【02】

 夜詩くんはよく泣いていた。

 その日は夜詩くんの誕生日で、僕は街のケーキ屋さんで夜詩くんの好きなチョコレートケーキを買って行った。僕は叔父が何歳になるのかを思い出すのが面倒だったから、わざわざ数字の蝋燭はつけなかった。ええと、母より幾つ年下なんだっけ。夜詩くん、何年に生まれたんだっけ。

「お誕生日、おめでとう」

 疲れきった人には喜びすら負担なのだ。僕はそのことをすっかり忘れていた。生まれなきゃよかったと生きててよかったを激しく繰り返し、何故自分が生き延びてしまったのかを夜詩くんは自ら呪った。今日は呪う日じゃなくて祝う日なんだけどな。夜詩くんは相変わらず僕を抱きしめる。抱きしめられるのではなく、何か大きなものから僕を守るように、僕の肩をしっかりと抱いて泣く。

「ハツ。ありがとう。生きててよかった」

「うん」

「死にたい」

「ケーキ食べようよ」

「うん」

 二つ買ってきたチョコレートケーキを皿に乗せ、インスタントのコーヒーを淹れる。夜詩くんは甘いものを口にすると、ようやく落ち着いた。まるで子供みたいだ。いや、夜詩くんのなかで、どこかが10歳のまま、止まっているのだろう。夜詩くんだけではない。元来、人間とはそういうものだ。苦しいこと、つらいこと、楽しいこと、嬉しいこと、忘れたいこと、忘れたいのに忘れられないことで、人はどこか時を止めてしまう自分がある。僕だって初めて水族館でマンボウを見たときの衝撃や、小学三年生のときに初めて女の子からラブレターを受け取ったときのドキドキを覚えている。思い出すと、幼かったあの頃の自分に戻ってしまう。

 ケーキのなかでもチョコレートケーキが一番美味しいと語る叔父の話を僕は聞く。定番のショートケーキを夜詩くんはあんまり好きじゃなくて、いつだって生クリームや酸っぱい苺を避けて選ぶところがある。ミスタードーナツでも夜詩くんの好のは生クリームよりチョコレート系のやつだ。

 夜詩くんは珍しく楽しそうで、僕はケーキを買ってきてよかったと感じる。夜詩くんは何度も自殺未遂をしている。未遂なので当然すべて失敗している。自ら考え直して生へと引き返したのではなく、救急隊員があと一歩でも遅かったら死んでました的な場合やら、そんなんじゃ死ねないけどほっといたら餓死か脱水症状で死んでしまうんじゃないかなあ的な場合やらがある。夜詩くんの命は本当にギリギリのところを平然と生きているのだ。案外、大丈夫そうに見えて、あっさり死んでしまいそう。俗にメンヘラ、と呼ばれる類いの叔父ではあるけれど、かまってちゃんがバタバタ死んじゃうような世の中だ。だから僕は母に黙って叔父のもとへちょくちょく向かう。僕を困らせたり怒らせたりするのが大嫌いな夜詩くんは今日も生きている。夜詩くんが勝手に死んでしまったら僕は困るし怒るだろう。それを夜詩くんはよく分かっている。何度か、実際、伝えたこともあるから。

 だから死んでしまうなんて考えてなかった。もっと長く一緒にいられるものだと、僕は思っていた。

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