第9話 仲良くなるって大事

 再び言葉の意味が飲み込めず、一姫と累は顔を見合わせた。

 累は考えるように顎に手を当ててから、おもむろに握り拳を作って腕を前に突き出した。


「私が追い出してやろうか」

 また累が混ぜっ返し始めた。

「何を、言っているの?」

 市原は、河童に土佐弁で道を尋ねられたような、困惑した表情で累を見た。


「こう、正拳突きで」

「累、なんでもかんでも空手で解決しようとしないでよ。あと、神様だから……あれ、妖怪だっけ?」

「脳味噌まで筋肉って、こういう人に使う言葉なのね」

 市原は脱力したようだった。


「脳味噌を筋トレすれば頭良くなんねえかな?」

「それが勉強だと思うな」

「勉強は筋トレだったのか」

 新しい境地に到達した累はさておき、話を前進させることにした。


「座敷童が出るって、子供の姿をした霊……なのかな、そういうのが見えるの?」

「……六歳くらいの男の子で、梁の上とか縁側を歩いていたりしているのよ。三年くらい前から、見えるようになったの」

「それ、座敷童じゃなくて、幽霊じゃねえの? ほんとにいるのかは知らねえけどよ」

「家の盛衰という意味でいうと、丁度その頃からなのよ。お父さんの会社がうまく行き始めたのが」


「たまたまだろ」

「……家の中から、お金が出てくるようにならなければ、私もそう思ったでしょうね」

「なんだ? 畳からにょきにょきっと生えてくるのか? いいなそれ。種が取れたら分けてくれよ。うちの庭に植えるから」

「累、そんな話、あるわけないでしょ」

「冗談に決まってんだろ。本気にすんなよ」

「……似たようなものかも、しれないわね」


 また呆れた顔をするかと思ったが、市原は真剣な表情でいながらも、まるで恥を晒すような気まずさを醸し出した。

「新聞の間、タンスの服の中、座布団の下、筆箱の中、教科書の間……、そういうところから、お金が見つかるの。小銭の時もあれば千円札の時もあるし、一万円札の時もある。誰もそんなところに置いた覚えもないのに、誰かのへそくりみたいに、見つかるの。それが、三年前からずっとなのよ」

「もしかして、昨日のお金も?」

「そうよ。ファイルの間に挟まっていたの。プリントを教室に忘れたかもしれないと思ってファイルを開いたら入ってて、それで、風に飛ばされて……」


「いや、待てよ。ほんとの話か? 座敷童だか、幽霊だか知らねえけどよ、そんなんが見えるようになったら家が金のなる木なりました、なんて信じられねえだろ」

「……信じなくていいわ」と市原は寂しそうに言った。「私は聞かれたから事実を話しただけで、信じて欲しい訳ではないから。この話を面白おかしく吹聴しないでくれれば、それでいいわ」


「いじけるなよ。そういう態度取って気が引けるのは男だけだぞ」

「あら、自分が男だって自覚があったのね」

「よーし。喧嘩だな。サンドバッグになる覚悟だけしとけ」

「え? 市原さんって累に気があるの?」

 一姫がそう言うと、市原が苦い顔をした。


「ほうー。確かに、私を男だと意識して言ったなら、そういう意味になるよな」

「墓穴掘った……」と市原は顔を赤くした。

「ん? ちょっと待て、一姫、てめえまで私を男扱いしやがったな」

「こ、言葉の綾だよ。累がかわいい女の子だってのは、ちゃんと知ってるよ」

「そうかそうか。分かってんじゃねえか。私はかわいい女だ! はっはっは!」

「一般的なかわいい女の子は、そんな男勝りな笑い方はしないと思うわよ」

 中学の時、『男子よりかっこいいから』という理由で累に密かに憧れていた女の子が数人いたことは、本人には伝えないでおこう。


「とりあえず、市原さんのことはトゥイク……叔父さんに相談してみよっかな」

「叔父……?」と市原は怪訝な顔をした。「遠野さんの叔父さんって、お寺の人か何かなの?」

「ううん。東明大学の文化人類学の講師で、民話とか妖怪にも詳しかったはずだから。前に妖怪に行き会ったことがあるって言ってたし」

「うさんくせえ……」

 累と市原が揃って、信用ならないという顔をした。


「なんて言ったかな、たしか……、べとべとさんって妖怪だよ」

「粘着質なメンヘラ女の妖怪か?」

「それは現実にいる人間の女よ」

「現実の女は妖怪なのか……。ん? 私たちも妖怪か?」

「話の続きなんだけどね」

 現実と幽界の境界が崩れ始めたところで、一姫が軌道修正に入った。

「べとべとさんは夜道を歩く人の後ろを着いてくる妖怪だよ」

「……それだかけか?」

「うん。それだけ。『べとべとさん、お先にお越し』っていうと離れて行くの。姿も見えないで足音だけするらしいよ」

「叔父さんの勘違いで決まりだな」


 断定した累を一姫は責められなかった。話を聞いた時は一姫も和葉も冗談だと思ったから。

「だけど、叔父さん以外、頼れる人いないし」

「別にいいわよ……」と市原が目の前を手で払った。

「よかった。なら放課後、叔父さんに話を聞きに行くってことで」

「違うわ。そっちの『いい』じゃなくて、わざわざそこまでしてもらう必要はないってこと」

「どうして?」

「迷惑でしょ? 私にとっても、あなたたちにとっても」


 市原が一姫たちを遠ざけるように言うと、一姫は少し寂しくなった。

「かわいくねー!」と累は叫んだ。「いや、かわいいのか? めんどくせえ女が一番かわいいって安田先生言ってたっけな。じゃあ、かわいいやつだ、てめえ!」

「あなたが一番面倒くさいわ」

「累、かわいいってさ」

「ほんとポジティブだな、おめえ!」

(二人が仲良くなってよかったな。もう友達だよね、これ)

 二人のやり取りをニコニコと笑顔で見守りながら、一姫は思った。


「じゃあ、改めて、友達になった記念に叔父さんに会いに行こう」

「全然『じゃあ』じゃねえよ」

「あと、友達になったことと、遠野さんの叔父さんに会いに行くことに、因果関係はないわ」

「家族に友達を紹介するんだよ」

「結婚の挨拶かよ……。つーか、市原は友達か? こいつが友達でいいのか? 結構むかつくぞ、こいつ」

「あなたは、うっとうしいわよね」


「むかつく。ちょーむかつく。おっぱいもぐそ! この野郎!」

「品性のない女子高生……。ああ、男子高校生だっけ? だからね」

「よし、もぐ! ……いや、もぐほどねえな。私の半分やるか!」

「いらないわよ!」と市原は語尾を強くして言った。「それにどうせ、あなたは胸も筋肉なんでしょ? いいわよね、垂れないからブラの必要もなくて。自立するおっぱいなんてすごく楽。でも、筋肉から母乳って出るのかしら? 赤ちゃんができたら大変ね」

「筋肉なわけあるか! もっちりどっしりEカップだっつーの! 大体、ブラしなくていいのはてめえも同じだろ。ブラするほどねえだろうが!」

「うっさい、筋肉馬鹿! 着物が似合うように、わざと調整してんのよ!」

「随分と器用な体してんじゃねえか。妖怪かてめえ!」

「筋肉妖怪に言われたくないわよ!」

「うるせえ! 貧乳着物妖怪!」


 一姫はそんな二人のやり取りを見ながらニコニコと笑っていた。

「いいなあ、二人は仲良くて」

「どこがだ!」

「どこがよ!」


 その後、二人の仲が更に深まったところを見計らって再度同じ提案をしてみると、市原は疲れた様子で受け入れてくれた。

(うんうん。やっぱり、仲良くなるって大事だな)

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