44 ずっと前から

 一度自宅に帰ってシャワーを浴び、俺はバイトに向かった。この日はなぜかお客さんが多く、龍介さんに昨日のことを話せたのは昼過ぎになってからだった。


「やっぱり告白されました」

「ほら、言ったろ?」


 俺は龍介さんに、やっぱりあの三人がいいということを話した。


「君たちは特別な絆で結ばれてるからね。ちょっとやそっとじゃ崩せないでしょ」

「はい。桃園の誓いまでしましたから」

「ギャハハ! 死ぬとき一緒じゃねぇか!」


 次のゼミの日、俺は予め奈緒に連絡をしていた。ゼミの後、二人で話したいと。ゼミの間は至って普通通りに過ごした。それから俺は、あのナポリタンの店に奈緒を連れていった。ここなら人目が無いと思ったのだ。


「それで? 純くん、話って?」


 俺は奈緒の丸い瞳を見つめた。


「俺さ、やっぱり奈緒とは付き合えない。いくら待たれても、この想いは変わらないと思う。ごめんな?」


 そうして俺は、楓の病気や自死遺族であることは伏せながら、特別な間柄の三人なのだということをかいつまんで話した。


「俺は、楓も千晴も失いたくない。だから、本当にごめん」


 奈緒はため息をつくと、こう言った。


「あーあ、わたしも男見る目無いなぁ」

「うん。そういうこと」

「純くん目当てに寺本教授のゼミ入ったのになぁ」

「へっ?」


 ここから、奈緒の暴露が始まった。彼女は一年生のときから、俺のことを知っていたらしい。友達伝いで俺の入るゼミを突き止め、入ったのだとか。


「マジかよ」


 気が付かない内に、俺は一人の女の子の運命を狂わせてしまっていたようだ。奈緒は言った。


「本当は、グループライン作ろうだなんて言える柄じゃないんだよ? わたしはただ、純くんの連絡先を知りたかっただけ」

「すまん、ぶっちゃけ重いわ」

「あはは、そうでしょ?」


 こちらが奈緒の本性なのだろうか。彼女はベラベラと喋り始めた。


「ずっと前から、遠くから見ていて、カッコいいなぁって思ってた。遊んでるっぽいこともわかってた。なんかさー、こんな話聞いたら、余計に好きになっちゃった」

「おいおい」


 きっちり断るはずが、泥沼化してないか? 俺はとりあえずタバコを吸った。奈緒は言った。


「ねえ、それ一本ちょうだいよ」

「ええ……」


 俺は奈緒にタバコをくわえさせた。火がなかなかつかなかった。俺は言った。


「息、吸い込んで」


 案の定、奈緒はむせた。


「けほっ……」

「ほら、無理するから」


 それでも奈緒は一本吸い切った。根性のある女だ。どうしよう、彼女のことがますます知りたくなってきた。水を一杯飲んで、彼女は言った。


「わたしのこと、遊びでもいいよ。抱いてよ」

「いや、それは……」


 机に置いていた俺の手に、奈緒は自分の手を重ねてきた。


「だって、三年目の片思いだよ? この際キープでもいいです」

「マジで言ってる?」


 結果として、俺は奈緒の家でセックスをした。彼女は処女だった。血まみれになったシーツを前に、俺は自分のふがいなさを悔いた。


「いいのいいの、どうせそろそろ洗おうかと思ってたし」


 奈緒はいたってあっけらかんとしていた。そして、タバコをせがんだ。俺たちはベランダで喫煙した。


「あー、やっぱりキツいわこれ」

「だから無理して吸うなって」


 楓と千晴に何と言えばいいんだろう。隠したところで、バレたときのことがこわい。うん、これはまた、バーで正直に話そう。

 奈緒はパスタを作ってくれた。それを食べながら、彼女の話を聞いた。三姉妹の末っ子で、小さい頃から欲しいものは手に入れないと気が済まないタイプだったと自分で笑っていた。


「今度は純くんの話、してよ。一人っ子でしょう?」

「えっ、それ話したっけ」

「ううん、情報収集した」

「こわいなぁおい」


 俺は父親が死んでいるということを話した。死因についてはぼかした。母親とは仲が良く、千晴のバーで一緒に飲んだこともあると話した。


「わたし、またあのバー行きたいな。連れていってよ」

「いいけど、千晴の居ないときな?」


 抱いてしまった情なのか、俺は奈緒のことを突き放せなくなってしまった。パスタも美味かった。正直、またやりたい。奈緒はソファで俺にくっついてきた。


「ふふっ、気持ちいいー」


 俺は奈緒の肩に腕を回した。酒が飲みたくなってきた。


「奈緒、お酒ある?」

「ビールならあるよ」


 二人で缶ビールを開けた。奈緒はまた、自分の話を始めた。


「わたし、けっこうモテるんだよ? 中学生のときから、何人もの男の子に告白されてた。でも、ピンとこなくて全員断ってた」

「そっか」

「純くんを初めて見たとき、運命の人だ! って思ったの。だからずっと追いかけてた」

「お、おう」


 これ以上話を聞くのがこわくて、俺は話を変えた。


「で、バイト先ってどの店?」

「あっ、ライン送るねー」


 奈緒は雑貨屋の場所を送ってきた。いつか行ってやるか、と思った。彼女は駅まで送ってくれた。電車の中で、俺は楓と千晴にラインを打っていた。

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