14 クリスマス・イブ
帰宅すると、母親がまた、抱き着いてきた。
「純ちゃん。いい匂いするね」
俺はぶっきらぼうに答えた。
「雅紀んとこでシャワー浴びたからな」
「また?」
「そうだよ」
すまん、雅紀。俺は今まで、何度もお前の名前を借りている。
「二十四日は家に居るよね?」
すがるような声。俺は母親を引きはがし、しっかりと彼女の顔を見て言った。
「いや、雅紀んとこ行く。男だけで集まる流れになったから」
もちろん嘘だ。母親は、俺の腕を握る手に力を込めてきた。
「でも、父さんの……」
「分かってる。でも、俺だっていつまでも湿っぽく過ごしたくねぇの。俺ももう大学生だぞ? 好きに過ごさせてくれよ」
そう吐き捨て、俺は自分の部屋に行き、ベッドに突っ伏した。本当に雅紀の家になんて行けない。折角のイブなんだ、香織と過ごしたいだろう。俺はスマホの友だち一覧を眺めた。白い猫が目に留まった。
『二十四日空いてる? 飲みに行こう』
十分くらいして、返信があった。
『いいですよ。場所はどうしましょうか?』
良かった。空いてるのか。何度かやり取りをして、繁華街で待ち合わせることにした。
当日、千晴はベージュのトレンチコート姿で現れた。すらっとした体型の彼には良く似合う。俺はというと、いつもの黒いダウンジャケットだ。
「よっ、千晴」
「純からのお誘いなんて、嬉しいです」
俺たちは、適当に見つけた個室の居酒屋に入った。まずは二人ともビールを注文した。俺は皮肉たっぷりに言った。
「イブなのに、暇だったんだな」
「僕はこういうイベント事嫌いなんですよ」
「うん、俺も」
タブレットに、どんどんつまみを入力していった。和風居酒屋で良かった。クリスマス感が薄れる。
千晴とは、主に学業や就活の話をした。彼はできれば地元を離れたくないと言い、家から通える企業を目指すそうだ。俺は早く家を出たい。大学のときは、授業料を払ってもらう手前、大人しく母親に従ったが、就職するとなると別だ。
「それじゃあ、純とは卒業後会えなくなりますかね?」
そんなこと、考えたことも無かった。
「まあ、死ぬわけじゃないんだ。会おうと思えば会えるだろ。いつでもってわけにはいかないだろうけど」
そう言うと、千晴は俺の目を見つめてきた。メガネの奥には、期待がこもっていた。俺は目を反らした。
「ジロジロ見んなよ、気持ち悪い」
「済みません。でも僕、卒業しても純とは会いたいですから」
そして、千晴は、核心を突いてきた。
「それで、どうしてわざわざイブの日に僕を呼んだんです?」
こいつになら、話してもいいだろう。俺は打ち明けた。
「父親の命日なんだよ。家に居ると鬱陶しくってさ。楓にも振られたし、千晴なら会えるかもと思ってな」
「そうですか……」
千晴はそれきり、黙りこくってしまった。俺は何杯もビールをあおった。いくら飲んだのか数えるのをやめた頃、とうとう意識があやふやになってきた。
「純。飲み過ぎですよ」
「だって……」
「お水、頼みますね」
水を飲んでも、酔いは覚めなかった。タバコが吸いたくなってきたが、ここは禁煙らしい。俺はぼおっとしながら目の前にいる男を見た。彼は心配そうに俺の顔を覗き込んで言った。
「もう帰りましょうか」
「やだ」
今から帰ったって、母親が泣き濡れているのが目に見えた。俺は駄々をこねた。
「今夜はずっと一緒に居てくれよ」
くしゃり、と千晴が俺の頭を撫でてきた。
「いいですよ。純の頼みなら」
会計は千晴がしてくれたらしい。俺はふらつきながら、千晴の腕にしがみつき、雑踏を歩いていた。どんどん人気のない方向へと彼は向かっていった。そして、クリスマスのイルミネーションかと見紛うほどのキラキラとした建物が目に入った。
「えっ」
「入りますよ」
千晴は手慣れた様子で喫煙可の部屋のパネルを押した。二〇二号室だ。チカチカと点滅する案内板に沿って、階段を上り、部屋に着いた。
「とりあえず一服しますか」
コートを脱いで、ソファに座った千晴は、美味そうにタバコを吸った。俺も彼の隣に腰をおろした。脱いだダウンジャケットは床に蹴飛ばした。
奴はどうしてこうも簡単に男同士でラブホテルに入れるんだ。ダメだ。酔いで頭が回らない。とりあえずタバコに火をつけた。
「僕からは何もしませんよ」
メガネを外し、千晴が言った。彼の緑がかった瞳はどこまでも澄んでいた。とにかくこれで、今夜は帰らなくても済む。俺はタバコの火を消すと、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。隣に千晴が寝転んだ感触がした。ある程度距離は離れていた。
しばらくそのまま、目を瞑っていた。千晴も動かず、黙ったままだ。俺はむくりと身を起こし、千晴に覆いかぶさって言った。
「お前からは何もしないんだよな?」
「はい」
「俺からはいいってことだよな?」
俺は千晴にキスをした。舌をねちっこく絡ませ、追い詰め、奥へ奥へと伸ばした。やっぱりこいつ、上手いな、なんて感じながら。息が切れそうになるまで、それを続けた。
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