宇宙のおっさん


 学校の帰りに川沿いの公園のベンチの近くで変わったおっさんを見つけた。

 おっさんは宇宙人のお面をつけていて、そのまわりを囲うようにして何人かのクラスの友達がいた。賑やかそうな様子に、自分も近くで見たかったけど、おっかない気がしたので少し離れた場所までにした。

 おっさんのお面はお祭りの屋台で見かけるようなプラスチックの薄いもので、端のほうが欠けていて、表面の銀色の塗装もよく見ると剥げていた。体は大きくて丸く、夏なのに厚手のジャンパーを着て、軍手をしていて、雨が降っていないのに濡れたような見た目のズボンを履いていて、足には大きな長靴を履いていた。

 おっさんの様子を見ていると、声を発する度口の位置が合っていないためか、お面の中からビリビリと響いた音が聞こえてきた。

 何を言っているのかがまるで分らず、そのこととおっさんの大げさに見える手振りとが合わさった様子がひどく滑稽にみえて、しきりに何かを訴えかけてくるおっさんをよそに、周りのみんなでゲラゲラと笑った。

 そうした事がかなりのあいだ続いていたけど、やがておっさんが話すのをやめてベンチに腰かけて何もしなくなってからは、みんなでその場から離れて家に帰り始め、今見たことを繰り返し話した。

「なんだったんだろ、アレ」

「やばい」

「宇宙人」

「そんなわけないだろ、だって、おっさんだよ」

「うん……おっさん」

「じゃあ宇宙のおっさんは?」

「えーっ」

「ハハハ、なにそれ!」

 宇宙のおっさんという呼び名が、先ほど見たどこか滑稽さを含んだ様子に対してぴったりと合っている気がして、それ以降それの呼び名は宇宙のおっさんになった。

 家に帰ってからも、宇宙のおっさんのことを思い出した。にやにやしていたためか、親から何があったのかと尋ねられた。得意になった気分で今日見たことを話すと、深刻そうな顔をしていて、友達たちみたいには笑わなかった。


 次の日、学校の教室では宇宙のおっさんの話でもちきりだった。まだ見ていない子たちもいたので、帰りに見に行くということに決まった。

 ようやく放課後になったので、みんなで公園へと向かうとそこは、大勢の大人で囲われていて、中を覗こうと前に進むと、「家に帰りなさい」と押し戻された。

 近くの入口にいる大人たちは、金属の棒を手に持っていて、怒ったような顔をしていた。

 みんなで顔を見合わせあったが、どうしようもないので帰ることにした。帰り道は誰も話さず、沈黙に包まれていた。

 家に帰るとすぐに玄関の鍵が閉められ、その日はいつもよりも早く布団に入るように言われて、入るとすぐに電気が消された。

 

 次の日はなぜか誰も宇宙おっさんの話をしなかった。放課後になっても、帰り道でも。でも公園の前まで来ると、自然とみんなその中へと進んだ。

 公園にはおっさんはおらず、もぬけの殻となっていた。おっさんの座っていたベンチへ向かうと、その前に青いペンキのような水たまりをみつけた。その液体は木の陰にあるというのに光って見えた。よく見るとその水たまりから水を垂らしたような跡が点々と続いているのが分かった。僕たちはそれが何なのかが理解できずに、暫くその場で立ち止まっていた。

 やがて誰が始めるでもなく、みんなで青い点のあとを追うようにして、公園の外へと進み始めた。青い液体はアスファルトの上でも変わらずに青く光っており、進んでいくとやがてそれは、橋の中央で途切れていた。

 足元から目線を上に移すと、赤い色をした橋の一部が、べったりと青く染められているのを見つけた。それにぎょっとして、のけぞっていると、「どうしたんだ、こんなところで? 今日はまっすぐ家に帰れって先生言ったよな!」と担任の先生たちが、橋の向こうから歩いてきたのが見えて、それでその日は解散になった。


 家に帰って夕飯を食べていると、しばらく公園へは行ってはいけないと言われた。その日はなかなか眠れずにいて、ふと起き上がってカーテンを開けた。

 夜空に幾つもの丸い光が見えて、それは大きく広がっていた。






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