38 遊園地

 三月の週末。大学生五人は遊園地に集まった。偶数の方がいいだろうということで、龍介さんも呼んだ。香織と雅紀とは初対面だが、まるで問題が無かった。


「なんか、オジサン一人浮くんですけど」


 龍介さんが照れ笑いをすると、香織が言った。


「龍介さん、まだまだ大学生に見えますよ! カッコいいですし! ボクも雅紀が居なかったら求婚したいくらいです!」

「こら」


 雅紀が香織の頭に手を置いて押し付けた。


「もう、背が縮むからやめてよね?」

「ちょっとくらい縮んでも大丈夫だろ」


 相変わらず仲の良い二人だ。楓もすっかり調子がいいみたいで、ガイドブックを手に取り、辺りを見回していた。楓が言った。


「早速ジェットコースター乗ろうか!」


 俺たちは賛成した。俺は龍介さんの隣に座った。上り坂で彼は言った。


「やべえ。久しぶりすぎて吐きそう」

「あははっ。もう遅いっすよ?」


 下ってすぐ、龍介さんは甲高い悲鳴をあげた。俺はそれが面白くて、ゲラゲラ笑いながらコースターに揺られた。


「あー! 楽しかった!」


 楓は両腕を天に突き上げた。千晴の方を見ると、青い顔をしていた。俺は聞いた。


「おい、大丈夫か?」

「こわかったです……」


 雅紀もヘトヘトだった。彼は言った。


「なあ、次は軽いのにしよう」


 そこで、小さい子供でも乗れるような、ゴンドラに乗って恐竜の世界を巡るアトラクションに俺たちは並んだ。楓の持ったガイドブックを覗きながら、香織が言った。


「ねえ、途中で恐竜の卵があるんだって! 見つけたらラッキーかもよ?」


 すると、龍介さんが言った。


「実はここ、来たことあるんだよね。場所知ってる」


 ゴンドラはごくゆっくりと進んだ。俺は血眼になって、卵を探したが、見つけられなかった。終わってから、千晴が言った。


「僕、見つけましたよ。最後の方でしょう?」


 香織が千晴の肩をつついた。


「えー、すごーい! じゃあ千晴が今日のラッキーボーイだね!」


 ところが、千晴はソフトクリームを地面に落とした。


「むぅ……」


 楓が笑った。


「あはは、あたしの一口あげるよ」

「ボクもボクもー!」


 女子二人にソフトクリームを食べさせてもらう様は、運がいいのかそうでもないのかよくわからなかった。

 それから、いくつかの乗り物に乗った後、俺たちはレストランで昼食を取った。俺は写真を撮りまくった。楓は顔を伏せてピースをしてきた。雅紀が言った。


「けっこう、乗り尽くしたな。後は観覧車くらいか」


 龍介さんが言った。


「オジサン、もうバテた。五人で行っておいで」


 大学生だけで観覧車に乗った。彼が大きく手を振った。まるで保護者だ。観覧車の中で、香織が言った。


「なんか、龍介さんマジ面倒見いいよね! 雅紀と出会ってなかったら好きになるところだったよ!」


 楓がそれに返した。


「あたしも龍介さんにはお世話になってるんだ。一緒に来れて楽しかった」


 観覧車はぐんぐん上へと上っていった。龍介さんの姿も、もう見えない。俺は父親のことを思い出していた。彼は高いところが苦手で、観覧車には母親と二人で乗るのが常だった。

 俺はカメラを構え、風景を撮り、てっぺんに来たところくらいで、カメラを内向きに持ち、全員で写真を撮った。今度は楓も目線を向けてくれていた。


「あー楽しかった」


 楓は地面を蹴り、浮かれた様子だった。二ヶ月前とは大違いだ。彼女はしっかりと精神科に通い、服薬もしているようで、それについての心配は無かった。こうして見ると、本当に普通の女の子だ。


「みんな、お帰りー」


 龍介さんがにこやかに出迎えてくれた。俺は言った。


「この後どうします? メシでも食って帰りますか?」

「いいね。おれ、多めに出してあげる。五人分奢るのはさすがに無理だけど」


 俺たちは繁華街に移動した。電車の中で、雅紀がタバコの吸える個室居酒屋を予約してくれた。そういえば、全員喫煙者だ。

 煙をもくもくと出しながら、俺たちははしゃいだ。飲み放題のコースにしたので、遠慮は要らない。時折席を交代しながら、俺たちはジョッキを交わしていた。


「ねえねえ、全員で写真撮ってもらおうよ!」


 そう香織が言うので、店員さんを呼んで、カメラを渡した。楓ももう、酒で機嫌が良くなったのか、笑みを浮かべていた。

 帰りの電車で、龍介さんと二人になった。俺は今日撮った写真を彼に見せていた。


「ずいぶん撮ったね」

「はい。みんな楽しそうで良かったっす」


 龍介さんは、楓を指して言った。


「彼女、本当に顔色が良くなった。双極性障害だったんだよね?」

「はい、そうです」

「あの病気は、元気になってきた頃が危ういんだ。まだまだ気を抜くなよ」

「あのう、もしかして、龍介さんの元婚約者さんも……」

「うん、そうだった。躁とうつの波におれも振り回されたよ。楓ちゃんを本当に支えたいのなら、こうやって今回みたいにおれも呼んで。できる限りのことはするから」


 本当に、頼れる先輩だ。いつか龍介さんには恩返しをしたい。そう思いながら、帰宅した。

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