02 多生の縁
初めてセックスした女の子の家で、他の男と三人で飲んでいる。今の状況を整理してみた。何の役にも立たなかった。そして、無性にタバコが吸いたくなった。俺は言った。
「タバコ吸っていい?」
楓が言った。
「ベランダでならいいよ。あたしも吸う」
千晴も着いてきた。
「僕も吸います」
狭いベランダに、男女三人がぎゅうぎゅう詰めになり、冷たい夜風にあたりながら喫煙を始めた。楓も千晴も何も話さない。しびれを切らして俺は言った。
「えっと、君って楓の彼氏……には見えねぇな。何?」
千晴はきょとんとして言った。
「何ですかね?」
質問に質問に返されても困るのだが。楓が鬱陶しそうに言った。
「セフレだよセフレ」
「はあ、そうですか」
まあ、話から察するに、こいつらやることはやってるよな。しかし、千晴はメガネのせいか生真面目そうに見えるし、いい加減な女付き合いをしている風には思えなかった。しかし、楓は言った。
「こいつ、女癖すっげー悪いんだよ」
「楓こそ男癖悪いですよね」
俺と楓と違い、彼らからは熟年夫婦のような雰囲気があった。千晴は言った。
「僕は経済学部の二年生です。純は?」
おい、いきなり下の名前呼びか。まあいい。俺も千晴と呼び捨てにすることにしたし。
「商学部の二年」
「そうですか。全員二年生だったんですね」
千晴はメガネの位置を直した。その奥の瞳が、緑がかっていることに気付いた。珍しい色だ。俺は言った。
「じゃあ、敬語じゃなくていいじゃねぇか。タメで話そう」
「あー、こいつ敬語が癖でね。抜けないんだわ」
「そうなんですよ」
居心地の悪さを感じながらも、俺たちは部屋に戻った。三人、ローテーブルを囲んで等間隔で輪になって、缶に口をつけていた。つまむものは何も無い。俺はそろそろ水が欲しかった。なので言った。
「俺、コンビニで水買ってくるわ」
一人で、という意味だったのだが、楓も千晴も立ち上がった。
「あたしもお菓子か何か欲しかったんだよね」
「僕もです。行きましょうか」
俺はスマホを見た。日付は変わっていた。三人でぞろぞろと坂道を上り、最寄りのコンビニに来た。千晴がカゴを持ち、そこに楓が遠慮なくスナック菓子を入れていった。それから追加の缶チューハイも。こいつ、まだ飲む気か。千晴はというと、チョコレートを手に取っていた。楓が言った。
「千晴は本当に甘いもの好きだよね」
「ええ。あとウイスキーも。まだ角瓶、ありますか?」
「あるよ」
「じゃあ氷と炭酸水も買いますか」
勝手知ったる楓の家、といった感じで、千晴はキッチンでハイボールを作り始めた。俺もすすめられたが断った。さて、どうしよう。もう終電は無い。朝までこいつらと過ごすしかない。もう開き直った方がいいな。俺は千晴に聞いた。
「楓とはいつから?」
「半年くらいですね。校内で声をかけられまして」
「そっか。俺、楓と話したのは今日、まあ日付的には昨日が初めて」
「そうでしたか」
ハイボールとチョコレートを交互に口に運びながら、千晴は至ってのんびりとしていた。この状況に思う所はないのだろうか。楓の方を見ると、クッションを抱え、目をとろんとさせていた。彼女は言った。
「悪い、あたし寝るわ。男二人で適当にやってて」
そして、ベッドにうつ伏せになり、そのまま寝息を立て始めてしまった。俺と千晴は顔を見合わせた。彼は無駄に美麗な顔でゆっくりと微笑んだ。
「そういうことですから、適当にやりましょうか」
「あー、もう一本タバコ吸う?」
俺たちはベランダに出た。目はすっかり冴えてしまっていた。タバコに火をつけ、どう適当にやればいいのかを俺は考えた。同じ女と寝た男同士。共通の話題は今のところ楓しかない。大きく息を吐き出した後、俺は言った。
「楓のこと、本気ではないってこと?」
「まあ、そうですね。恋愛とか面倒なんで。純は?」
「これからどうなるのか、ちょっと期待していたとこ」
「それは残念でしたね。楓はあの顔でしょう、男には困らないみたいで、散々遊んでいますよ」
お前も女には困らなさそうな容姿だな、と口に出しかけたが、やめておいた。俺は精一杯の強がりを言った。
「まあ、早々に希望を打ち砕かれておいて良かったよ」
「そうですね。楓に本気になるとしんどいですよ」
楓と、あんなに簡単にセックスできたのも、彼女が元から本気になどならないからということがハッキリ分かり、胸のすく思いだった。けれど、身体には先ほどまでの熱がしぶとく残っていた。手放すには惜しい感触だった。遠くを見つめながら、千晴が言った。
「楓の他の男と出会ったのは今回が初めてですよ。正直、この状況を楽しんでいます」
「俺はちっとも楽しくないんだが」
「まあまあ、これも何かの縁ですから。連絡先、交換しましょう?」
そうして、安堂千晴の名前が友だち一覧に追加されてしまった。彼のアイコンは、白猫だった。俺はそれについては何の反応もしないことにした。
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