04 遊び遊ばれ

 翌朝、俺は千晴に揺さぶられて目が覚めた。


「純。おはようございます」

「ああ……おはよう」


 寝起きに美麗な男の顔を見るのは心臓に悪い。コーヒーのいい香りがしていた。千晴は聞いた。


「コーヒー飲みます? 砂糖もミルクも無いですけど」

「ああ、いいよ。俺ブラック派だから」

「僕もです」


 楓はまだ寝ていて、千晴は今度は彼女を起こしていた。


「楓。起きて下さい」

「ううーん……」


 大きなあくびをして、楓はのっそりと起き上がった。髪はボサボサだが、可愛い。


「あたしシャワー浴びてくるわ」


 そう言って風呂に行ってしまった。俺と千晴はローテーブルを挟んで向かい合い、ホットコーヒーを飲んだ。時刻は朝八時だった。千晴が聞いた。


「純の今日の予定は?」

「十時からバイト。これ飲んだらすぐ行く」

「わかりました。僕はもう少しここでゆっくりしています」


 楓が風呂から出てきた。下着姿を恥ずかしげもなく晒していた。髪をタオルで拭きながら、彼女は言った。


「何か、変な飲み会してたみたいだね」


 千晴がそれに答えた。


「元はといえば楓の男癖が悪いんですよ」

「いーや、千晴がスマホ忘れたのが悪い」


 どっちもどっちだ。俺は思った。楓との甘い朝を迎えられるとばかり考えていたのに。ここにあるのは渋いコーヒーだけだ。俺は彼らに言った。


「じゃあ俺、バイトだから帰るわ」

「あたし、駅まで送るよ」


 楓は身支度をした。千晴は部屋に残るようだった。坂道を上り、大学前の通りを抜け、俺たちは駅に着いた。


「また、うち来てよね」


 上目遣いで楓が言った。それを断りきれる俺では無かった。


「うん、行く。次は二人っきりがいい」

「りょーかい」


 楓は俺の右手を軽く握った。小さな手だ。人目がなかったら、そのままキスしていただろう。もちろんそうすることはなく、俺は帰りの電車に揺られた。

 帰宅すると、早速母親にお小言を頂戴した。


「泊まるならもう少し早く言いなさいね。心配するじゃない」

「ああ、悪かったって」


 今日は土曜日。母親の仕事は休みだ。


「彼女のところでも行ってたの?」

「いや、友達と三人で宅飲みしてた」


 本当のことは言っていないが、嘘は言っていなかった。母親からの追撃が来るのがこわくて、俺はさっさとシャワーを浴びることにした。

 それから、バイト用のシャツに着替えて、自転車でショッピングモールに向かった。写真屋はその中にあるのだ。

 写真屋に着くと、開店作業を終えた清水龍介しみずりゅうすけさんが一人でカウンターに立っていた。


「よう純くん、おはよう」

「龍介さん、おはようございます」


 龍介さんはフリーターだ。見た目は金髪で、二十代にも三十代にも見えるのだが、商品知識からして、四十代くらいかと思わされるときもある。不思議な人だ。俺と違って本物のカメラ好きでもある。

 俺は一旦バックヤードへ行き、黒いエプロンをつけた後、龍介さんの隣に並んだ。今日も暇そうだ。


「そうだ、龍介さん。昨日ね……」


 俺は、昨夜の出来事をかいつまんで話した。龍介さんは、腹を抱えて笑いだした。


「ギャハハ、何それ、意味わかんねぇ」

「でしょう? 何で男と仲良くなってんだって感じっすよ」


 一人目のお客さんが来た。写真の受け取りだ。一枚見せて、間違いがないかどうか確認してもらう。子供の写真だった。俺は営業モードに入った。


「当店のアプリはお持ちですか? お得なクーポンが配信されているのですが」

「ああ、持ってますよ。これですかね?」

「ええ、まずは会員証をタップしてもらいまして……」


 それから、ちらほらとお客さんは来たが、龍介さんと無駄話をする余裕は存分にあった。彼が言った。


「それで、その彼女可愛いんだろう?」

「はい、めちゃくちゃ可愛いっす」

「まあ、純くん若いし、遊んだり遊ばれたりするのも悪くないんじゃない? 今を楽しみなよ」

「そうっすね……」


 また、熱がこもりはじめた。昨夜の楓の肢体が目に焼き付いていた。もう一度、彼女に会いたい。いや、何度だって会いたい。例え本気じゃないとしても構うもんか。龍介さんの言った通り、俺だって遊んでやろう。

 昼時になり、店長がやってきた。俺は龍介さんより先に休憩を貰うことになった。ショッピングモールのフードコートで、カツカレーを食べた。それから、喫煙室に行った。タバコをくゆらせながら、ぼおっとしていると、スマホが振動した。千晴からだった。


『昨日は楽しかったです。また今度うちの店にも来てくださいね。土日なら確実に居ます』


 白い猫のアイコンがそう告げていた。俺は返信に迷ったが、最終的にこう返した。


『わかった。楓誘って行くわ』


 本音を言うと、ショットバーには興味があった。だから、嬉しい連絡でもあった。まあ、わけのわからない間柄の三人というのが問題だが。俺はタバコを灰皿に落とし、店に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る