21 看病

 一番に目が覚めたのは、俺だった。スマホで時刻を見ると、朝の七時。キッチンへ行くと、ドリップコーヒーの袋があった。俺はそれを勝手に開けて飲んだ。

 楓が目を覚ました。千晴が床で寝ているのに気付き、困惑していた。


「なんで?」

「俺が呼んだ。今日俺バイトだからさ」

「そう」


 もう一度熱をはかった。下がっていなかった。俺は楓に栄養ドリンクと薬を飲ませ、聞いた。


「腹減ってる? 何か買ってこようか?」

「……ゼリー」

「りょーかい」


 俺はコンビニへ走り、ゼリーを何個か買って帰って来た。千晴が起きていた。


「おはようございます」

「おう、おはよう。千晴もゼリー食うか?」

「そうします」


 俺たちは、ローテーブルを囲んでゼリーを食べた。そうしていると八時だ。そろそろ行かなくては。俺は千晴に言った。


「じゃあ、楓のこと頼むわ」

「わかりました。今日はバイト休みます」


 それなら安心だ。俺は一旦家に帰った。シャワーを浴び、バイト用のシャツに着替えて出ようとすると、母親に引き止められた。


「今夜はどこも行かないよね?」


 俺は言葉に詰まった。バイトが終わったら、楓のところへ行ってやりたい。俺はまた、雅紀の名前を使うことにした。


「それが、雅紀の奴が風邪ひいてよ。心配だから、今日も行こうと思ってる」

「純ちゃん……」

「大事な友達なんだ」


 何か言いたげな母親を残し、俺は玄関を出た。自転車を漕いでいると、自然と気持ちが切り替わってきた。とりあえず、バイトを済ませよう。

 今日は龍介さんは居なかった。店長と、パートのおばちゃんたちと一緒だ。俺は売り物の写真立てのホコリを取り、在庫を点検した。

 千晴からは、何度かラインがきた。楓の熱は、なかなか下がらないらしい。


『月曜日になったら、病院に行かせようと思います』

『それがいいな。俺もバイト終わったらそっち行くから、それまでよろしく』


 五時になった途端、俺はバイト先を飛び出した。家に戻って着替えた後、電車の中で千晴にラインをした。


『何か要るものある? 買ってくるけど』

『いえ、大丈夫です』


 夕飯とか、どうしようかな。まあ、着いてから決めればいいだろう。俺は楓の家に急いだ。入ってすぐ、キッチンが焦げ臭いのに気付いた。千晴がバツの悪そうな顔をしていた。


「その……雑炊、作ろうとしたんですけど。失敗しまして」

「どうやったら雑炊で失敗するんだよ」


 とはいえ、俺も雑炊なんて作ったことがない。それは千晴も同じだったのだろう。鍋はすっかり焦げ付いていた。楓はいくぶん具合が良くなったようで、ベッドに座って仏頂面をしていた。


「だからやめとけって言ったのに」

「済みません、楓。済みません」


 仕方がないので、俺もキッチンの片付けを手伝った。結局、夕飯は楓が買い置きしていたカップラーメンになった。楓は口を尖らせて言った。


「男二人で大げさだっつーの」


 憎まれ口を叩くくらい、元気になったらしい。俺はホッとした。千晴が言った。


「明日は病院に行って下さいね?」

「ええー、めんどい」


 楓は熱をはかりはじめた。微熱程度には下がっていた。


「ほら、もう大丈夫だって。三人揃っちゃったし、酒でも飲む?」

「ダメですよ」

「千晴のケチ」


 それでも、タバコは吸うらしい。俺たちはまた、ぎゅうぎゅう詰めでベランダに出た。楓が紫煙を吐いて言った。


「その……今回はさ。二人とも、マジでありがと。いい友達持ったわ」


 楓は俺の顔も千晴の顔も見ていなかった。タバコの火の先を見つめていた。そして続けた。


「こうして看病してもらったのって、小学生以来かも」

「そうなんですか?」

「うちの母親、あたしが小学生のときに居なくなったから」


 それ以上は聞かないでおこう。俺と千晴の間では暗黙の了解があった。タバコを吸い終わり、楓はベッドに入った。十分ほどして、寝たようだった。千晴は楓の額を撫でながら言った。


「僕たちだけで一杯やりますか?」

「まあ、一杯くらいならいいだろ。ハイボール、作ってくれよ」

「かしこまりました」


 千晴はキッチンに立ち、二杯のハイボールを作った。店のものと比べてしまうといけないが、こちらもそこそこに美味しかった。千晴は言った。


「やっぱり料理、できなきゃダメですね」

「そうだな。俺も練習しとくわ」


 とはいえ、いきなり料理を練習したいなんて言えば、母親は不審に思うだろう。何かいい言い訳は無いかな、と考えていると、千晴が頬杖をついて俺を見つめているのに気付いた。


「何見てんだよ」

「いえ。純の瞳が綺麗だなぁと思いまして」

「お前の方が綺麗だろ」


 何を男同士で褒め合っているんだか。俺は吹き出した。つられたのか千晴も笑いだした。それから、俺たちはごく自然に、キスをした。

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