第62話

 

ぱたぱたという誰かが歩く音が廊下から聞こえる。襖が開いた。


「あ、ヤヨイちゃんおはよー! 昨日はよく寝れた?」


そこにはいつも配信で見る衣装とは違い、少し濃い緑色の服を着たイルカちゃんがいた。


「はい、お陰様で」

「それはよかった! もう今日行けるみたいだから、朝ごはん食べたら行っちゃおっか!」

「わかりました」



朝食を終え、私たちは外に出る。


日本家屋風の豪邸がある自然豊かな敷地内から一歩踏み出せば、ミリ単位で整備された金属の地面と靴が触れ合う。


まるで違う世界を繋いだかのような不思議な感覚に、心底驚愕すると共にその技術力に感心する。


視界を上に向ければ、リニアモーターカーのガイドウェイが浮いている。さらに上、遠くの青空で誰かが高速で飛んでいる。


私達アンドロイドが生まれた星とは違い、ただ増設していくだけではなく必要最低限で組まれたそれには美しさを感じる。


「ヤヨイちゃんはタクシー使ったことある?」


唐突な質問を少し疑問に思いつつも、私は落ち着いて答える。


「タクシーですか? いえ、ありません。それがどうかされたのですか?」

「んー、今日行く場所にはタクシーでいこうかなって。ほら、テレポートだと途中の景色見れないでしょ?」


確かに、と思う。何処に行くのかは分かりませんが、途中の景色を楽しむのも一興でしょう。


「それでタクシーですか。わざわざありがとうございます」

「どういたしまして!」


隣を歩くイルカさんの笑顔が眩しい。その笑顔に魅力を感じる人たちは多いのだろう。いや、事実多い。かくいう私もそのひとりですから。


「えー…っと……」


イルカさんが拡張空間からいつも配信で使うカメラ─どう見てもノートパソコン─を取り出し、何か操作をする。


「今から配信をするんですか?」


首を傾げる。


「ううん、違うよ。今タクシー呼んでるんだ〜。…あと30秒で来るって!」


カメラの画面を見ながらそう言う。


やけに早いと思うが、ここではそういうものなのだろうか。


「ふわぁ……」


イルカさんが大きな欠伸をする。現在の時刻は約8時。決して早くはないですが、イルカさんは朝が弱いのでしょうか?


─フォーン……


「あ、来た」


正面の道路の左側からすごいスピードでタクシー…と思われるものが来た。


タイヤは無く、地面から数十センチ程浮遊している。車体は長さがあり、色は黒。窓は恐らくマジックミラー。


タクシー側面のドアが自動で開き、それが当然のようにイルカさんは乗り込む。


「その……」

「? どうしたの? …あ、勝手に乗っていいやつだよこれ」

「そ、そうなんですか」


傷を付けてしまわないように慎重に乗る。外から見るよりも車内は広く感じる。


どこに座ればいいのかと思ってたら、顔に出ていたのだろう。


「外の景色を見やすいのはここかな!」


一番後ろの席に並んで座る。


「イルカさん、その……」

「スイッチオーン!」


何かを操作した途端、座っている椅子以外が消えていく。……いえ、透明になっているだけですね。触れますし。


「これなら景色はバッチリだし、外からは見えないからね!」

「これは凄いですね…!」


ミコさんが喜びそうな科学技術です。そういえば、最近はレギオン様と何かやり取りをしているそうですが。


っと、いけませんね。今はここからの景色を楽しむようにしなくては。


「そしたらいつものやるよ!」

「いつもの?」

「それじゃあ、れっつ─」


あぁ、それですか。


「「ごー!」」



─パシャパシャ! パシャパシャ!


高速で流れる景色、連写するヤヨイちゃんの目。


すごい撮るじゃん。ビルとリニアのレールと飛翔台くらいしかないのに。


ま、気に入ってくれたみたいだし良かったよかった!


いやー、それにしてもタクシーなんて久しぶりだな〜。前に乗ったのは22年前だけど、仕様がそこまで変わってなくて安心した。


ホントは配信して、地球から見たら近未来感溢れるフロンティアのことを伝えたいって思ったけど……撮影許可が下りなかったんだよね。ここら辺私有地多いからしょうがないか。


貴族のお嬢様である私は法律ルール違反なんてしないからね。



「着いたよ!」

「ものすごく大きな建物ですね…!」

「でしょ! 竜形態でも入れるように造ったって言ってた!」


ヤヨイちゃんたちのコロニーよりはちょっと小さいけどね。


「潮の香りでしょうか…? こういった場所は初めてです」

「じゃあ、その分楽しめるね! 入り口はこっちだよ!」



「はーい! みんなおはよう! 宇宙のイルカさんだよ!」

「おはようございます。ヤヨイです」

「今日はね! フロンティアに新しく出来た娯楽施設に来てるよ!」

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