05 ナポリタン
あくる日の日曜日も俺はバイトに費やし、月曜日が来た。一限目から必修科目があった。眠い目をこすりながら、講義を受けた。二限目が終わり、俺は一人喫煙所に居た。昼食はどうしようかと考えていたら、千晴が現れた。
「純」
「よう、千晴」
校内に喫煙所はここしかない。これまでも、千晴とは顔を合わせたことくらいあったんだろうなと思いながら、俺は紫煙を吐き出した。千晴は肩から提げていたトートバッグから、タバコを取り出し、俺に言った。
「純はお昼まだですか?」
「うん、まだ」
「よかったら、一緒に食べませんか?」
「まあいいけどよ」
二人ともタバコを吸い終え、千晴の案内で学外の店に入った。ここに来るのは初めてだ。純喫茶風の外観で、何とも入りづらい。大学からそう離れたところでは無かったのだが、俺はこの店の存在すら知らなかった。千晴が言った。
「ナポリタンが美味しいんですよ。タバコも吸えますしね」
「おっ、それはいいな」
カラン、と扉を開けると、昼時だというのにお客は誰も居なかった。不愛想な若い女の子の店員が、俺たちをテーブル席に案内した。テーブルには白い灰皿が置かれていた。俺はメニューを眺めた。千晴の言った通り、ナポリタンを推しているらしい。俺はそれに決めた。千晴もそうするようだった。
「ここの店、空いてるでしょう? よく来るんですよ」
千晴はメガネのふちに手をやった。俺は、瞳のことが気になって、聞いてみた。
「千晴、その瞳、自前?」
「ええ、そうですよ。ちょっと緑っぽいでしょう。生まれつきなんですよ」
「いいな、それ」
「僕は純の瞳が羨ましいですよ。茶色というよりは黒ですよね。素敵な色です」
まさか、この顔の奴に容姿を褒められるとは思わなかった。むずがゆくて、俺は楓の名前を出すことにした。
「楓は明るい茶色だよな」
「そうですね。よく似合っています」
そんな話をしていると、二人分のナポリタンが運ばれてきた。分厚く切られたソーセージが大量に入っていて、ボリュームがあった。俺と千晴は黙々とそれを食べた。食後のホットコーヒーを飲みながら、俺たちはタバコを吸い始めた。
「美味かったな」
「でしょう? また一緒に来ましょうね」
どうも俺は千晴に懐かれてしまったらしい。一体俺のどこがいいんだか。俺は大学内では、浅く広く友人付き合いをしている方で、こんな風に特定の男友達と二人でつるむことはあまり無い。まあ、こういうのも悪くないか。俺は言った。
「千晴って、恋愛とか面倒とか言ってたよな? 何か痛い目でも見たのか?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、女の子はそこら中に居ますから、一人だけに絞るのは勿体ないとは思いませんか?」
こいつ、真面目そうなツラして、とんだクズ野郎だな。まあ、そんなギャップが千晴の魅力でもあるのかもしれない。俺は自分の話を始めた。
「俺、女の子とは全然続かなくてさ。最長は三ヶ月。なぜかいつも振られる」
「あら、そうですか」
「前の彼女と、一ヶ月前に別れたとこでさ。それで楓に声かけたの。まさか、こんな風になるだなんて思ってもみなかったけどな」
楓と居酒屋に行ったとき、彼女は自分の話はそこまでしなかった。だから、彼女のことは実はあまりよく知らない。それよりも、千晴のことをよく知ってしまっている。我ながら滑稽だった。俺は続けた。
「だから、楓とはいい感じになれるかなーなんて淡い期待持ってたんだけどな。なんで楓も遊びまくってるんだろう」
「それについては聞いたことがありませんね。興味も無いですから」
俺はまだ、そこまでドライに割り切れないな、と思った。楓のことをもっと知りたい。一緒に遊びに行きたい。酒ももっと飲みたい。はあ、この俺が独り占めできればいいのに。厄介な女に手をつけてしまったな、と俺はタバコの灰を灰皿に落とした。千晴が聞いてきた。
「純はまだ講義があるんですか?」
「うん、あるよ。千晴は?」
「僕もあります。友達居ないですから、代返も頼めませんし、真面目に出ますよ。本当は、もっと純と話していたいんですけどね」
女たらしの癖だろうか。いちいち言うことが湿っぽい。しかし、俺も千晴と一緒に居るのは心地よかった。ほだされてしまっている。これはいけない。
「いいからさっさと出るぞ」
タバコを消し、俺は立ち上がった。千晴も渋々そうした。彼と校内を連れだって歩いていると、視線が降り注がれているのが分かった。まあ、こんなにカッコいい奴そんなに居ないもんな。
商学部と経済学部の分かれ道の所で、俺たちは手を振った。すると後ろから、バシンと背中を叩かれた。
「純。さっきの誰?」
「オレにも教えろ」
俺は振り向いた。うわっ、面倒な二人組が来た。二人とも商学部だ。
「長くなるんだ。それは後で話す。とりあえず講義受けよう」
ブーブー文句を垂れる二人をいなしながら、一般教養の講義を受けた。
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