48 ホワイト・クリスマス

 また月日は流れ、クリスマス・イブの昼。俺は奈緒と繁華街を歩いていた。


「ねえねえ純くん、わたしケーキ食べたい」

「いいよ。どこか入ろうか」


 適当に見つけたお洒落なカフェに俺たちは入った。ブッシュドノエルを二人で食べた。


「あーあ、わたしも呼んで欲しかったなぁ」

「代わりにこうして昼に二人で会ってるじゃねぇか」

「やだ。夜が良かった」


 むくれる奈緒。俺は彼女の頭をポンポンと撫でた。彼女には悪いが、今晩の集まりは特別なのだ。

 奈緒と別れた俺は、雅紀の家に行った。もう他のメンバーは揃っていて、ダイニングテーブルの上には、大きな白いクリスマスケーキが置かれていた。香織が叫んだ。


「もう、純ったら遅いー! ボク、クリーム舐めちゃったよ?」

「おいおい」


 五人が集まるために、雅紀は折り畳み椅子を用意してくれていた。俺はそこに腰かけた。楓が言った。


「で? あの女とのデートとはどうだった?」

「別に、普通だよ普通」


 千晴がじっとクリスマスケーキを見つめながら言った。


「純も来ましたし、もう食べてもいいですか? 待ちきれません」


 本日二回目のケーキだ。俺は量を少なくしてもらった。そして、シャンパンで乾杯した。香織が音頭を取った。


「メリークリスマス!」


 楓が香織に聞いた。


「でも、良かったの? 折角のイブなのに」

「クリスマスはお祭りでしょう?

みんなで集まるのも楽しいよ!」


 本当にそう思っているのだろう。香織は屈託の無い笑顔を浮かべた。雅紀が香織の頭を撫でて言った。


「まあ、後でプレゼントも渡すから」

「さすがボクのサンタさん! えへへっ、ボクのプレゼントも期待しててよね?」


 夜の八時になり、香織と雅紀を残して俺たち三人はショットバーへ向かった。楓が言った。


「なんか、千晴がこっちに座ってるの変な感じだね?」

「はい。僕も新鮮です」


 本日のチャームは、生チョコレートだった。甘いものが続く。俺はアードベッグを注文した。マスターは忙しく手を動かしていた。


「済みませんね、川上さん」

「いいよ、千晴くん。来年は、こっちに立ってもらうけどね?」


 千晴は完全にバーテンダーを目指すことに決めたようだった。両親にもそれを話していて、初めは反対されたが、何とか説得できたのだという。


「こうしてのんびりイブを過ごせるのは、今年が最後かもしれませんね」


 そう言って千晴はカウンターに肘をついた。そして、穏やかに笑顔を浮かべ、タバコを吸った。

 店を出た俺たちは、当然楓の家に向かった。楓が意地悪くひひっと笑った。


「去年の今ごろは、あんたらラブホに居たんだよね?」

「もう! その話やめろって!」

「なぜです? ちょっとイチャイチャしただけじゃないですか」

「あーもうそういうこと言うなって!」


 性懲りもなく、俺たちは缶ビールをぶつけた。お腹がいっぱいなのでつまみは無しだ。ふと、楓がこんな話を始めた。


「純さ、あのタバコが似合うオッサンになりたいって、初めて話したとき言ってたよね」

「うん、言ってた」

「まさか、この三人で同じタバコ吸うようになるだなんて、あの頃は思ってもみなかったよ」

「本当ですね」


 そんな話をしたら、吸いたくなる。俺たちはベランダに出た。夜風はゆるやかで、ちらほらと白いものが降り始めていた。楓は天を見上げて言った。


「うわぁ……ホワイト・クリスマスだね」


 俺は思い出した。父親が死んだ日も、雪が降っていたのだ。俺はそれを言った。二人は黙り込んだ。タバコを吸い終え、部屋に戻り、口火を切ったのは俺だった。


「なあ、楓、千晴。こうして一緒に過ごしてくれてありがとう。改めて礼を言うよ」


 楓も千晴も、ふんわりと微笑んだ。俺は言った。


「本当に、あのタバコが似合うオッサンになったらさ。俺も、父さんのことが理解できるかな?」

「そうかもしれませんね」

「あたしも、母親と同じ年齢になったらどうなるだろうってよく思うよ」


 今ごろ、母親はまたワインを開けているのだろう。今日友達と過ごすと言った時、彼女は快く送り出してくれた。泣いてはいるのかもしれないが、もう俺にはすがらない。きっと、明日帰ったら、笑顔で出迎えてくれるだろう。千晴が言った。


「この前は、ずっと大学生で居たいと話しましたけど、オッサンになるのも楽しみですね?」

「そうしたらあたしはオバサンか」

「俺たち、一体何歳までこうして酒飲むんだろうな?」


 楓が歯を見せて笑った。


「死ぬまででしょ」


 それから俺たちは、もっと大人になったときのことを話し始めた。千晴が自分の店を持ったら、真っ先に俺と楓が客になろうと約束した。

 夜が白み始めるまで、俺たちは語り続けた。将来の話は尽きなかった。タバコを吸いにベランダに出ると、すっかり雪が積もっていた。楓がはしゃいだ。


「綺麗!」


 それから俺たちは、床に寝転び、手を繋いだ。心地の良い眠りが訪れた。外は寒かったが、俺たちには互いの温もりがあった。

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