第2話 ボスブレイク

「やばい! ここは最下層だ! ボス部屋に来ちまったんだ、親父!」


 ダンジョンは出現した地域により階層や造りは異なるが、大雑把に上層、中層、下層、深層と分かれている。

 特に深層の奥には『ボス部屋』があり、よりによってそこに落ちてしまったようだ。


 どのぬしもボスと呼ばれるだけあり、とても強力な力を秘めている絶対者のモンスター。

 一部では魔王級と呼ばれるボスも存在するとか。

 嘗て世界の探索者シーカーが、ボスを斃したという歴史と実績はない。

 自衛隊も同様だ。一説では弾道ミサイルすら通じないと囁かれている。

 だから、Sランクの探索者シーカーですら『触らぬ神』として避けるべき相手であった。


 そして以前、目の前にいるダンジョンのボス、バルサウロスに挑んだ探索者シーカーチームがいた。

 先程チャットで視聴者が言っていた、S級ギルド【不滅の疾風エターナル・ゲイル】に所属する者達だ。

 彼らはギルドの命令を無視し、名誉欲しさとウケ狙いで生配信しながら戦いを挑んだと言う。

 結果は惨敗でありスプラッター映画並みの事故配信となり、改めてボスの強さと危険性を世に知らしめる結果となった。


 そんな凶暴で危険すぎるモンスターだが、不思議なことにボスが地上に上ることはなく、寧ろ『ボス部屋』から出てきたという報告すらも挙げられていない。

 したがって、人間側がちょっかいをかけない限り、ボス自らが何か仕掛けてくることはなかった。


 まさしく『触らぬ神』なのだが……どうやら俺と親父はその禁忌タブーを犯してしまったようだ。


「逃げろ、御幸! 父さんが奴の気を引く! その隙にこの部屋から出ろ!」


「はぁ!? その折れた剣で何ができるんだよ! ここはドローンで注意を引き付けさせて一緒に逃げよーぜ!」


「いいや駄目だ! そのドローンは20万もしたんだぞ! まだローンが残っている! 安心しろ、俺はダンジョン保険に入っている! 万一、俺が死んだら、1億円の保険金が入るだろう! お前と瑠唯るいには一切の迷惑はかけん!」


「いやいやいや! あんた、5億の借金あんだろーが! つまり残り4億の借金を俺と妹に返せよってことだよな!? 何が安心しろだ! させねーよ! あんたは父親の責任として生きて借金を返せよ!」



:みっともねー

:何これ?

:命惜しさどころか借金返済でなすりつけ合うバカ親子w

:しかも何故か攻撃してこないバルサウロスさんw

:空気読むボス、草

:戦隊モノの怪人並みに優しいボス

:バルサウロスさーん、今のうちっすよ~

:やっちゃって

:お前ら初見だろ? この親子の強かさしらねーな

:そうそう、特に親父は中々の食わせ者

:すでに手は打ってるだろーぜ



 流石、登録者は勘がいい。

 コメントどおり親父は俺とやり取りしながらも、その手にはちゃっかり閃光弾を握りしめていた。


 痺れを切らしたバルサウロスが、戦斧を掲げたと同時にカウンターで投げつける。


「グギャァッ!?」


 閃光弾は目の前で弾け、バルサウロスの視界を奪う。

 思わぬ不意打ちに手元から戦斧を落した。


「今だ! 逃げるぞ、御幸ッ!」


「親父、あんたって男は……こんな古典的な手に引っかかるボスもアレだけどな」


 見た目が恐竜なだけに知能は高くないようだ。

 とにかく急いで、この部屋から脱出しなければならない。


 俺と親父は出口に向けて駆け出した。

 しかし、不意に背後から猛烈な圧を感じる。

 

「御幸ッ!」


 不意に親父は飛びつき、俺を抱擁する。

 同時に物凄い衝撃が俺達を襲い吹き飛ばした。


 地面を滑り、岩壁に激突してしまう。

 だが俺は咄嗟に抱き込まれたので、衝撃以外のダメージはない。

 けど親父は……。


「親父っ! しっかりしろよ!」


 もろに受けてしまったのか、ぐったりして意識はない。

 呼吸はある。けど頭部に出血があり、体中が擦り傷だらけだ。

 どこか折れている可能性もある。


「いったい何がどうなって……」


 俺が視線を向けた先で、バルサウロスは両手で双眸を覆い悶えていた。

 視界はまだ戻っていない様子だが、その代わり臀部と繋がっている太く逞しい尻尾が空を切りながら振り回されている。


 今のは尻尾による攻撃だったようだ。

 偶然か狙っていたのか不明だが、巨大な丸太のような尻尾に親父は体を打ち付けられたのか。


「クソッ! とにかく逃げないと……」


 俺は親父を担ごうとするも、力が抜けている上に大柄なので中々上手くいかない。

 元々あまり体力に自信がない方だ。

 あったら学校で苛められていないだろう……。


 バルサウロスの視界が戻る。

 飛ばされた俺達を発見するや否や地響きを鳴らし突進してきた。


 やばい、このままじゃ確実に殺される!

 俺は身近に迫る死に恐怖し全身が震えてしまう。


 でも……まだ俺だけなら逃げられるかもしれない。

 学校でもそうだ。

 俺は抵抗せず、いいだけ殴られ蹴られ自分の主張と矜持から逃げた。

 尊厳を捨て、ただ受け入れてやり過ごす。

 とっとと卒業して、社会人さえなればなんとかなる。

 そう思っていた。


 そうだ。逃げることは罪じゃない。

 ましてや相手はダンジョンのボス、仕方ないじゃないか。


 けど……。


 ぐっと拳に力が入る。


「お、俺は逃げない! 自分の親を見捨てて逃げる奴があるか! こんな駄目でクズな親父でも俺にとっては、たった一人の父さん・ ・ ・なんだ!」


 数年ぶりに「父さん」と呼んだ。

 俺は立ち上がり身構え、ファイティングポーズを取る。

 支援役サポーターだから武器なんて持っちゃいない。

 あってもせいぜいさ作業用のナイフくらいだ。



:え? 

:え?

:え?

:まさか息子が戦うんか?

:いや無茶だろ!

:やめとけ死ぬぞ!

:思わぬ展開w

:素直に逃げた方がいい

:やべぇ!

:あーあ。終わったな

:潰されて終了



 何やらコメントが盛り上がっているようだが確認する余裕はない。


「グアァァァ!」


 バルサウロスは咆哮を上げ、巨大な拳を高々と掲げている。

 振り下ろされる強烈な風圧。それだけで体が潰されそうだ。


「お前なんかに負けるもんか!」



――いいじゃないか。

 その無知で無謀な闘争心、実に気に入った。



 ふと頭に流れ込んできた声。

 するとバルサウロスの動きが急激に遅くなり、超スローモーションとなる。


 なんだこれ? アドレナリンが分泌したのか?

 これって死に際の走馬灯ってやつ?



――違う。キミは生きなければならない。

 そして継がなければならない。



 継ぐ? 何を継ぐってなんだ?



――キミが見せた勇気がそれに値する。

 これより我の力を継承させよう、その名も――



 謎の声により、あるワードが脳裏に刻まれる。

 直後、俺の全身が滾るように震えた。


 時間が戻り、バルサウロスの拳が間近まで迫ってくる。

 だが俺は動じない。


 寧ろ最大のチャンスだ。



「――《支配者破壊ボスブレイク》!」



 俺は刻まれたワードを叫び、自分の拳を繰り出した。

 互いの拳が打ち合った刹那。


「グゥギャアァァァァァァ――!!!」


 バルサウロスは、けたたましく悲鳴を上げた。

 俺の拳と重なった箇所から亀裂が入り、パズルのようにバラバラに粉砕される。

 その勢いと衝撃は全身に及び、巨漢の肉体が無残に四散した。


 え? え? 何これ?

 ワンパンで、バルサウロスを斃してしまったぞ。

 しかも、俺、ノーダメージなんだけど。


「ボスゥ、よわぁぁぁっ!」

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