40 嫌いな女

 翌週のゼミで、グループワークをすることになった。丁度二十人いるから、五つに分けると四人組のグループになる。俺は奈緒に声をかけた。


「一緒にやろうよ」

「うん、いいよ。あと二人、どうしようか?」


 俺たちは、既に二人組になっていた男子たちと一緒になった。グループワークは、ビジネスプランの提示だった。

 あれこれ案が出たが、採用されたのは俺のだった。釣り人向けに、エサや仕掛けの現地お届けサービスを提案したのだ。他の男子たちも釣りをするようで、受けが良かった。

 終わってから、俺と奈緒は食堂に行った。俺は唐揚げ丼を、奈緒はハヤシライスを注文した。彼女が言った。


「すんなり決まって良かったね! 純くんの案、凄いよ!」

「ああ、あれさ。実は父親が言ってたんだ。ああいうのあるといいなって」


 俺は頬をかいた。


「お父さんとはよく釣りに行くの?」

「うん、行ってた。高校生くらいのときまでだけどな」

「そうだったんだ」


 食べ終わった後、奈緒は喫煙所に着いてきた。俺がタバコを吸うのを、目を細めて眺めていた。すると、楓がやってきた。


「よう、楓」

「なんだ、純か」


 楓は大学に行けていた。彼女もゼミが始まるので、忙しくなるらしい。とはいえ、必修科目は取り終えたから、気は楽なのだとか。俺に奈緒を紹介しようと思った。


「奈緒、こいつは楓。文学部。楓、こっちは奈緒。同じゼミの子」

「初めまして」


 奈緒が礼儀正しく頭を下げたのに、楓はタバコに火をつけて地面を睨んでいるだけだった。俺は焦った。


「すまん、奈緒。こいつ無愛想でさ」

「あははっ、気にしないよ」


 楓は紫煙を吐き、こんなことを言ってきた。


「純。今日うち来る?」

「ん? いいのか?」

「別にいいよ」

「じゃあ四限終わりに行くよ」


 俺がタバコを吸い終わったので、奈緒と喫煙所を出た。彼女は俺の顔を覗き込んで聞いてきた。


「さっきの子、彼女?」

「いや、友達」


 だいぶ説明のややこしい友達ではあるが。少なくとも彼女ではない。


「そっか、ふぅん」


 カツカツとヒールの音を鳴らし、奈緒は早足で歩いた。そして、くるりと俺を振り向いて言った。


「じゃあ、わたし、バイトだから行くね」

「おう。またな」


 バイトか。どこでしているんだろう。今度聞いておこう。三限は空きコマだったので、俺は図書館で読書をして過ごし、四限を受け、楓の家へと向かった。途中、ラインをした。


『何か買っておこうか?』

『要らない。夕飯ならあたしが作る』


 おおっ、何だろう。楓は春休み中、増えに増えた調味料を消費すべく、料理にこりはじめたと言っていた。楓の家の合鍵を未だに俺が持っていて、それで扉を開けた。


「楓、来たぞ」

「んっ」


 キッチンで、楓は鍋を煮込んでいた。ごろごろとした野菜がその中に入っていた。


「何作ってるの?」

「ポトフ」


 俺は楓の耳たぶにキスをした。鬱陶しそうにはねのけられた。呼んでくれたということは、割と機嫌がいいのかと思っていたのだが、どうやら真逆らしい。ポトフを食べながら、楓は言った。


「あたし、ああいう女嫌い」

「ん? 奈緒のことか?」

「タバコも吸わないのに喫煙所に着いてくるような女、嫌い」


 そんなに邪魔にはなっていなかったと思うが。俺は奈緒をかばった。


「いい子だぞ? 率先してゼミをまとめてくれてるし。グループラインを作ろうって言い出したのもあの子だしな」

「あー。ますますそういうとこ嫌い」


 俺はむきになった。


「なんだよ。俺の友達、悪く言うなよ」

「別に? 純が誰と付き合おうが自由だけど? 喫煙所に連れてくるのはもうやめてよね」


 そんなにダメだったのか。楓なりのルールなんだろうな。俺は楓の肩に触れた。


「わかった。もう連れていかない。だから機嫌直せよ」

「別に機嫌悪くないし」


 こうなると、楓はますます内にこもるだけだろう。俺は放っておくことにした。彼女が洗い物をしている間、俺はベランダで一服した。

 片付け終わった楓も、ベランダにきた。彼女はタバコに火をつけ、俺を睨んだ。


「今日は終電までに帰れよ」

「りょーかい」


 それから、俺たちはセックスをした。実は、楓が自殺未遂をする前日以来だ。久しぶりの彼女の感覚は甘美だった。俺はピアスの少なくなった耳を舐めた。


「んっ」


 楓は可愛らしい声を出した。もっと聞きたくなる。俺は執拗に耳を攻めた。とうとう楓は笑い出した。


「あははっ、純、しつこすぎ」

「嫌だった?」

「別に?」


 一緒にシャワーを浴び、服を着た後、楓は駅まで送ってくれた。電車の中で、俺は先ほどまでの感触を思い返していた。

 楓が病気だろうが何だろうが、やっぱり俺は彼女のことを愛している。卒業すれば、離れるのかもしれない。だとしたら、在学中は、たっぷりと彼女との時間を過ごそう。

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