25 時間

 千晴と一緒に楓の家に泊まった翌日。バイトだった。この日は龍介さんと二人で、暇なカウンターに立っていた。


「暇だなぁ」

「暇っすね」


 日曜日ということもあり、ショッピングモール自体は賑わっていた。中央の広場で、子供向けのイベントをしているのがここから見えた。


「なあ、純くん。今日おれの家来る?」

「いいんですか? ぜひぜひ」

「終わったら、買い出し行こうか」


 俺は母親に夕飯は要らないと連絡をした。誰と一緒なのか聞かれて、バイト先の先輩だと送ると、了解と返ってきた。

 店を閉め終わり、俺と龍介さんはスーパーへ行った。揚げ物なんかの惣菜や、缶ビールをカゴに入れていった。

 龍介さんの家は、マンションの五階だった。一人暮らしにしては綺麗なところで、オートロック式だった。


「おじゃましまーす」


 リビングに入ると、壁面に何本かのボトルが飾ってあるのが目に入った。俺はそれをしげしげと眺めた。


「それ、おれの第二の趣味」

「へえ、お酒集めるの好きなんですね」


 カッコいいな。俺も千晴と一緒に暮らすようになったら、集めてみようか。あいつもバーテンダーだし。

 二人がけのソファの前にローテーブルが置いてあり、その奥の壁には壁掛けテレビがあった。俺たちはローテーブルに酒を置いていった。


「惣菜レンチンするわ。ちょっと待ってて」

「はぁい」


 俺はソファに座り、きょろきょろと周りを見渡した。物が多い。本やCDなんかもたくさん置かれていた。キッチンから、龍介さんが言った。


「この部屋住んで長いの。どんどん物増えちゃってさぁ」

「ははっ、そうですか」


 温めた惣菜を並べ、俺と龍介さんは缶ビールで乾杯した。しばらくは、バイトの話や写真の話をしていたが、缶ビールが尽きる頃になって龍介さんが言った。


「カシスあるし、何か作ろうか?」

「おっ、いいですね」

「カシスオレンジにしよっか」


 龍介さんは、慣れた手付きでグラスを取ると、目分量でカシスを入れはじめた。


「やべっ、久しぶりに作ったからちょっと濃いかも」

「いいっすよ」


 カシスオレンジを飲みながら、俺は龍介さんに相談を持ちかけた。


「実はね。俺の父親って、普通の死に方してないんですよ」

「というと?」

「自殺だったんです」

「……そっかぁ」


 父親の死後、母親が俺から離れたがらないことや、友達と一緒に住むと言ったら泣かれたことを話した。


「俺、どうすればいいですかね?」

「うん。一人で抱え込むには難しい問題だね。よく話してくれたよ」


 龍介さんは、ポンポンと俺の肩を叩いた。


「時間でしか解決できないこともあると思うよ」

「時間、ですか……」

「純くんも、お父さんの死を受け入れ切れてないでしょう?」

「それは、そうですね。怒りの方が大きいですけど」


 なぜ、俺たちを置いていったんだろう。なぜ、残された俺たちのことを考えてくれなかったんだろう。なぜ。そう思う度、炎がふつふつと燃え盛る。


「お母さんにも純くんにも、時間がもっと必要だと思う。でも、時間とは、純くんが大きくなるのを待ってはくれないものでもある」

「はい」

「だから、純くんは自分の望む道を行けばいい。二十代なんて、あっという間に過ぎ去る儚いもんなんだ。自分のやりたいようにやらなきゃ、きっと後悔する」


 俺の望む道。俺のやりたいこと。ちらついたのは、楓ではなく、千晴の顔だった。あいつも、何かを背負って生きている。それが何か、俺は知りたい。それほどまでに、俺はあいつのことを特別だと思っている。


「千晴の話したじゃないですか」

「ああ、一緒に住みたいって言ってた?」

「そいつも、何か隠し事があるみたいなんです。それで、俺はそれを一緒に背負って生きたいって思ってるんです。それが何かは、まだ教えてくれないんですけど」

「……そっか。大事な人なんだね?」

「はい」


 カラン、とカシスオレンジの氷が揺れた。龍介さんは続けた。


「おれにも婚約者が居たって話したろ?」

「はい、聞きました」

「おれは、そいつの背負ってるものが抱えきれねぇって思って離れた。結果的にそれがお互いのためだったんだと思う」

「そうだったんですか」

「だから、よく考えた方がいい。純くんは、ただでさえ重いものを背負ってる。だから、その千晴くんって子の話を聞いたら、本当にできるのかどうか、慎重になった方がいい。早まるなよ」


 帰り道、自転車を押しながら、俺は考えていた。龍介さんは、今日いくつものヒントをくれた。それを無駄にしては意味が無い。

 家に入ると、母親はまだ起きていて、ソファで遺影を見ていた。俺はそっと彼女の肩に触れた。


「なあ、母さん」

「うん」

「最後に家族旅行したのって、何だったっけ?」

「温泉よ。確かアルバムがあったはずだけど」


 俺は父親の部屋からアルバムを取り出し、母親に見せた。


「これ?」

「そう。純ちゃんが中学生のときだね」

「今度の休み、ここ行こうか」

「えっ?」

「二人でさ。いいじゃねぇか。この写真みたいに、カニ食おうぜカニ」


 母親は、少し戸惑ってはいたが、俺がペラペラとアルバムのページをめくると、次第に笑顔になっていった。

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