第38話 恋しさ

 雨が鳴っていた。

 どしゃ降りの轟きの中で、和葉が覆い被さるようにして、かずきに呼びかけていた。


「和希! 和希!」

「かず……は……?」

 泣き出しそうな顔の和葉の背後には、安堵した顔のトゥイクが立っており、視線を横に動かすと心配顔の絵美と累が見えた。


「僕……、どう、しちゃったの……?」

 かずきの言葉に、トゥイクは意外そうな顔を見せた。

「……和希くんはね、ボートから池に落ちたはずなのに、いつの間にか岸に倒れていたのさ。それを絵美ちゃんと累ちゃんが気がついて、今は、ボート乗り場のおっちゃんが人を呼びに行ってくれているよ」

「ず、ずっと……、気を失ってるのに、寝言みたいに『死んじゃおう』とか言ってるから、私、怖くて……」

 目元を拭いながら泣きじゃくる和葉を見て、和希は胸を締め付けられる想いだった。


「ごめん……。和葉。今まで、ずっと……、傷つけて……」

 起き上がろうとすると、和葉が背中を支えて手伝ってくれた。

 その時、気がついた。

 手に、何か持っている。固い、何かを。


 心臓が震えた。

 とくん。

 とくん。

 とくん。

 と弱く震える鼓動が聞こえた。

 強く掴みすぎて手の平が痛いほどで、それでも、離したいとは思えなかったそれは……、


 帆船のラジコン。


 一姫が命を落とした要因。

 和希が過って落とした事故の引き金。

 罪過の証明、そのもの。

 それなのに、一姫は、六年越しに拾い上げてくれた。


『もう、落としちゃ駄目だよ?』


(ああ、そうだ……。落としたのは、ラジコンだけじゃない)

 昨日、かずきは、自ら望んで影を手放した。

 和希の正体。苦痛を、辛さを、自ら放棄した。

 一姫は、それすらも拾って返してくれた。ラジコンを拾おうとしてくれたみたいに。


(ラジコンも、一姫は、僕を想って拾おうとしてくれた……)

 泥だらけのラジコンを胸に抱え込むと、かずきは、一姫の最期の微笑みを思い出した。

(そっか……。もう、一姫には会えないんだ……。二度と、あの顔は、見られない……)


 恋しい。

 会いたい。

 もう一度だけでもいいから、会いたい。

 とても、悲しかった。


「あっ……」

 ――悲しみが、瞳から流れた。

 顔を流れる雨の川に混じって、温かい涙を感じた。


 六年という長い歳月を経て、和希はようやく、妹の、一姫の死を受け入れた。

 それは怒濤たる悲しみを生み出し、一気に、和希の胸から溢れ出した。


「一姫……、一姫……。ごめん、ごめんね……。会いたいよ……、一姫、一姫……!」

 いつしか雨は小降りとなり、雲は少しずつ身を分け、その隙間から陽が差し込んだ。

 陽に照らされた和希の背後には、黒く、ぼやけた影が伸びていた。

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