11 忙しい日々
楓にピアスをあけてもらった翌日。商学部の教室に行くと、何人かの友人らがそのことに気付いて、突っ込んできた。香織と雅紀もだ。
「わー! 純がお洒落してるー!」
香織が俺の耳たぶを触ろうとしてきたのではねのけた。
「やめろよ、あけたばかりで触られるのこわいんだ」
雅紀が香織の肩を掴んだ。
「こら。すぐそういうことする癖やめろ」
「えへへー」
まるで懲りていない香織。雅紀も大変だな。授業が始まるまでまだ時間があったので、俺はこの二人と話し出した。
「実はさ。楓にあけてもらったんだ」
「楓ちゃんに? あの子もたくさんあけてるもんね。ボクはこわいから無理だなぁ」
雅紀が言った。
「まあ、香織はネイルの方に興味あるもんな」
今日の香織の爪は、ピンクのグラデーションに彩られていた。自分で塗っているとは前に聞いた。器用な子だ。香織は自分の爪をかざしながら言った。
「ねえ、楓ちゃんもネイルに興味あるかな? ボクが塗ってあげたいなぁ。ちょっと連絡してみようっと」
香織は物凄い早さでラインを打ちだした。いつの間にか楓とは連絡先を交換していたらしい。思い付いたら即行動、が彼女である。俺は何も言わないでおいた。
授業終わりに、香織が嬉しそうにスマホの画面を見せてきた。
「ねっ、楓ちゃんオーケーだって」
トーク画面を見ると、『興味ないこともない』という回りくどいことが書かれていた。これをオーケーと捉えるのだから、香織は楽天的だ。雅紀は言った。
「まあ、迷惑かけなきゃそれでいいよ」
「よーし! 今度はどんな色がいいのか聞いてみようっと!」
そのままの流れで、俺は香織と雅紀と一緒に昼食を取り、大学を出た。今日は夕方からバイトだった。一旦家に帰り、着替えて自転車に乗った。
もう十二月だ。写真屋では、写真付き年賀状の注文がピークを迎えていた。俺の家では、年賀状などもう送っていない。それでも、小さい子持ちの家庭などにはまだまだ需要があるらしかった。
店に着くと、龍介さんが端末のところでお客さんに操作方法を教えていた。店長も中の作業で忙しそうだ。俺は手早くエプロンをつけ、カウンターに立った。早速お客さんだ。
「いらっしゃいませ」
「年賀状の受け取りに来たんですが」
「はい、かしこまりました」
年賀状の袋の束から、注文の品を探し、お客さんに見せた。七五三だろう。和服の男の子の写真のついた年賀状だった。
「こちらでお間違いないですか?」
「はい。カード使えますか?」
「大丈夫ですよ。少々お待ち下さい」
去年の今ごろは、慣れなくて苦労していたものだ。しかし、今は一人でもお客さん対応をこなすことができる。下手に飲食店とかでバイトをするよりよっぽど合っていたと思う。
そういえば、楓はバイトをしているのだろうか。そんな話にはならなかった。一人暮らしだと、何かをやっているイメージはあるが。
そんなことを考えながら、俺は働いていた。夜になって、客足が落ち着き、店長が俺と龍介さんに缶コーヒーを買ってきてくれた。
「二人とも、今日もご苦労さん」
店長は、五十代の痩せ型の男性だ。深い笑いジワが、彼の気の良さを表していた。コーヒーも、俺がブラックで龍介さんが微糖。好みをよく把握してくれている。俺は言った。
「店長もお疲れさまっす」
「荒牧くんが戦力になってくれてるから、今年は助かるよ」
「そうっすか?」
褒められるのは慣れてない。俺はポリポリと頬をかいた。龍介さんも言った。
「そうだよ。純くん、キッチリしてるし、信用できるわ」
「そんなことないっすよ」
本当なら、ありがとうございます、と素直に受け取った方がいいのだろう。それが俺にはできなかった。
バイトから帰り、母親と夕食を取った後、俺は自室でレポートに取り掛かり始めた。たった二千文字だが、文章を書くのが苦手な俺にとっては、途方もなく長く思える。
ノートパソコンを開き、ワードを立ち上げたところで、俺はしばらくぼおっとしていた。ダメだ。コーヒーか何か飲もう。
キッチンへ行くと、母親が夕食の片付けを終えたところだった。
「純ちゃん、どうしたの?」
「レポート書くから、コーヒーでも飲もうと思って」
「母さんが淹れてあげる」
「じゃあよろしく」
母親は、鼻歌交じりにドリップコーヒーを淹れ始めた。良かった。今日は機嫌がいいらしい。いつもこうならいいんだが。
「はい、どうぞ。レポート、頑張ってね」
「うん」
俺はコーヒーを持って部屋に戻り、まだ一文字も書けていない画面を睨み付けた。卒論は何万字もあると聞いていた。果たして俺にそんなことができるだろうか。
とにかく、進めないとな。俺は大学図書館で借りた本をめくったり、用語をネットで検索したりしながら、レポートを進めた。
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