第29話 やっちゃった
「……和葉? どうしたの?」
無神経な和希の声が、神経を逆なでする。
和希は、女性ではない。ただ、一姫という妹を演じているだけの、一人の男性だ。
そして、一姫として社会の中で生きている。
女性の一姫としての服装を身に纏い、一姫として学校に通い、一姫として教師や友達と接している。
和希は、一姫を演じることで、多くの人を騙している。
そうと気づかず、他人を傷つけてさえもいる。
和希を同性と認識して好きになった人や、一姫どころか亡くなっていないはずの和希すらも失う羽目になったアイティや和葉、和希を取り戻そうと足繁く姉の家に通って地道な対話を続けるトゥイク、何年も和希のためにカウンセリングを続けている担当医……、たくさん、傷つけている。
(それなのに、吹っ切れている? 和希お兄ちゃんが亡くなった? ふざけてる……)
精神的苦痛が電流のように体を走り、痺れとも痒みともつかない微かな痛みが皮膚の下で起こった。その痛みは、ストレスに対する体の拒否反応だった。
「和葉ちゃん、大丈夫……?」
絵美が和葉の肩を触って、気遣うように顔を覗き込んできた。
(絵美さんも、累さんも、騙されている。累さんに至っては、三年もの間……)
「ごめんね、和葉」
和希が都合の良い妄想を吐き出しそうな気配を漂わせた。
「和葉は、まだ和希兄さんのこと、忘れられないんだね」
体が内側からひっくり返りそうな怒りに見舞われた。
目の中でチカチカと点滅するものがあった。
「和葉ちゃん……、本当に、ごめんなさい。辛いことを思い出させたわ……」
「口では吹っ切れた、なんて言ってもよ……、忘れられはしねえだろ」
絵美と累の騙された気遣いの声が契機となり、和葉の感情の防波堤は決壊した。
木製の四つ足テーブルを両手で思い切り叩き、和葉は立ち上がった。皿とコップが抗議を立てるように騒がしく音を立てた。
「……和希、立って」
「……え?」
「いいから、立つ」
基本、和希は和葉のお願いを断らない。妹への依存性も然る事ながら、普段、和葉が我が儘を言わないことも理由の一つだった。
「絶対に、何をされても、抵抗しないで」
「わ、分かったよ……。でも、何を……」
和希が余計なことを聞いてくる前に、和葉は、絵美と累に向かって口を開いた。
「よく、見ていてください」
和葉はしゃがみ込んで、和希のガウチョパンツのベルトを外した。
「え?」
果たして誰の声だったかは定かではないが、和葉はしゃがんだまま和希の背後に回り込んだ。
「これが……」
そして、和希のガウチョパンツを、
「和希の正体です!」
パンティごと引きずり下ろした。
沖縄の民話『
しかし、そこに女性の花弁は存在しない。青い花芯も存在しない。女性の花弁の代わりにあるのは、脱皮を忘れて項垂れる小っちゃな一匹の蛇。あるいは、赤ちゃんゾウ。
パオーン。とは鳴かなかったが、代わりに別のところからは悲鳴が上がった。
「き、きゃああああああああぁぁぁぁ――――――――ッッ‼‼」
と絵美からは絶叫が、
「うおおおおおおおおぉぉぉぉ――――――――ッッ‼⁉」
と累からは困惑の雄叫びが、
「なんで脱がすのォォ――――――――ッッ‼⁉」
と和希からは疑問の声が挙がった。
三者三様の戸惑いを聞いた和葉は、逆に冷静さを取り戻し、頭を抱えそうになった。
(ああ……、やっちゃった……)
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