被害者
三鹿ショート
被害者
我々の交際相手が、友人だったことが災いしたのだろう。
仕事の予定などが重なることに違和感を抱き、尾行した結果、我々の交際相手は二人で宿泊施設の中へと消えていった。
偶然にも顔を合わせただけだという可能性も考えたが、それが何度も続けば、偶然などという言葉で片付けてはならない事態である。
そこで、私と彼女は友人と旅行へ向かうと告げ、留守を偽ることにした。
我々が留守の間、どちらかの自宅にて二人の時間を楽しむだろうと考えたからだ。
予想は的中し、寝室に仕掛けていた撮影機器には、二人が身体を重ねている姿が記録されていた。
私と彼女がそれを二人に突きつけると、二人は謝罪の言葉を吐くどころか、密かに撮影していたことに対して怒りを露わにしたのである。
我々は、呆れて物を言うことができなかった。
二人の行為を撮影した記録を全て手渡すと、我々は揃って恋人に別れを告げた。
その後、二人は交際を開始したらしいが、どちらかが裏切り行為に及ぶことは、時間の問題だろう。
***
恋人と別れて以来、私と彼女は頻繁に顔を合わせるようになった。
下心が存在しているわけではなく、互いが負った傷を癒やすためである。
裏切り行為を目にしてからというもの、我々は恋人という存在に対して懐疑的になってしまい、新たな相手を持つことに抵抗を覚えていた。
だが、同じ経験をした私と彼女ならば、裏切られる痛みを知っているために、交際を開始したところで問題は無いと考えることも可能だろう。
しかし、たとえ同じ傷を負っていたとしても、我々が同じ行為に及ぶことはないと断言することはできなかった。
恋人を裏切った際に抱くであろう背徳感が気になり、行動に移してしまう可能性も存在する恐れがあるからだ。
ゆえに、我々は互いの傷を癒やし、近況を報告するだけの仲だった。
***
あるとき、彼女が不安な表情を浮かべながら相談してきた。
いわく、気になる相手が出来たということらしいが、本当に交際するべきかどうかを悩んでいるということだった。
過去の出来事を乗り越え、一歩を踏み出そうとしている彼女は勇敢である。
そして、不安を抱いてしまう気持ちは、私にも理解することができる。
彼女の話を聞く限りでは、特段の問題も無さそうな男性だった。
だが、裏ではどのような行為に及んでいるのか、不明である。
かつての我々の恋人が良い例だった。
だからこそ、私は彼女の不安を払拭するために、くだんの男性について調べることにした。
それを告げたところ、彼女は笑顔を浮かべながら、頭を下げた。
***
彼女が気になっているという男性を調べ始めたが、彼女の不安が杞憂だということが判明した。
男女問わず友人が多いようだが、友人たちとの食事を終了させた後は、一人で帰ることが常だった。
職場は男性の両親ほどに年齢を重ねた人間ばかりであるために、男性の好みが年を取った人間ではない限りは、裏切る心配も無いだろう。
彼女にそれを伝えたところ、安堵した様子を見せた。
そして、顔を赤らめながら、想いを伝えるのだと決心した。
私は彼女を応援するような言葉を吐いたが、心の片隅で、そのような気持ちとは裏腹な思いが存在していた。
それは、彼女に成功してほしくはないという気持ちだった。
同じような経験をした相手だからこそ、私を置いて自分だけが幸福に至るということが、面白くなかったのである。
もちろん、この感情が醜いものであることは理解している。
しかし、抱いてしまっていることは、確かだった。
***
数日後、彼女は暗い表情を浮かべながら姿を現した。
いわく、男性には既に恋人が存在していたということらしい。
私が調べている際にはそのような相手が存在していなかったことから、彼女が想いを伝えようと決心してから行動に移すまでの間に、別の人間が男性を自身の所有物と化したということになる。
彼女は己の行動の遅さを呪い、自棄を起こして勢いよく酒を飲み始めた。
やがて酔い潰れた彼女を自宅まで送り届けると、私は帰路についた。
途中、彼女の自宅の方を振り返ると、私は謝罪の言葉を吐いた。
***
「頼んでおいてこのようなことを言うのも何だが、きみはやはり、裏切るという行為を愉しんでいるのだろう」
かつての交際相手は、口元を緩めながら私が差し出した封筒を受け取った。
封筒の中身を数えた後、かつての交際相手は肩をすくめた。
「同じ料理を食べ続ければ、飽きもするでしょう。おかしなことに、自分も同じようなことをしていたにも関わらず、彼女の恋人だった彼は、私が裏切ったことを糾弾してきたのです。自分が裏切ったということを忘れているのでしょうか。都合の良い脳を持っているようですね」
かつての交際相手は、再び笑みを浮かべると、
「あなたもあなたです。同じ傷を負った人間が成功することに耐えることができず、このような裏工作に及ぶなど、私よりも性質が悪いのではないでしょうか」
そう告げられ、私は腹立たしさを覚えた。
「私は、誰も裏切っていない。誰の恋人でも無い人間をきみに紹介しただけだ」
心外だと告げながらも、かつての交際相手の言葉は私に突き刺さっていた。
被害者 三鹿ショート @mijikashort
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