第17話 恋愛運

「絵美の恋愛運は……、星三つだね」

「……『運命の相手とはもう出会っている! でも、それに気づくにはもう少し先かも』」


 放課後、一姫と絵美は、ティーンズファッション雑誌の片隅に載っている、さほどやる気を感じさせない恋愛占いに興じていた。

「一姫はどうなのよ?」

「私はね、星一つ。『自分に嘘を吐かないところから始めよう』だって」

「そうね。まずは胸のパッドを外すところからね」

「……ぱ、パッドなんて付けてないよ?」

 と目を泳がせる一姫。


 一姫の肩を叩いて、絵美は微笑みかけてきた。

「まだまだ、大きくなるわよ」

 一体いつ気づかれたのだろうかと、首を傾げる一姫だった。

「よお、何やってんだよ」

 鞄を肩に引っ提げたEカップ……もとい、累が話しかけてきた。


「恋愛占いだよ。誕生日で占うの。累のも占ってあげるね!」

「いや、私はいいって」

「えっと、累はねえ……すごい! 星五つ!」

「人の話聞かねえな……。で? なんて書いてあんだよ?」

 雑誌に顔を突っ込んだ一姫と絵美は、二人揃って顔を見合わせた。

「……え?」

「嘘……」

「……な、なんだよ……?」

「『既に運命の相手と結ばれています。後はゴールインするだけ。どうぞお幸せに』……」


 沈黙が降り立つと、一姫は静かに雑誌を閉じた。

「累……、結婚式には呼んでね?」

「おい、絵美。この誇大妄想狂をなんとかしろ」

「累の方が付き合い長いんだから、あなたがなんとかしなさいよ」

(累にもういい人がいるなんて知らなかった……。そっか。寂しいけど、友達としてお祝いしてあげなくっちゃ!)

 結婚披露宴のスピーチの内容を考え始めた一姫は二人に引きずられながら、帰宅のために昇降口へ向かった。


「一姫はねえ、一人で突っ走る悪癖があるわね」

「和葉にもよく言われるな、それ。ところで、累の恋人はどんな人? 年上? 私の知っている人? どこで知り合ったの? もしかして外国の人?」

「人の言葉が全然届いてねえ……。和葉も大変だよなあ」


 昇降口を抜けて、学校の門を潜ると、歩道のカードレールに腰掛けた、大学生くらいの男性が目に入った。スマートフォンに目を落としていた彼はこちらに気がつくと、餌を与えられた犬のように笑顔になった。

「まーつー! 久しぶりだね!」

 ガードレールから立ち上がった彼は、威圧を感じるような体躯をしていた。身長は累を越え、二メートルに迫ろうかという勢い。

 全体的に線は細く、膚の色は白いというよりも不健康そうな青白さ。それでいて華奢とは感じさせない体の厚みを持っており、大きな目や、瞳に宿る少年のような無邪気さが相まって、アンバランスな印象を受けた。


「一年ぶりだねえ! そう、俺、護だよ! ずぅっと会いたかったんだよ!」

 護と名乗った彼は、大股でこちらに近づいてくると、累の空いている方の手を取って彼女に笑いかけた。

「……ひ、久しぶり、護にぃ……。い、いつ帰ってきたんだ……?」

「おいおい、まるで累みたいな呼び方じゃないか。いつもみたいに、護、と呼び捨てで呼んでおくれよ」

 累の表情は強ばりながらも、決して嫌がっている様子ではなかった。


「二人は松のお友達かな?」

 護は一姫と絵美を見ると人懐っこい笑みを向けてきた。

「初めまして。安田護って言うんだ。東明大学、外国語学部・二年生。よろしくね。松とは幼馴染なんだよ」

「松……?」

 知らず知らずの内に、疑問が一姫の口から漏れた。

「あれ? 君たち、松の友達なんだよね?」

「いえ、私たちは、累の……」

「あー! ま、護! 話は、家に帰ってからにしようぜ!」

 累は慌てたように絵美の言葉を遮って叫んだ。


「それには及ばないさ。今日は、松にこれを渡しに来たんだ」

 護は累の手にポップな絵が書かれたチケットを渡してきた。

「なんだよ、これ……」

「映画のチケットだよ。ほら、松が好きだった、少年漫画の映画やるだろ? その前売り券を買ってきたんだよ。一年ぶりに会ったんだから、デートしようじゃないか。恋人だろ?」

 護の投下した爆弾発言に、一姫と絵美は顔を見合わせた。


「あ、ああ……、そう、だな……」

「それじゃあ、決まり! 明日は学校休みだろ? 親父にも、空手は休ませるように言っておくから、十時に家まで向かえに行くよ。いいね?」

 累と約束を取り付けた護は、鼻歌を歌いながらスキップして立ち去っていった。

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