第23話 寄神信仰
「あれ? 和希くん、随分遅かったじゃん。夕飯は?」
我が家のごとくリビングで寛ぐトゥイクを見て、ようやく現実に戻ってきたような気分になった。
結局、松さんの幽霊の件は、何を意味するのか分からなかったため、累が松さんの遺品から何か手掛かりがないか探すことにして、お開きになった。
「……今日、出前でいい?」
帰宅時間がいつもよりも遅く、スーパーにも寄ってこなかったので、一姫はそう提案した。
「おっ。いいねえ。寿司にしようぜ。叔父さん奢っちゃう」
トゥイクがスマートフォンを取りだして、出前の注文を始めたところで、リビングの扉が開かれた。
「あ、和希、帰ってきてたんだ」
空手道場が休みだった和葉は、先にうちに帰ってきていたようだった。
「今日は寿司だぜ、寿司!」
トゥイクがはしゃいだように言った。
「へえ。珍しいじゃん。ところで、和希どうしたの? なんか疲れてるみたいだけど」
以前、感情が顔に出やすいと累に指摘されたが、やはりそうなのだろう。
一瞥して見抜かれてしまった。
「まあ、色々あってね」
そういえばと、トゥイクに聞きたいことがあったのだと一姫は思い出した。
「ねえ、トゥイク、『玉浜』って知ってるでしょ?」
「ああ、もちろん。町内唯一の浜辺だからね」
トゥイクは出前の注文を終えたのか、スマートフォンをパンツのポケットに仕舞いながら答えた。
「あそこって……、えっと……、なんか、幽霊が出るとかって噂ある?」
「なんだい、なんだい。また出くわしたのかい? 絵美ちゃんの件といい、ちょっと出くわしすぎじゃないの?」
「バカらしい。幽霊なんているわけないじゃん」
和葉は興味がないのか、コップにオレンジジュースを注ぐと、さっさとリビングを出て行ってしまった。
「まっ。あれが普通の反応だよね」
トゥイクはお構いなしに、一姫の質問に答えていった。
「『玉浜』は潮流の影響でゴミが溜まりやすいらしいけど、ゴミというかは、漂着物を神だとする寄神信仰は、全国的に見られる信仰だね」
「漂着物って、たとえばどんな?」
「流木とか石とかが多いね。こうした寄物は海の贈り物として祀られることがあって、民話の中にも、網にかかった木を鋸で切ろうとしたけど、三度も跳ね返したことから『リュウジンサマ』として祀ったって話もある。あの七福神のえびす様も、寄神だとする民俗信仰があるくらいだよ」
「あくまでも、漂着物は神さまなんだね」
「いや、『玉浜』に限っていえばそうともいえないね」
トゥイクはリビングの椅子を引っ張り出して、そこに座って話を続けた。
「俺が個人的に調べた限りでは、『玉浜』の『玉』は『魂』を意味していて、漂着物に籠もった想いが亡霊化や怪奇現象を引き起こしやすいという由来があると、昔の文献に記されていたよ」
「漂着物に籠もった想い……」
そこで、一姫のスマートフォンがブルブルと震えだした。
「あ、ごめん、トゥイク。ちょっと電話出るね」
トゥイクは、どうぞどうぞと言わんばかりに、手の平を見せた。
「もしもし、累?」
『一姫。さっきの松ねぇの件で、ちょっと気になることがあってな』
「なにか見つけたの?」
『ああ。松ねぇの日記に、なんで『玉浜』にゴミが流れやすいのか潮流の影響を調査した記述があってな。どうもあの浜は、潮流の影響で物が流れ着くことはあっても、出て行くことはないらしい。それで、ゴミが溜まるんだとさ』
「へえ、そうなんだ。でも、それが松さんの幽霊とどう関係があるの?」
『急かすなよ。本題はここからだ。どうも松ねぇは、護にぃへのサプライズプレゼントとして、小瓶に入れたプレゼントを『玉浜』まで流そうと計画していたらしい』
「あっ。それで、潮流の調査を?」
『らしいな。それで、誕生日当日の朝に、ゴミ拾いって名目で護にぃと『玉浜』に行って、それを拾わせる計画だったらしい。折しも、その計画の決行日が……、松ねぇが事故にあった日なんだ』
「……じゃあ、松さんの心残りって……」
『この誕生日プレゼントかもしれねえなあ』
「……」
しかし、その小瓶に入った誕生日プレゼントは、既にボランティアの人にゴミとして回収されてしまっているだろう。
松さんの心残りがそれだったとしても、どうすることもできない。
「あれ? でも、ならどうして松さんの幽霊は、どこかを指し示すように腕を上げたんだろう?」
『……たしか、あの先にあるのって、海浜植物園だよな?』
「……あっ!」と一姫は声をあげた。「そういえば、小学生の頃、漂着物アートとかいって、ゴミでアート作品をつくって、そこの植物園に展示するとかって企画なかったっけ?」
『そういやあったな……。え? つーことは……』
「作品として、その小瓶とプレゼントが使われてるかも……」
可能性としてはどれくらいのものだろうか。アートといっても、所詮は小学生の作ったもの。二年も前だと既に、作った小学生に返却されている可能性もある。
『明日、その植物園に電話して行って見るか』
「うん。そうしよう」
『悪りぃな。付き合ってもらって』
「友達、でしょ?」
『はははっ! そうだな!』
そう言って、一姫たちは電話を切った。
「よく分からないけど」とトゥイクが間を見計らって言った。「どうやら、解決しそうで何よりだ」
「トゥイクもありがと」
「何、構わないさ。それこそ、家族だろ?」
トゥイクが笑ってそう言うと、丁度、出前の配達を知らせる呼び鈴が鳴った。
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