その怒りは誰のためか

三鹿ショート

その怒りは誰のためか

 事実を述べれば、私は優れている。

 頭脳明晰であり、誰もが見惚れる見目であり、運動能力は他の追随を許さない。

 立ち上げた会社を他者に譲ることで、無為に過ごしたとしても金銭を得ることができるような状況を作り出したために、今では己の好むように生活をしていた。

 そんなとき、私は一人の女性と知り合った。

 女性は私がそれほどの能力を有しているとは想像もしていなかったらしく、事実を知った際には、私を逃さないためにあらゆる努力を開始した。

 その様子は滑稽以外の何物でも無かったが、私は女性を受け入れることにした。

 何故なら、女性の肉体には新たな生命が宿っていたからだ。

 女性の情報も刻み込まれているために、完全なる私の分身というわけではないのだが、新たなる生命が私の一部分であるということに変わりはない。

 私の優れた遺伝子が受け継がれ続けるということは、私もまた生き続けるということであるために、私は子どもを愛することに決めた。


***


 誕生した娘には、愛情を注いだ。

 望むものを与え、望んでいないものも与えていき、どれほどの我が儘も聞き入れようと考えていた。

 だが、私の娘であるにも関わらず、彼女が我が儘を口にすることは無かった。

 生活をする上で必要な最低限のものだけを求め、その生活態度は、一般的な人間と遜色がなかった。

 同時に、彼女の外見は異性の目を引くような美しさだったが、それ以外の能力は平凡だった。

 優れた家庭教師を雇ったとしても、彼女に大きな変化は見られなかった。

 私とのあまりの差異に、本当に私の娘なのかと疑ってしまう。

 しかし、然るべき検査をした結果、彼女が私の娘であることに間違いは無いようだった。

 偶然によって得られた子どもを優先するのではなく、その母親となる人間もまた厳選する必要があったのかもしれない。

 それ以来、私は彼女に対する興味を失った。

 全てを妻や手伝いに任せ、私は再び自身の世界で生きることを決めた。


***


 私の部屋を訪れた手伝いは、血相を変えた様子だった。

 何事かと問うたところ、私の娘である彼女が、暴漢に襲われたということだった。

 娘を愛する父親ならば、そこで動ずるべきなのだろう。

 だが、私が特段の感情を抱くことはなかった。

 天気の話を聞かされたかのような感覚であり、それ以上何をするべきか、想像することができなかった。

 手伝いから病院へ向かうべきだと告げられたために、他に予定が無かった私は、その言葉に従うことにした。


***


 彼女は、変わり果てていた。

 どれほど殴られたのかは不明だが、原形が不明なほどに顔面が膨れ上がり、医師の話によれば、身体の穴という穴から精液が検出されたとのことだった。

 かつて屈託の無い笑顔を浮かべていた娘の姿は無く、其処に存在していたのは、役目を終了した使い捨ての道具のようだった。

 彼女が暴漢に襲われたと聞かされた際には、何の感情も抱くことはなかったが、傷だらけと化した娘の姿を実際に目にしたところ、胸の奥で何かが燃えたような気がした。

 頭痛を覚え、呼吸が荒くなり、眼前の彼女から目を離すことが出来ない。

 握りしめた拳の間から血液が滴っていると医師に指摘されるまで、私は己の行為に気が付いていなかった。

 これが怒りなのだと、私はこのとき初めて知った。

 しかし、誰に、何に対する怒りなのだろうか。

 愛する娘を傷つけた人間に対するものなのだろうか。

 だが、かつては娘を愛していたが、ここ数年は顔を見ることがないほどに、興味を失っていたはずである。

 もしくは、自身の一部分である娘を傷つけたということは、自分もまた傷つけられたということに対する怒りなのだろうか。

 どちらといえば、私が怒りを抱いた理由は、後者なのだろう。

 つまり、私には報復する権利が生じているということになるのだ。

 私は医師と手伝いに後事を任せ、私と彼女を傷つけた人間たちを探すことにした。


***


 金銭を使って多くの人間を雇った結果、即座に犯人を発見することができた。

 手足を拘束された男性たちは、無実であることを主張していたが、娘を襲っていた際の映像や、娘から検出された精液が彼らのものと一致したということなどを伝えると、途端に謝罪の言葉を吐き続けた。

 然るべき機関に出頭すると告げていたが、それでは困る。

 苦痛を受けたのは我々であり、我々のみが彼らを裁く権利を有しているのだ。

 私は手伝いに用意させたあらゆる刃物を使用していった。

 途中で彼らの生命活動は終了したようだが、私が手を止めることはなかった。


***


 退院した娘に対して、自身を苦しめた人間たちの死体を見せた。

 細切れと化した肉体と、体内から取り出した臓器と首が整然と並んでいる様子を見て、手伝いは嘔吐した。

 それは普通の人間の反応であるために、彼女も同様だろうと考えていた。

 しかし、彼女は叫び声を出しながら、並んでいる臓器を踏み潰し、壁に向かって投擲していった。

 呼吸を荒くしながら死体をさらに損壊させていくその姿を見て、彼女がやはり自分の娘なのだと悟った。

 私は、再び娘を愛することに決めた。

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