41 普通の恋愛
グループワークの発表までは二週間があった。スライドを作るのが、授業の時間だけでは足りず、学内のパソコンルームに俺と奈緒は向かった。他の二人は授業があったのだ。
「いやー、こういうの奈緒が得意で助かるわ」
「えへへ。そうなんだ」
一区切りつき、俺は時間を見た。三時だ。奈緒に言った。
「コーヒーでも飲む?」
「うん、いいね!」
カフェテリアに行くと、香織と雅紀がテーブル席に居た。俺が声をかけると、四人で一緒に話すことになった。香織が言った。
「なんか、純が楓ちゃん以外の女の子と一緒に居るとこ初めて見たかも!」
「あー、確かにな」
俺はこれまで、香織以外の商学部の女子とはあまりつるまなかった。奈緒とも、グループが一緒にならなければ、こうして過ごすこともなかっただろう。雅紀が言った。
「ゼミってどんな感じ? ほら、オレは公務員試験受けるから入ってないんだよな」
それには奈緒が答えた。
「グループワークが中心だよ。教授がけっこう優しくて色々アドバイスくれるの」
しばらくして、奈緒がバイトがあると言い出した。俺は尋ねてみた。
「どこでバイトしてるの?」
「雑貨屋さん。うちの大学の近くだよ。また今度来てみてよ」
「うん、そうする」
奈緒が行ってしまい、残された俺たちは、とりあえず喫煙所に場所を移した。雅紀が言った。
「さっきの子、なかなか可愛かったな」
香織が雅紀の足を踏んづけながら言った。
「ボクとどっちが可愛い? ボクでしょ?」
「はいはい、香織の方が可愛い」
雅紀は呆れながら言った。そして、俺の方に向き直った。
「それで、奈緒ちゃんには彼氏はいないのか?」
「うん、居ないって。勿体ないよなぁ」
「勿体ないのはお前もだぞ、純」
俺は首を傾げた。雅紀はため息をついた。
「お前もそろそろ、楓ちゃんから離れて普通の恋愛しろよ」
香織もけしかけてきた。
「そうそう。ボクたちみたいにさっ」
「普通の恋愛ねぇ……」
ここ数ヶ月、普通でないことばかり体験してきたので、もはや何が普通なのか俺にはわからないでいた。
二人と別れた俺は、図書館に行った。千晴と待ち合わせをしていたのだ。
「何食べたいですか?」
「そうだなぁ。肉食べたい、肉」
「ローストビーフが美味しい店知ってますよ。行きましょうか」
俺と千晴は電車に乗り、繁華街に出た。赤ワインで乾杯し、ローストビーフにかじりついた。
「おおっ、美味い!」
「でしょう?」
ここの店は、バーのマスターに連れて来られたとのことだった。そして、真剣に今後のことを話したのだと。
「僕はやっぱり、バーテンダーになりたいです。厳しい世界だと何度も言われましたけどね」
「俺は応援するよ。いつか自分の店でも持つのか?」
「それもいいかもしれませんね」
俺はじっと千晴の瞳を見つめた。彼はふうっと息を漏らした。
「わかってますよ。泊まりたいんでしょう?」
「ははっ、当たり」
ラブホテルに入り、長いキスをした。こうして男同士で入ることにも慣れてしまった。俺と千晴はベッドに寝転がり、ベタベタとくっつき始めた。俺は言った。
「なあ、千晴は普通の恋愛しないの?」
「はあ、普通の恋愛ですか?」
千晴は自分の髪をかきあげた。
「ここ数年で、女性の醜い部分も色々知ってしまいましたし、僕は結構です」
「そっか。俺が普通の恋愛始めたらどうなる?」
「まあ……少なくとも、こういうことはしちゃダメでしょうね」
俺の髪を千晴は撫でた。俺も彼の髪に触った。最近気付いたのだが、この茶髪は染めているのではなく地毛らしい。
「そっか。ダメか」
「倫理観が麻痺している僕が言うのも何ですが、ダメでしょうね」
「えー、俺、千晴に触れないとか無理」
千晴は起き上がり、テーブルに行ってタバコに火をつけた。俺もそうすることにした。
「別に僕はいいんですよ? 千晴に気になる女性ができたのなら、それで。普通に恋愛して、普通に結婚して下さい」
「冷たいこと言うなよ」
俺は千晴に軽くキスをした。
「もう。そんなに僕がいいんですか?」
「うん。だってお前、綺麗だし」
千晴の顎をさすり、俺は頬に口づけた。
「本当に純って甘えたがりですよね」
「こんなことするのお前にだけだぞ?」
「僕だって、男性は趣味では無いんですからね。純は特別ですよ?」
特別と言われると嬉しくないわけはない。俺はタバコを消し、千晴に抱き付いた。彼は俺の背中越しに、タバコを灰皿に放った。火が消えていなくて、煙が立ち上ったが、俺たちは気にしなかった。
「また、お店に来てくださいね。たくさん練習しているので」
「そういや楓と来てないな。今度誘うよ」
「純。僕のこと、嫌いじゃないですか?」
「うん、嫌いじゃない」
俺は腕に力を込めた。楓と同じくらい、千晴のことも愛おしい。離れたくない。彼を手放さなきゃいけないのなら、普通の恋愛なんか要らない。今はとにかく、彼の体温を全身で感じていたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます