている。

 一方、俺とは仲が良く「一人で抱え込まないでね」「お兄ちゃんだけ無理する必要はないから」などと気遣ってくれる心優しい妹だ。

 おまけに高校へ進学したら家計を助けるため探索者シーカーになると言ってくれている。


 だから俺が学校でいじめられ知ったら、瑠唯はどんなに心配するだろうか。

 妹に幻滅されるのも怖い……だからどんなに辛い目にあっても家では気丈に振る舞うようにしているんだ。


「チッ、莉穂に免じて今日は許してやるよ、西埜。俺様に感謝しろや、ギャハハハハハハハ!」


「だっせーっ! マジきめーや!」


「よく生きてられんなーっ、バーカ!」


 いくら罵詈雑言を叩きつけられようと、俺は何も言い返せない。

 この学校で俺の味方は誰もいない、そう思っている。

 

 悔しいけど、これが俺のくそったれの学校生活だった。


 そう、ダンジョンでボスを斃す前までは――。



◇◇◇



「……おい、あいつだろ?」


「嘘、マジで……やばくない」


「う、うん。うわぁ、同じ学校だったんだぁ」


 昨日のダンジョン探索から翌日。

 俺は憂鬱な気持ちを堪えて登校した。

 外に出た途端、やたら周囲から注目を浴びている気がしてならない。


 そういや家に帰った時も、ひっきりなしに電話が鳴り響き親父は対応に追われていた。

 なんでも超有名人から問い合わせを受けて、その場で正座しながら「――キンさん! どうか好きに使ってください!」と言っていたのを覚えている。

 キンさんて誰だろうと思ったけど、疲れていたから気にしないで寝てしまった。


(どうせ、また俺のことバカにしているんだろう……もう放っておいてくれ)


 俺は気にせず誰とも目を合わせず、速足で教室に向かう。


 教室に入った途端、ざわざわと喧騒に包まれた。

 嫌な気分だ……けど普段と何か違う感じもする。


「お、おい、西埜! テメェ、どんなイカサマをやりやがったんだ!」


 早速、藤堂が絡んできた。

 でも、いつもと異なり様子が可笑しい。

 俺は口を開き言葉を発しようとするも、本来のコミュ障とこいつが怖くて声がでない。


 すると藤堂は俺の襟首を掴み引き寄せた。


「答えろ、コラァ! テメェのような雑魚がスキルに目覚めて、ダンジョンのボスを斃せるわけがねーんだよ! どうせ俺をびびらせようと、フェイク動画を流したんだろうが! ああっ!!?」


 好き勝手言いやがって……なんなんだ、こいつ!

 

 そう怒りを込めた瞬間だ。

 ドクンっと俺の心臓が激しく鼓動を打ち高鳴った。

 全身が熱く滾るような衝動が襲う。


 自然と拳が握られ、ガタガタと小刻みに震え始める。


 この感覚は……まさか。


 ――《支配者破壊ボスブレイク》の前兆!?

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