33 四人で
翌日、俺は香織と雅紀と一緒に昼食を取った。その席で、楓のことについて話した。理由は言えないが、落ち込むことがあったということ。何か料理を作ってほしいということ。彼らは二つ返事で引き受けてくれた。香織が言った。
「本当にいいの? そうやって頼られるの、ボク嬉しいなぁ! 楓ちゃんとは、もっともっと仲良くなりたいと思ってたからさぁ」
雅紀もまんざらではなさそうだった。
「オレたちに出来ることがあるなら、何でもするぞ。料理くらい、わけないよ」
「本当にありがとう、二人とも」
授業が終わり、一旦は雅紀の家に帰った。楓の家には調理器具が無いことを見越してのことだった。それからスーパーに行き、三人で持てるだけの食材を買い込んだ。
楓の家に行き、インターホンを鳴らすと、千晴が出た。
「はい、今開けますね」
千晴が顔を出した瞬間、香織は飛び上がった。
「うわっ、マジでイケメン! 目の保養!」
「こら、彼氏の目の前で言うな」
雅紀が香織を小突いた。俺たちは笑った。楓はベッドの上で座っていて、香織と雅紀を見ると微笑んだ。
「なんか、ごめんね?」
香織は楓に抱き付いた。
「いーのいーの! 今日もさ、キムチ鍋にしようと思って買ってきた! ボクたちの思い出の一つでしょう?」
すると、千晴がぼそりと言った。
「僕、辛いの苦手なんですが……」
俺は千晴の肩をポンポンと叩いた。
「その、なんだ。我慢しろ」
「ええ……」
ワンルームに、大学生五人が集うとさすがに狭い。ローテーブルに鍋は置けなかったので、コンロに置いたままにして、そこから皿に取り分けていく方法で俺たちは鍋を食べた。
「あっ……辛っ……やっぱり無理です」
「やーん! イケメンが可哀想で可愛い!」
香織はパタパタと千晴の顔の前をあおいでやっていた。俺は言った。
「焼きおにぎり、まだ残ってるぞ。それにするか?」
「はい、そうします」
楓は言葉数が少なかったが、誰もそれを指摘することが無かった。というか、香織が一方的に千晴に話しかけ続けていて、それで間が持っていた。
「ねえねえ、千晴くんメガネ外してよ!」
「なぜです?」
「見たいだけ!」
「はい、どうぞ」
「うーん、やっぱりカッコいい!」
キッチンに立つ雅紀は、そんな彼らのやり取りを気にしている暇が無いようで、せっせと皿に盛り付けてくれていた。
締めのラーメンが終わり、今度はデザートタイムだ。少々値の張るアイスを買ってきていた。ベッドに楓と香織が座り、そのアイスを食べさせ合っていた。
「はい、楓ちゃんあーん」
「あむっ……」
「ふふっ、可愛いなぁ楓ちゃんは」
「香織ちゃんも可愛いよ」
「でしょ? ボクも自分でそう思う!」
やはり、香織が居ると違う。一気に場が和んでいた。千晴がスマホを見て言った。
「僕、さすがにそろそろ帰ろうと思います」
香織はベッドを降り、千晴の腕を掴んだ。
「えっ、マジで? 今日はみんなでお泊まりだと思ってたのにー!」
雅紀が呆れたように言った。
「香織。さすがにここで五人は寝れないぞ」
俺も言った。
「香織、雅紀。楓のことよろしくな。俺も帰るから」
そして、俺と千晴は同時に楓の家を出た。駅までの道中、千晴はこう言った。
「なかなか楽しい人たちでしたね」
「だろ? 連れてきて良かったよ」
「僕たちだけじゃああはできませんでした」
「料理もできねぇしな」
途中で千晴は立ち止まった。
「ちょっと、公園寄って行きません?」
「いいよ」
俺と千晴は缶コーヒーを買い、ベンチに腰掛けた。千晴は真面目な顔付きで言った。
「楓のこと。どこまで引き受けますか? 川上さんには、ただのセフレなら深入りするなと言われました」
俺は千晴の瞳を見つめた。
「俺は、最後まで引き受ける。でも、お前と一緒なのが条件だ。千晴が引きたいのなら、俺もそうする」
「僕は……楓のことを……ただのセフレとは思っていません。唯一、復讐対象ではない女の子でしたから。僕は彼女のことを大切に想っています」
「なら、決まりだな。俺とお前。それに香織と雅紀。この四人で、楓を支えるぞ」
「はい」
帰宅すると、母親は大層ご立腹だった。
「もう、毎日毎日出歩いて! 大学はちゃんと行ってるんでしょうね?」
「行ってる行ってる。悪かったって」
「春には三年生なのよ? しっかりしてもらわないと」
旅行をして以来、母親に抱き付かれることが無くなった。こうしたお叱りも、親としては当然のことだと思った。俺は言った。
「なあ、一緒に暮らしたい奴の話だけどさ」
「うん」
「今度、紹介するよ。すっげーイケメンだぞ?」
「あら、本当? どこで引っかけてきたの?」
「共通の友達の知り合い。そいつも家族を自殺で亡くしててさ。話合うんだよ」
「そう……そうだったんだ」
「名前は千晴。もう少し落ち着いたら、日程調整しようよ」
「いいわよ」
母親も、確実に変わってきている。楓のことだって、いつか打ち明けられるかもしれない。そう思いながら、俺は久しぶりに自分の部屋のベッドで眠った。
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