42 本気
奈緒が頑張ってくれたお陰で、グループワークは上手くいった。寺本教授にも、うちのグループが一番良かったと褒められた。俺たち四人はハイタッチして喜び合った。
そして、授業終わりに俺は奈緒に呼ばれ、教室に残っていた。話したいことがあるのだという。一体何だろう。
「あのさ、純くん。今週の土曜日、うち来ない? 宅飲みしようよ」
「なんだ、そんなことか。いいぞ。夕方までバイトあるから、それからになるけど」
「やったあ! じゃあ、駅で待ち合わせね?」
新しい友人と宅飲みするのも新鮮でいいだろう。俺は土曜日を待ち遠しく思った。
その日のバイトで、俺は浮かれていたのか、龍介さんに指摘された。
「純くん、何かいいことあった?」
「まあ、これからっすね。新しい友達と今晩宅飲みするんすよ」
「へー、そうなんだ」
「ゼミで知り合った子なんですけどね。パソコンとか得意で、頼りになるんっすよ」
それから俺は、奈緒について龍介さんに話した。うんうんと相槌を打っていた彼だったが、途中で顔をしかめだした。
「待って。純くん、その子女の子?」
「そうっすよ?」
「その子の家に二人っきりになるの?」
「そうなりますね」
龍介さんは、伸びてプリン状態になった髪をかきあげた。
「あのなぁ純くん。楓ちゃんの一件で感覚鈍ってるのか知らねぇけど、普通は女の子の家で二人っきりにはならないぞ?」
「あ……そうなんですかね?」
俺の表情を見て、龍介さんは呆れたようだった。そして言った。
「十中八九、その子純くんに気があるな。でないとそんなことしないよ。純くんはどうなんだ?」
「いやぁ、俺、楓以外の女の子とは考えられませんね」
「だろうと思った」
奈緒が俺に気がある? そんな素振りを彼女は見せただろうか。ただ、普通に接してくれていたように思った。
「純くんにその気がないのなら、変に期待を持たせるようなことはするなよ」
「わかってます」
五時になり、一旦帰って着替えた後、俺は母親に呼び止められた。
「今日は泊まってくるの?」
「ううん、帰るよ」
さすがの俺も、泊まるとなるとまずいことくらいはわかっていた。龍介さんの言葉が気にかかった。本当に奈緒は俺に気があるとでもいうのだろうか。
駅で合流した俺と奈緒は、コンビニに寄って、酒とつまみを買った。彼女の選んだ缶チューハイは、楓も好きなやつだったなと考えながら、俺が会計を持った。
「ようこそ。狭いところだけど」
奈緒の部屋は、白を基調とした女の子らしい部屋だった。ベッドには大きなウサギのぬいぐるみがあり、楓の部屋と違って白いソファがあった。
「全然狭くないじゃん」
「無理矢理ソファ置いたから、圧迫感ない?」
「いや、そうでもないぞ。早速座らせてもらうな?」
俺と奈緒は乾杯した。しばらくは、ゼミや就活の話をした。彼女はマスコミ業界に興味があるらしかった。
「まあ、厳しいと思うけどね。純くんは?」
「んー、業種は決めてない。ただ、将来的に友達と一緒に住みたいから、場所を選ぶつもり」
「友達?」
「ショットバーの千晴」
「ああ、あの綺麗な男の子ね!」
それから俺は、千晴の話をした。本気でバーテンダーを目指すつもりであること。彼の酒がいかに美味いかということ。母親にも紹介しているということ。それを言うと、奈緒はこう聞いてきた。
「……純くんは、男の人が好きなの?」
「いや? 千晴は特別なだけ」
「ふぅん、そっかぁ」
奈緒は自分の髪の毛をくるくるといじりはじめた。俺はというと、そろそろタバコが吸いたくなっていたのだが、彼女の手前、我慢した。彼女は言った。
「ねえ、楓ちゃんって子は?」
「ああ……実はさ。セフレなんだ」
楓のことは全ては話せない。俺は、喫煙所で彼女に声をかけたこと、彼女も男癖が悪いということだけを話した。
「じゃあ、本気じゃないんだね?」
「まあ、そんな感じかな」
俺は濁した。楓に対する想いは本物だ。でも、今ここでそれを打ち明ける気にはならかった。奈緒はじっと俺の瞳を見つめた。
「純くんは、本気の恋愛とか興味ないの?」
「うーん、無いかも。今十分幸せだし」
はあっ、と息を吐き、奈緒はうつむいた。
「ちょっとはわたしのこと、気になってくれてると思ってたのになぁ」
「えっ?」
「わたし、純くんのこと、好きだよ。彼女になりたいって思ってた」
龍介さん、済みません。やっぱり当たってました。二人っきりの部屋で、俺はどう反応してよいものやら迷った。奈緒は続けた。
「でも、純くんにとっては、千晴くんや楓ちゃんの方が大切なんでしょう?」
「それは……否定できない」
俺は目を泳がせた。いつ、奈緒から好意を寄せられていたのだろうか。こういうのに気が付かないから、俺は今まで恋人と続かなかったのだろう。
「今日で純くんのことはよーくわかった。わたしさ、諦めないよ。純くんが本気になってくれるまで、わたし待つから」
その日はそれで奈緒と別れた。帰り道で、俺は頭を抱えた。無性に酒が飲みたかった。
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