08 奢られる肉は美味い

 四人で鍋をした翌日。俺はバイトの休憩中に、雑貨屋でピアスを買った。針がついている、ピアッサーというやつだ。色は黒。カバンは持っていなかったので、紙袋を掴んだまま写真屋に戻ると、龍介さんが聞いてきた。


「純くん、何買ったの?」

「ピアスっす」

「へえ、あけるんだ」


 お客は居ない。今日も暇だ。俺は龍介さんに、楓にピアスをあけてもらうのだと話した。


「正直、ピアスとかどうでもいいんですけどね。彼女の家に行けるなら」

「ははっ、お盛んだねぇ大学生というやつは」


 ピピッと電子音が鳴った。写真のネット注文が入った知らせだった。俺はパソコンを操作し、明るさ調整をしてプリンターにデータを送った。花の写真だった。


「これ、平松さんのじゃない?」


 龍介さんが、写真を見ただけでそう言った。


「そうですよ。よくわかりましたね?」

「平松さん、癖あるからな。すぐにわかるよ」


 俺には、その癖というものがどうも分からない。どの写真も、こうして機械的にこなすだけだ。デジカメの販売もするので、最低限の知識はあるが、自分の物は持っていないし、欲しいとも思わない。

 もうすぐ閉店の時間だった。平松さんは、今日は取りに来ないだろう。いつもネットから注文してきて、数日後に取りにくる。俺は片付けの準備を始めた。シュレッダーの袋をまとめていると、龍介さんが言った。


「なあ、純くん。今晩メシ行かねぇ?」

「いいっすよ。母親に連絡しときます」


 龍介さんからの誘いは久しぶりだ。俺は心が踊った。母親にラインをすると、もう少し早く言えとお叱りを受けた。何か作っていてくれたのだろう。俺は龍介さんに何をねだろうか考えながら、残りの作業をした。

 そして、俺たちは焼肉屋へ行った。食べ放題だ。肉の質はそこまで良くないが、上限を気にせず食べられるからいい。まずはビールで乾杯した。


「純くん、どんどん食えよ」

「ういっす」


 俺はタブレットにどんどん肉を追加していった。飲み放題もつけているし、ビールを飲みたいから米は無しだ。龍介さんもそうだろう。一応、野菜もあった方がいいかと思い、キムチだけは頼んだ。奢られる手前、ここは俺が焼いた方がいいだろうと思い、トングを寄せた。


「龍介さん、サイド何か頼みます?」

「そうだな。スープか何か欲しい」

「ワカメと卵がありますけど」

「じゃあ卵で」


 肉が運ばれてきた。俺は家で料理もしないし、こういうのは柄ではないので、慎重に肉を網に乗せていった。慣れない手つきを見かねてか、龍介さんが途中から手伝ってくれた。


「すんません」

「いいって」


 まずはカルビにかぶりついた。したたる肉汁がたまらない。ビールが進む。肉と酒を交互にかきこみながら、俺はずっと気になっていたことを聞いてみた。


「あの、龍介さんっておいくつなんですか?」

「おれ? 今年で四十」

「嘘っ!? めっちゃ若く見えるんですけど!」

「あははっ、もう立派なオジサンだよ」


 龍介さんは恥ずかしそうに目を伏せると、タバコに火をつけた。道理で彼はフィルムカメラにも詳しいはずだ。俺がこの写真屋に入る数年前には、現像機が店の中にあったという。今ではフィルムは全て外注だ。デジタルへの移り変わりの時代のことを、この龍介さんはよく知っていた。彼は言った。


「だからさー、大学生とかまだまだガキに見えんの。こうして純くんに奢るの、オジサンの楽しみの一つ」

「ありがたく頂きます」


 卵スープが運ばれてきた。龍介さんはそれには手をつけず、まずは一本タバコを吸い終えるようだった。俺もタバコを取り出した。


「ガキのくせに、そのタバコなんだな、純くん」

「ええ、そうっす」


 俺はタバコの箱を指でなぞった。これ以外は吸う気にならない。


「龍介さんはずっとラッキーストライクですか?」

「うん。大学生の頃からずっとね」

「龍介さんにも大学生の頃ってあったんすね」

「そうだよ。写真サークル入ってた」


 昔を懐かしむかのように、龍介さんは目を細めた。それから、一眼レフについての語りを一通り聞いた。カメラの話をするときの彼は、まるで少年のようだ。馴染みのお客さんと話し込むときも、こういう表情をする。俺には打ち込めるものが無いので、とても羨ましい。

 肉をあらかた焼き終わり、追加注文をした頃、今度は龍介さんが聞いてきた。


「純くんは何かハマってるものとかないの?」

「いえ、特には。読書とか、やりたいんですけどねぇ……」


 もちろんそれは楓の趣味に合わせるためだ。下心のない行動など存在しないのか、と自嘲する。けれど、読書がきっかけになって彼女ともっと話せるのなら、もう何でもいい。それくらい、俺は彼女に近づきたがっていた。


「読書か。卒業してみると、大学図書館の有難みがよく分かるよ。純くんも今の内に色々読んどいた方がいい」

「そうっすね」


 デザートのアイスも食べ終わり、俺は満足して店を出た。外は寒く、俺は自転車を押し、白い息を吐きながら家に帰った。

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