第60話
一通り船内を回り終えた。日本時間ではもう深夜の時間帯になっているな。
移動そのものに時間が掛かったらしい。俺はそうは思わなかったんだが、人間の感覚的に一時間は長いと。合わないな。早く動けるのと、早く動いているのは違うということか。
アリスが使っている部屋に戻ってきた。
少し休憩として珈琲…いや、紅茶とお菓子の用意をしようか。そろそろ拡張空間の整理をしないとな。材料を取り出すにも一苦労だ。
チーズケーキとチョコケーキ、どちらにするか。フィーが好きなのはチョコケーキだが、アリスの好みは分からない。この際だ、両方作ってしまうか。
「アリスちゃんの星って、どんな知的生命体がいるの?」
「…エルフとか、人間とかですか?」
「うん」
「えっと、それなら…エルフ・人間・レプタイル・オクトン、です」
聞こえてくるリビングの会話を横目に、キッチンで作業を進める。まずはチョコケーキからにするか。ボウルの中に砕いたチョコとバターを入れ、湯煎。
「レプタイルとオクトンって聞いたことないなぁ。どーゆー感じなの?」
「えっと、たしか写真が……あ、これです。こっちがレプタイルで、こっちがオクトンです」
「おぉー、爬虫類と軟体動物みたいな感じなんだ!」
よし、いい具合に溶けたな。そしたら、砂糖…生クリーム…小麦粉…最後に今溶いた卵。順番に混ぜた。
型は……バリアでいいか。トッピングのチョコも必要か? 拡張空間にまだあったはずだ。
顔を一つ近づけ、火を吹く。バリアの熱伝導率は…少し高めにしておこう。
そうして焼きながら、次はチーズケーキだな。上手く作れるだろうか。
◆
「出来たぞ」
「ケーキだ!」
「え、あ、ケーキ!? えちょ、これ大きすぎません!? ぼくの身長より高いんですけど!?」
というかなんでケーキ? と、皿に乗って運ばれてきた2つの高さ約2メートルのケーキ見てぼくは思う。
片方は黒いチョコレートでコーティングされた、甘い匂いのするケーキ。よく見えないが、上にホワイトチョコのトッピングがしてある。
もう片方は、白くてしっとりとしたチーズケーキ。上側にだけチーズが焼かれて硬くなっている。芳醇な香りが鼻の奥を刺激してくる。
もし配信していたら、映像だけでも飯テロどころの騒ぎじゃないだろう。
今すぐにでも食べたいが、それにしても何故ケーキを? しかもこの深夜に? そう思わずにはいられない。
もしかしてぼくたちが配信で頑張ったご褒─
「いつもこんなだよ?」
違った。多分普段からこれを食べているのだろう。なんだそれは。
「た、食べ切れるんですか?」
「……食べきれないと思うか?」
首を振って否定する。
微塵も思わない。笑顔で完食するイルカさんの姿が容易に想像できる。なんなら既に笑顔だし、目の輝き方が違う。
こういうところを見ると、イルカさんはまだまだ子どもなんだなと実感する。ぼくより少し歳上なはずなんだけど。
「そ、それにしてもエースターさん! ケーキ作るの上手ですね!」
「昔からやってるからな」
「ふたりとも! 早く食べよ! 切り分けるのは私がやるから!」
椅子から立ち上がりながらイルカさんが言う。
どうやって切るのか疑問に思うぼくをよそに、イルカさんは拡張空間から刀を取り出した。
「……あ、それで切るんですか!?」
「? うん」
何かおかしい? とばかりにこちらを見つめてくる。
「消毒はしてあるから安心してね!」
違う、そこじゃない。
いや絶対おかしいと思うんですけど、なんて言うのはちょっとやめておこうかな。エースターさんが止めないってことは、消毒は本当にしてあるんだろうし……。それに今ここではハイドラの常識に合わせた方がいい気がする。
イルカさんが抜刀した。
─キン…!
その虹色の刀身はなんですか?????
あれ、刀ってそういうものでしたっけ? 自分の中の認識が壊れていくような感じがする。ついでに、左前にいるエースターさんも3/7がイルカさんの刀をガン見している。もしかしてエースターさんって7つ意識あったりします?
「とりあえず両方とも6等分でいい?」
「…半分は明日に回す」
「りょーかーい」
「ぼく絶対食べきれないです……」
6等分してもぼくより体積大きいよね? むしろイルカさんはそれだけ食べても……多分、余裕なんだろうけど。
「余ったら貰っていい!?」
「人の分まで食べようとするな」
「えぇー? いーじゃん別に」
「あ、余ったらあげます!」
「ホントに!? ありがとね!」
「…悪いな。アリスに適正なサイズにする。次作るときは」
「い、いえいえ! そ、そこまで気づかってもらわなくても…!」
恐れ多くてとてもとても。
「とりゃー」
ってもう切ってるし!
でもそれはそれとして、ちゃんと両方とも6等分されているのはすごいと思う。風を切る音すらしないのはお見事としか言いようがない。
エースターさんが無言で拡張空間から取り皿と、ナイフとフォークを渡してくる。…取り皿というか大皿では?
「ありがとうございます」
感謝は伝えておく。それが礼儀。
「どれにする〜? 私ここが欲しい!」
「…先に選んでいいぞ」
「な、なら…これがいいです」
「そうか」
イルカさんとぼくはチョコケーキを、どうやらエースターさんはチーズケーキを選んだらしい。直後それらが浮き上がってそれぞれの取り皿の上に移動した。
一瞬驚いたが、エースターさんがサイコキネシスで運んでくれたみたいだ。これで魔術じゃないってすごいなぁ。
「それじゃあ、いただきまーす!」
「いただきます」
「い、いただきます」
ナイフで側面を四角く切り取って口に運ぶ。
「……おいしいです!」
「おいしー!」
「それは良かった。こっちも……うん。
チョコの味がしっかりとするが、しつこくない。口の中の水分が無くなるような感覚もない。まぁ、カロリーが高そうな気はするけど……。それを度外視すればいつまでも食べていたくなる。
チョココーティングされてないところでこれだと、されているところを食べたときの期待が一層高まる。
取り皿の向きを変えて、外周の部分を切り取る。少しの抵抗を感じながらも、一口サイズに出来た。ぱくっ。
……!!!
「アリスちゃんすごい幸せそうだね」
「作り手冥利に尽きるな」
マジ神。
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