24 嫌いじゃない

 アードベックを堪能し、ショットバーから帰ろうとすると、階段を上ったところで楓に腕を引かれた。そして上目遣いでじっと見られた。


「うち来てよ」


 もちろん俺は断らない。母親に、今日は泊まるとラインをして、まずはコンビニへ行った。酒で余計に気を良くした楓が、俺の手を繋いできて言った。


「アイス買おうよ」

「いいよ。どうする?」

「定番のバニラでしょ」

「俺はチョコミント」

「うわっ、あたしそれ嫌い」


 そんな会話すら、愛おしかった。楓の家でアイスを食べ、ひんやりとした舌のままキスをしてみた。


「あははっ、変な感覚」


 楓が面白がるので、俺たちは何度もアイスを食べてキスをした。アイスの底が見える頃、俺は彼女を押し倒した。明るい茶色の瞳が、俺を見ていた。


「純。嫌いじゃないよ」

「好き、じゃないんだ」

「うん。嫌いじゃない」


 ああ、狂おしい。俺は楓にかじりついた。彼女の押し殺した声がひどく可愛かった。

 セックスを終えた俺たちは、ベッドに寝転がり、同じ天井を見ていた。真冬だというのに、二人とも汗だくだ。俺は言った。


「シャワー浴びようか」

「いいよ。二人でね」


 俺は楓の髪と身体を洗った。彼女は小さな子供のように、されるがままだった。そして、俺のことも洗ってくれた。浴室の中で、俺は意地悪なことを聞いた。


「千晴とはいつもどうするの?」


 楓はニタリと笑った。


「教えない。でも、純とは全然違うよ」

「違うってどこが?」

「だから、教えない」


 俺は楓の肩に強く吸い付いた。


「千晴はそういうことしない」

「ははっ、そっか」


 肩には痕が残った。服で隠れる位置だから、大丈夫だろう。浴室を出て、タオルで身体を拭き、服を着て、ベランダに出た。


「はぁ……」


 楓は煙と一緒に大きなため息をついた。俺はただ、その横顔を見つめていた。彼女のことについては、まだまだ知らないことの方が多い。知ってしまえば、もう引き返せなくなるかもしれない。

 それでも良かった。俺は楓が好きだ。例え彼女にとっては「嫌いじゃない」というだけの間柄だとしても。俺は彼女のことを愛している。

 けれど、そのことは絶対に口にしないでおこう。言えば、離れてしまうかもしれないから。この関係を、ずっと続けていたいから。


「なあ、楓」

「何?」

「俺も楓のこと、嫌いじゃないよ」

「ふーん」


 今はこれだけ。これだけでいい。いつか楓が俺に飽きて、呼ばれなくなるかもしれない。それでも俺は、勝手に彼女のことを想っている。それも一つの愛情だと思っている。

 タバコを吸い終えて、俺たちは部屋に戻った。時刻は二時を越えていた。楓が言った。


「そういえば、千晴ってバイト二時までだったよね。その後どうしてんのかな、電車ないけど」


 それについては、楓を待っている間に俺は聞いていた。


「バーのバックヤードで始発が動くまで寝かせてもらってるらしいよ」

「ふーん、そっか」


 すると、楓は電話をかけ始めた。


「ああ、千晴? 今からうち来ない?」

「おい」


 まあいい。他の男ならともかく、千晴なのだから。千晴は了承したようで、今から向かうとのことだった。

 しかし、千晴は俺が居るのを知らされていなかったらしい。俺の顔を見ると、拍子抜けしたような表情を浮かべた。


「なんだ、純も居たんですか」

「おうよ。何なら二人でおっぱじめてくれてもいいけど」

「僕にそういう趣味は無いです」


 冷蔵庫に残っていた缶ビールで、俺たちは乾杯した。千晴はまだ、不服そうだ。


「久しぶりに呼んでくれたと思って喜んでたんですけど」

「あははっ、ほら、三人の方が楽しいじゃない?」


 楓は本当に悪い女だ。でも、とびっきり純心でもある。彼女はただ、楽しいからこうしているのだ。俺も千晴も、そうやって振り回されるからこそ、彼女から離れられないのだろう。


「あたしさ、純のことも、千晴のことも、嫌いじゃないよ」


 そう言って、ごくりとビールを飲む楓。俺と千晴は苦笑した。


「僕も、嫌いじゃないですよ」

「俺も」


 それから、俺たちはダラダラと酒の話を始めた。楓はコンビニやスーパーに売っている缶チューハイなら全て制覇しているらしく、どのメーカーのものが美味しいだとか、そういうことを話していた。

 眠くなったのは、やっぱり楓が最初で、ベッドに入って寝息を立てだした。俺と千晴はベランダに行った。


「残念だったな、俺が居て」

「そうでもないですよ。こうして純と二人で話すのも楽しいです」


 俺はふと思い付いて、火のついた千晴のタバコに、自分のタバコを近付けた。彼はその意味が分かったようで、大きく息を吸い込んだ。俺のタバコにも火がついた。


「純ってロマンチストなところありますよね」

「お前が言うか? 俺たち多分似た者同士なんだよ」

「そうですね」


 大学生活は、あと二年ちょっとだ。この手に届く小さな幸せを、大切にしようと心に決めた。

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