17 面倒な付き合い

 バスと電車を乗り継ぎ、俺と母親は父親の実家に着いた。古い一軒家だ。祖父母と叔父と叔母が出迎えてくれた。


「あけましておめでとうございます」


 玄関で頭を下げ、家の中に入った。俺たちが集まるのは、いつも和室だ。座る場所も決まっている。テーブルにはお節料理が並べられており、こういうのも苦手なんだよな、と思った。


「純ちゃん。まずはお父さんのとこ行こうか」

「うん」


 父親の位牌は、ここの仏壇にあった。既に煎餅や缶ビールが供えられていた。俺と母親は、正座して手を合わせた。祖母が言った。


「もう、五年になるのねぇ」


 五年前の正月は、お祝いどころでは無かった。あのときの母親は、むしろしっかりしていて、死後の手続きや香典返しをシャキシャキと行っていた。おかしくなってしまったのは、四十九日が過ぎて、納骨が終わってからだ。

 いつもの席に座り、俺は祖父からビールを注がれた。母親以外全員、酒を飲む。俺が酒好きなのは、父方の遺伝なのだろう。礼を言うと、祖父は笑って言った。


「純も、立派になったなぁ。今何年生だ?」

「二年生だよ。今年で三年生」

「そうかそうか」


 祖父は足が悪い。俺たちは座布団だったが、祖父一人だけ椅子に座っていた。正面に居た叔父が、またあの話を蒸し返してきた。


「葬儀のときは、どうなることかと思ったけどな。ちゃんと育ったみたいで何よりだ」


 叔父が言っているのは、焼香のときの話だ。俺はタバコに火をつけ、香炉にぶち込んだのだ。怒鳴られながら、この叔父に止められた。殴られはしなかったが、猛烈に叱られた。

 父親が死んだとき、俺の心を支配していたのは、悲しみではなかった。だからあんな行動に出たのだ。俺は叔父に言った。


「授業とかちゃんと出てるよ。いいとこ就職したいとも思ってる」

「ははっ、千恵子さんも安心だな。こんなにいい息子を持って」


 いい息子、か。そうさ。いい息子であるように、精一杯やってるんだ。もう父親は居ないから。この一族の望みは、もう俺だけだから。俺は最後まで生きて、全員の葬式をしてやるよ。

 雑煮が出てきた。この家の雑煮は白みそに丸餅だ。おせち料理に手をつける気にはならなかったが、これは好きだ。ゆっくりと餅を噛み、味わった。ペラペラと話をするのはいつも叔父の方で、母親は愛想笑いを浮かべながら相槌を打っていた。

 タバコが吸いたくなってきた。俺は散歩してくると言い、駅前まで向かった。確か喫煙所があったはずだ。道中、近所のおじさんに声をかけられた。


「荒牧さんとこの。えーっと、純くんだっけ」

「はい、そうです」

「大きくなって。お父さんに似てきたな」

「ははっ、そうですか」


 こんな田舎では、父親の死は筒抜けだ。おじさんは、お母さんを守ってやるんだぞと言い、俺の肩を叩いてきた。ああ、鬱陶しい。みんな、同じことを言う。夫と死に別れた彼女のことを気遣っている。

 でも、俺は? 俺の気持ちはどうなるんだ?

 龍介さんも言っていた。大学生なんて、まだまだガキなのだと。ガキの俺に、母親の世話がつとまるかよ。俺は喫煙所に着き、タバコに火をつけた。寂れた駅前はひどく静かだった。俺は楓にラインを打った。


『あけましておめでとう』


 すぐに既読がついた。タバコを吸い終える頃に、返信がきた。


『おめでとう。三日、空いてる? 千晴のバー行こうよ』


 その日は夜までバイトだった。夕方までにしてもらおうと思い、店長にラインをした。快く承諾してくれた。そうこうしていると、母親から電話が来た。


「どこに居るの? そろそろ帰ってきて」

「はぁい」


 少し外に出ただけなのにこれだ。母親も、俺が居ないとあの場はしんどいのだろう。俺は渋々祖父母の家に帰ることにした。楓との約束が俺を支えていた。千晴と会えるのもまた、楽しみだ。

 戻ると、祖母が引き出しから封筒を取って俺に渡した。


「これ、お年玉」

「ありがとう」


 もう成人しているというのに、祖父母はお金をくれる。それは、俺にとっては有難くはあるが、縛られているようで心地が悪い。今度は叔母が言った。


「これ、叔父さんと叔母さんからも」

「はい、どうも」


 彼らには子供が居ない。なので、小さいときからよく可愛がってもらっていた。しかし、老人になれば、甥の俺が世話をするようになるんだろうなということが想像できていた。別に彼らのことは嫌いではない。けれど、そのときの事を思うと、面倒な気持ちになった。叔父が言った。


「純、彼女は居るのか?」

「いないよ」


 母親が口を挟んできた。


「この子ったら、いつも男の子の家に入り浸ってるの」


 叔父がカラカラと笑った。


「本当に男か? 実は女のとこなんじゃないか?」

「違うよ」


 それから、親戚たちの会話をいなしながら、なんとかやり過ごし、正月の面倒な付き合いは終わった。

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