27 日常

 温泉旅行が終わり、俺はいつもの日常に戻った。いつもと違うのは、デジタルカメラ。これを持ち歩くことにしたのだ。最初のターゲットは仲のいいお二人さん。


「二人とも、もっと寄ってー」


 香織と雅紀は、照れながら顔を寄せた。昼休みの食堂で、彼らの注文したオムライスとラーメンもしっかり納めていた。香織は写真を確認して言った。


「もう、どうしたのさ? いきなりカメラなんか買っちゃって」

「こういう日常を残しておこうと思って。結婚式のスライドとかにも使えるかもな」


 雅紀が苦笑して言った。


「おいおい純、気が早いぞ?」

「なんだ? お前ら結婚しないのか?」

「ボクはする気満々だけどね! まあ、現実的なところ、就職決まったらの話かなぁ」


 もうすぐ俺たちは三年生になる。ゼミも始まり、いよいよ卒業に向けての準備だ。大学生活は限られたもの。その一瞬一瞬を、いつでも思い出せるようにしておきたい。

 全員が食べ終わり、今度は喫煙所に移動して、話を続けた。香織がこう言い出した。


「ねえねえ、純って楓ちゃんとはまだ続いてるの?」

「うん。セフレだけどな」

「また四人で宅飲みしようよ! キムチ鍋のとき、楽しかったなぁ」

「いいよ。また今度誘ってみるか」


 雅紀が心配そうに言った。


「純。お前はそんな関係で本当にいいのか?」

「ああ。気楽でいいもん」

「やせ我慢に聞こえるぞ」

「そうかな?」


 実のところ、俺は無理をしているのかもしれない。一人の女の子を独占できないこと。それでも好きであり続けること。けれど、それは俺自身が選んだ道だ。俺は雅紀の肩を叩いて言った。


「俺、けっこう幸せだぞ?」

「うん……それならいいが」


 香織が言った。


「それよりさ、これからどうする?」

「あ、俺図書館行く」

「そうなんだ?」


 俺は、この前借りたSF小説が気に入り、同じ作者の他の作品を借りる気だった。香織と雅紀と別れ、俺は図書館に入った。


「あっ、千晴」

「純じゃないですか」


 自習スペースのところで、机に向かっている千晴を見つけた。テスト勉強をしていたらしい。


「夕食、一緒にどうですか?」

「いいな。それまで俺もここで暇潰すわ」


 俺は千晴の隣に座り、小説を読み始めた。今度は長編だ。有名な映画の原作にもなっているらしい。これを読み終えたら、映画の方も観てみようと俺は思った。四限終わりのチャイムが鳴り、俺は千晴と図書館を出て、喫煙所に行った。


「おおっ、美人はタバコ吸ってるのが様になるなぁ」

「どうしたんですか。カメラには興味無いって言ってたのに」


 千晴の困惑する顔もバッチリ納めた。うん、これもカッコいい。


「日常って、結局思い出せなくなるだろ? きちんと残しておこうと思ってさ」

「そうですか。それより、どこ行きます?」


 しばし相談し、俺と千晴は電車に乗って繁華街まで出て、アメリカンパブの店に入った。クラフトビールとピザを注文した。大きなジョッキが運ばれてきて、俺たちはそれで乾杯した。俺は尋ねた。


「最近、楓と会ってる?」

「昨日、バイト終わりに呼び出されましたよ。そのまま泊まって今に至ります」

「そっか、ふーん」


 ピザがきた。大きい。フードはこれだけで十分だろう。俺は話を続けた。


「それで? 久しぶりに二人で過ごしたご感想は?」

「そんなの言いませんよ。純だって、聞かれたくないでしょう?」

「俺はそうでもないけどなー」


 そう言って笑うと、千晴はやれやれと肩をすくめた。ピザをつまみながら、俺たちは就活の話をした。


「えっ、千晴、本気でバーテンダー目指すの?」

「そういう道もアリかと思いましてね。川上さんには、よく考えろと言われましたけど」


 どうやら千晴は、今のバイトがよっぽど気に入ったらしい。お客さんと話すのも楽しいし、自分を目当てに来てくれる常連さんの存在が有難いのだとか。彼は男にも女にも受けるタチなのだろう。お酒を作る技術はまだまだかもしれないが、素質はあるのかもしれない。


「うわー、俺はどうしよう。千晴と一緒に住みたいし、あのバーの近所がいいよな?」

「まあ、僕は純の人生を縛る気はありませんから。もし、遠くに就職することになったら、その時はその時です」


 そう言われると、寂しくなっている自分が居た。どうしてだろう。俺はこいつに縛られたいということなのだろうか。俺はそれを確かめるため、そっと千晴の手を握った。


「二日連続泊まると、親が心配するか?」

「僕の家ではそうでもないですよ。もう、泊まりたいんですか?」

「うん……」

「仕方ないですねぇ」


 俺と千晴は、前に行ったラブホテルに入った。キスをして、抱き締める。ただそれだけ。それ以上のことは、互いに望んでいないであろうことは、言わなくても分かっていた。純粋に、生き物としての暖かさを俺たちは求めていた。

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