第15話 帰る場所
絵美は翌日から一週間、学校を休んだ。
警察による家の調査や取り調べ、遺骨の供養などがあったためである。
優真の死因は窒息死ではないかと言われた。防空待避所の中から蝋燭とマッチが見つかり、蝋燭の何本かは使われた形跡があった。密閉されて酸素が薄くなった穴の中で火を燃やし、酸素欠乏症となって意識を失い、そのまま誰にも気づかれずに亡くなった。
二度とこのような不幸が起こらないように防空待避所は埋められ、区役所からは、残存している防空壕などには入らないように、また見つけた場合は連絡するよう、各地域に対して通達がなされた。
そして、すべきことが全て終わってから、絵美は、急な発熱により動けなくなった。
風邪でもなく、別の何か厄介な病気でもなく、医者からは疲労だろうと言われたそうだ。
「優真くんが亡くなってからの絵美ちゃんの三年間は、本当に辛い時期だったんだろうね。重荷が降りた途端、落差で体が参ってしまうくらいには」
東明大学のカフェテラスで、一姫が一連の顛末を報告すると、トゥイクはそう口にした。
「前に話さなかったっけ? 『限定された富のイメージ』について」
「トゥイクの貧乏性を説明した時の話?」
「うわあ、そこは忘れていいいんだよ?」
トゥイクがなんとも言えない顔をして、気まずそうにコーヒーを飲んだ。
「人生において望ましい事柄は限定された量しかなく、誰かが何かを得ると、誰かが何かを失う。逆もまた然り」
誰かが何かを失えば、誰かが何かを得ることもある。
「つまり、絵美ちゃんは、弟の優真くんが亡くなった補填がお金だと考えたんだろう。父親の会社が成功したのも、家からお金が見つかるようになったのも、本来、優真くんが得るはずだった富が回ってきたからだと。弟の死の責任を背負い、自分を責め続けていた絵美ちゃんにとって、それは随分堪えただろうね」
「……だから、絵美は、お金を手放したかったんだね」
幸福になりたくなかった。弟の死から得たお金なんて、欲しくなかった。
「ゼロ・サム理論が、人生にまで適用されるなんて、俺は信じたくないね。転んだって幸せでいいじゃん。誰かが亡くなって、その時は悲しくても、幸福になっていいのさ。どうせ連中も、天国じゃロック流しながらエアギターしてんだぜ、きっと」
天国の神様や天使がエアギター好きだとは知らなかったが、トゥイクの言う通りなのだろう。
そう思うと、不思議と胸がもやもやとしたが、それを無視して東明大学を後にした。
絵美のお見舞いに行こうと電車に乗って、最寄りの駅で降り、寺院の前を通り過ぎると、すれ違った妙齢の女性二人組の会話が聞こえてきた。
「実はこの前ね、宝くじが当たったのよぉ、十万円!」
「いいわねえ! あら? そういえば、男の子の幽霊が出るようになったって言ってなかったかしら?」
「そうなのよ。座敷童かもしれないわね!」
「羨ましいわぁ。うちにも来てくれないかしら。なんて!」
パリのファッションブランドのバッグを持った彼女たちとすれ違い、一姫はぽつりと呟いた。
「……もしかして、まだ遊び足りないのかな……?」
黄泉の国には門限がないのだろうか。
しかし、遊び疲れたら、きっと帰るのだろう。
ちゃんと、帰る場所は、分かっているはずだから。
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