20 寄り添う
千晴が殴られた翌日。土曜日だった。俺は午前中からバイトに行った。暇な店内で、俺と龍介さんは無駄話に明け暮れていた。龍介さんは、この写真屋が入っているショッピングモールのことを話し始めた。
「ドーナツ屋つぶれたろ? あそこ、クレープ屋になるらしいよ」
「へえ、俺興味ないっすわ」
「おれも。まあ、できたら店長が一回くらい買ってきそうだよな」
俺のスマホが振動した。俺は、お客さんから見えない位置でそれを確認した。楓からだった。
『今日暇?』
楓からのお誘いは、いつも同じ文面だ。今日は夕方であがるから、それを受けられそうだ。七時に直接彼女の家に行くことにして、俺はそのことを龍介さんに言った。
「今日、セフレのとこ行ってきます」
「ああ、例の彼女ね。名前なんていうの?」
「楓です」
「ふーん、楓ちゃんか。可愛い名前だね」
それから、千晴の話もした。
「なんか、その千晴って奴と妙に気が合っちゃって、卒業したら一緒に暮らす約束しました」
「ギャハハ! 純くん、マジおもしれーな!」
確かに面白いことになっている。セフレ同士、鉢合わせてから、二ヶ月といったところだ。これまで起きた様々なことが俺の脳裏に浮かんだ。濃い二ヶ月間だった。俺は言った。
「でも、母親が何て言うかなんですよね。家出ること、許してくれるかどうか」
「おれなんて、大学のときにあっさり許してくれたけどな。ああ、そっか、親父さん亡くなってるんだっけ」
「はい」
母親の行動については、誰にも相談したことがなかった。龍介さんになら、言えるかもしれない。俺は拳を握った。すると、お客さんがきた。龍介さんがにこやかに言った。
「平松さん。いらっしゃいませ、写真できてますよ」
「ありがとう、清水くん」
平松さんは、花の写真が趣味のお爺さんだ。おそらく俺の祖父と同じくらいの年齢なのだが、足腰がしっかりしていて、ハキハキと話す。龍介さんが写真を見せながら言った。
「このポインセチア、見事っすね」
「だろう? 知り合いが育ててるやつでね……」
話は長くなりそうだ。俺は奥に引っ込み、今やらなくてもいい備品の整理を始めた。そうこうしている内に、五時になり、龍介さんに後を任せて俺は退勤した。
一度家に戻り、俺は母親に言った。
「ちょっと友達と飲んでくる」
「また? 最近多くない?」
「うるせぇなぁ」
さて、どんな服装で行こう。少し迷った後、黒いパーカーを身に付けた。直接家だから、何か食べるものは要るだろうか。俺は楓にラインを送った。
『食べ物要る?』
『コンビニでチキン買ってきて』
『それだけでいいの?』
『うん』
玄関に行くと、母親が見送りに出てきた。
「泊まるなら早く言いなさいよ?」
「わかったって」
俺はスニーカーを履き、家を飛び出した。電車に乗り、大学の脇を通り過ぎ、コンビニに寄って、楓の元へ。
正直、こうして会いに行くまでの時間すら楽しい。楓が、今夜は俺を選んでくれた。俺はまだ、彼女に必要とされている。その実感が、身体中を駆け巡るのだ。
インターホンを押し、現れた楓は、少し顔色が悪かった。
「どうした? 疲れてんのか?」
「ううん、大丈夫」
俺は楓の額に触れた。とても熱かった。
「おい、熱あるんじゃねぇの?」
「そうかな」
「体温計は?」
「あるけど」
楓はバッチリ熱があった。お腹は空いていると言い、俺が買ってきたコンビニのチキンを食べた。薬を、と思ったのだが、何も置いていないようだった。
「俺、買ってくるわ」
「……ありがと」
俺はドラッグストアへ向かった。風邪薬と鎮痛剤、それに栄養ドリンクなんかを買って戻った。楓はベッドに横たわり、目を瞑っていた。
「ほら、薬。飲めそうか?」
「うん……」
このままだと、泊まることになりそうだな。俺は母親に連絡した。楓は荒い息を吐いていた。
「おい、大丈夫か?」
「ん……やっぱりしんどい」
ベッドのふちに座り、楓の頭を軽く撫でた。一体いつから熱が出ていたのだろう。
「純。今夜はここにいて」
「そのつもり」
しばらくすると、楓は眠ってしまった。くまができていた。彼女は肌が白いから、よく目立つ。俺はコンビニで買ってきていた弁当をレンジで温め、一人で食べた。
それから、ベランダでタバコを一本吸った。あの様子だと、長引きそうだぞ。でも、明日も俺はバイトだ。ずっと着いてはいられない。
そこで、俺は千晴に連絡をした。
『楓が風邪ひいた。明日、行ってやれるか?』
既読はつかなかった。そうだ、土日の夜はバイトだったか。俺はビールを飲み、スマホでゲームをして暇を潰した。返信が来たのは、夜の二時を過ぎてからだった。
『行けますが、楓はそれでいいんですか?』
『本人寝たから聞いてないけど、お前なら適任だろ』
『バイト終わったんで、とりあえずそっち行きましょうか』
三十分ほどして、千晴が来た。
「よう、お疲れ」
「それで、楓は大丈夫ですか?」
「よく眠ってるよ」
俺と千晴も、床で寝た。楓が時折、呻くのが聞こえていた。
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