06 ストレートな女

 講義が終わった後、俺はさっきの二人組と一緒に校内のカフェテリアに居た。

 背中を叩いてきた、金髪のボブヘアーの女の方は、北野香織きたのかおり。もう一人のガタイのいい男の方は、鴻池雅紀こうのいけまさき。二人は付き合っていて、俺とは一年生の頃からの知り合いだ。

 ココアをこくこく飲み、香織は聞いてきた。


「で、さっきのイケメン誰なの? 経済学部だよね?」

「あー、あれな。ちょっと色々あってな」


 俺は香織と雅紀にも、楓と千晴のことについて話した。香織は身を乗り出して話を聞いていた。そして大声で言った。


「じゃあ、穴兄弟同士仲良くなっちゃったってこと!?」

「香織、声大きい」


 雅紀は香織をたしなめた。幸い、騒がしいカフェテリア内では、俺たちの会話を気に留めているような学生は居なかった。香織はさらに追及してきた。


「でさ、その楓ちゃんって子とは今後どうすんのさ」

「まあ……機会があったらまた誘いたいと思うけど」


 楓とは、普通の恋人同士にはなれないんだろうなということは分かっていた。それでも俺は彼女を諦めきれなかった。初めてビールジョッキを打ち鳴らしたときの嬉しそうな笑顔。タバコを吸うときの横顔。可愛らしい嬌声。全てがもう、俺の身体に染みついてしまっていた。雅紀が怪訝な顔つきで言った。


「でも、しんどくないか。常に他の男の影がある女だろ?」

「それはそうだけど」

「オレは純には穏やかな恋愛をしてほしいと思うよ」


 穏やか、か。楓と一緒に居れば、心をかきむしるようなことがいくつも起きるだろう。それも分かっている。けれど、抗えないんだ。俺が黙っていると、雅紀は立ち上がって言った。


「タバコ吸いに行くか」


 俺たち三人は喫煙所へ向かった。香織は雅紀の影響で、彼と同じ銘柄のタバコを吸うようになった。マルボロだ。雅紀にとっては複雑な思いがあったそうだが、こうして場を一緒に過ごせるのだから悪くもないだろう。香織が言った。


「ねえ雅紀。今日は鍋にしようよ!」

「おう。いいぞ」


 雅紀は一人暮らしだ。そこに香織が半同棲のような形で転がり込んでおり、彼らの家には何度か行ったことがあった。香織の下着がそのまんま干してあったときは面食らったものだが。二人の仲睦まじい様子を見ていると、侘しさが強くなった。そんな俺に気付いたのかそうでもないのか、香織が言ってきた。


「純も来る?」

「いいのか?」

「オレは別にいいぞ。鍋なら大人数の方が楽しくていい」


 それから、どんな鍋にするかどうか話し合っていたら、楓が現れた。彼女は俺を見ると、軽く会釈した。余計な口を出してきたのは香織だった。


「なになに? 純の知り合い?」

「うん。楓」

「噂の楓ちゃん!? 超絶ビッチだっていうからもっと派手かと思ってた!」

「おい、香織。ごめんな、こいつ、思ったことがすぐ口に出るから……」


 雅紀が弁解を始めると、楓はプッと吹き出した。


「いいよ。それくらいストレートな方が気持ちいい」

「えへへ、そう? ボクったらいっつもこんな感じで雅紀に叱られるんだよね!」


 香織は自分のことを「ボク」と言う。初めは慣れなかったが、彼女の強烈なキャラクターのせいで、徐々に「そういうもの」として消化されていった。超絶ビッチとストレート女の会話は続いた。


「ボク、香織。こっちの雅紀とは付き合ってんの。ねえ楓ちゃん、雅紀はタイプ?」

「あたしは人のものは取らないよ。面倒だから」

「あははっ、タイプじゃないってさ」


 ここで疑問が生まれた。俺は楓に彼女が居ないことを言っていただろうか。飲んでいたからあまりよく覚えていない。まあ、下心が見え見えだったのだろう。俺はこの場は見守っておくことにした。


「楓ちゃんって肌綺麗だよね。化粧品何使ってんの?」

「デパコス使ったらむしろ荒れたから、ドラストに売ってる安いやつだよ」

「へえ! そうなんだ。ボクは化粧品代だけで月に数万飛んでいくよ」


 俺は雅紀の方を見た。彼は二本目のタバコを取り出すところだった。つられて俺もそうした。女の子たちの話は長くなりそうだった。


「香織ちゃんも商学部?」

「うん、そう。雅紀とは一年くらいの付き合いかな。半年くらい手ぇ出されなくてやきもきしたもんだよ」

「おい、香織」


 雅紀は顔をしかめた。香織からは、何度もそれで相談を受けていて、俺が雅紀の背中を押したんだっけな……。懐かしい記憶だ。やっと処女を喪失したから赤飯をくれ、というラインが香織から来たときはどうしようかと思った。コンビニで赤飯おにぎりを買って持って行ってやった。


「ねえ、ボク楓ちゃんともっと話したいな。この三人で鍋しようって言ってたんだけど、楓ちゃんも来る?」


 俺はようやく口を出した。


「香織、あのなぁ……」

「もう、純だって機会があったら誘いたいって言ってたじゃない。作ってあげようとしてんの、機会」


 ほら、また余計なことを言う。楓を見ると、タバコの煙を吐き出しながら笑っていた。


「いいよ。あたしも行く」


 そんなわけで、四人で鍋をすることに決まってしまったのである。

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