ブリングザビート
両目洞窟人間
ブリングザビート
1
レコードに針を落とす。
ノイズの中からビートが聞こえ始める。
その日、その男は同じ曲のレコードをそれぞれ二枚持ってきていた。
そして曲中のドラムの部分だけを、二枚のレコードを交互に流した。
ドラムのビートがその部屋を、そしてそこにいた人々を揺らした。
マイクを持った男がそのビートに乗って叫ぶ。
永遠に続くビートと叫び。
その日、1973年8月11日はヒップホップの誕生日だ。
あくまでも地球における、だが。
1973年8月11日にヒップホップは生まれた。ウエストブロンクス、モーリスハイツ地区セジウィック通り1520番のアパートの娯楽室で。
ビートは響いた。
それからのヒップホップの歴史は君自身が調べるか、体感すればいい。
だが、今のヒップホップ、それ自身の勢いは知っているはずだ。
ビートは永遠に続いている。
ピューリッツァー賞の音楽部門を非クラシック、非ジャズ・ミュージシャンとして初めて受賞したのはヒップホップアーティストのケンドリック・ラマーだ。
彼はインタビューでこう答えている。
「ヒップホップは可能であるならばすべてのエリアに拡がっていくべきだ。可能であれば、火星でも」
ヒップホップはどこまでも拡がっていくべきだ。
可能であれば、火星でも、もっと遠くの星々にでも。
ビートは響く。
部屋に、ライブハウスに、街に、世界に、宇宙に。
2
うみゃみゃ、困ったにゃ……と一匹のねこが夜の海の波打ち際を二足歩行で歩いていました。
地球から遠く離れた宇宙の地球によく似た惑星、そのある国のある街のある区画のとある団地、その六棟の一階で、ねこのにゃんこさんはパン屋を営んでいました。
この星でねこがパン屋を営むのは珍しくありません。
この星に人間はいません。
二足歩行で歩き、知性を持ち、言葉を喋り、文明を築いたのはねこでした。
ねこがこの星を支配していたのです。
にゃんこさんは毎日仕事が終えるとパン屋から歩いて10分ほどのこの砂浜で一日の仕事の疲れを癒やし、次の日の仕事のことを考えます。
次の仕事。
注文の電話が入ったのはその日の夕方でした。
パンの注文がありました。それも大量の。
同じ団地の十棟の遊戯室でパーティをやるというねこからです。
「みんながお腹を空かせるころに大量のパンを持ってきてほしいにゃ~」注文主はそう言いました。
「大量かにゃ?」
「そうですにゃ。パーティに来る人、誰一人お腹を空かせちゃだめなのにゃ~」
「にゃるほどなのにゃ~」
注文は嬉しいことです。でもこれから大量のパンを作るとなると夜通し仕事です。
すぐに取り掛からなければなりません。それでもにゃんこさんは砂浜にやってきました。
砂浜を歩きながら作るパンのことを考えます。
クロワッサン、ミルクフランス、バゲット、バターロール…。
それはにゃんこさんの大事な時間なのです。
「頑張るしかないにゃ~」にゃんこさんはそうつぶやきました。
その頭上には星々が輝く夜空が広がっていました。
3
話はまた地球へ戻る。ヒップホップが生まれた1970年代、レコードにまつわる大きな話がある。
カール・セーガンとアン・ドルーヤンは宇宙探査機ヴォイジャーに積まれるゴールデンレコードに収録する音楽で悩んでいる。
ヴォイジャーは土星や木星の撮影を目的とした無人探査機だ。ヴォイジャーはその探査任務を終えたあと、地球に帰還することはない。太陽系を外れ、宇宙を漂う。
もし異なる惑星の生物がこのヴォイジャーを発見したら?遥か遠くにいる宇宙人に地球と地球人とその文明を知ってもらう方法は?
そうして考えられたのがゴールデンレコードだった。
地球と地球人と文明を紹介すべく、大量の画像と音と音楽を収録する。
宇宙規模のボトルレター。
しかし、収録曲の選定が彼らを悩ませた。
どの音楽が人類を表す音楽なのか?地球や人類の文明をレコードに収録するにはどうすればいいのか?
科学者でありプロジェクト・ディレクターのカール・セーガンとクリエイティブ・ディレクターのアン・ドルーヤンは悩んでいた。
いわば究極のプレイリストであり、究極のミックステープ。
先日はチャック・ベリーの『ジョニー・B・グッド』を収録するかについての会議があった。
「”ロックミュージックは思春期の音楽だ“と言うが、この地球上には思春期の若者が沢山いるじゃないかってあなたの反論は傑作だったわ」アンは言った。
「恥ずかしいよ」
「カール、いつもそんな気の利いた口喧嘩をしているの?」
「まさか。ただ音楽には面倒な人間ってだけだよ」
カール・セーガンとアン・ドルーヤンはコーヒーを飲みながら黒板に書かれた収集すべき音や音楽が書かれた無数のリストを見ながら会話を続ける。
「カール。今、中国の音楽を、調べているの」
「それで?」
「もしかしたら、ものすごく昔の音楽の資料が出てくるかもしれない」
「となると」
「ええ、とんでもない”クラシック”が手に入るかも」
「アン。君もいつもそんな気の利いたことを言うのかい」
「私も音楽のことはうるさいのよ」
4
「しんどいにゃ~」
その日の夜、大量のパンを詰めたリヤカーをにゃんこさんは引っ張っています。
汗が流れ、リヤカーを引っ張る手がしびれます。
届け先が同じ団地内で本当に良かったにゃ~とにゃんこさんは思いました。
団地の十棟に近づくと、大きな音が団地から漏れ聞こえています。
それはずんずんというビートと「にゃにゃにゃにゃ!」と何かを叫ぶような声でした。
リヤカーからパンを詰めたケースをいくつか持ち、団地の娯楽室へ向かいます。
娯楽室へ近づくにつれて音は大きくなっていきました。
両手がふさがった状態でにゃんこさんは器用に扉を開けました。
「すいません~、にゃんこのパン屋ですにゃ~」
にゃんこさんの耳に爆音が飛び込んできます。
大音量に驚いているにゃんこさんに遊戯室の状況が徐々にわかります。
娯楽室には大量のねこがいて、彼らは少し高い位置のブースを見ていました。
ブースには二台の録音円盤物を再生する機器と、一台の音量を調整する機械、そしてそれらを器用に操る一匹のねこがいました。
その猫は汗をながしながら、その円盤録音物を操作します。
手のひらの肉球で回転する二枚の円盤録音物を交互に何度も行ったりきたり。
巨大なスピーカーからは、その円盤物に録音された音楽のドラムの部分だけが延々と流れています。
二枚の円盤録音物は同じ音楽を収録したもので、その音楽の間奏のドラムソロの部分だけを、二枚の円盤録音物を器用に操りその猫は演奏し続けていました。
ずっと続くビートに合わせて、ブースの近くにいるもう一匹のねこが棒状集音機に向かって叫びます。
それは人間が聞いたら「にゃーにゃーにゃーにゃー!」と言っているだけに聞こえたでしょう。
でも観客のねこ達とにゃんこさんには聞こえます。
それはリズミカルで韻が踏まれた煽り言葉でした。
ウィットに富んだ煽り言葉と器用に踏まれた韻に観客は興奮します。
叫ぶ観客ねこ。踊り狂う観客ねこ。両手を天にあげる観客ねこ。
にゃんこさんも仕事も忘れて見入っていました。
にゃんこさんはドアの近くにあったテーブルにパンを詰めたケースを置き、ふらふらとねこ達をかき分けてステージに近づきます。
にゃんこさんは気がついたら最前列にいました。
そしてじっとその二匹のねこを見ました。
あんな風に自分もやってみたい!
にゃんこさんはそう思いました。
ステージで棒状集音器に叫んでいたねこはにゃんこさんの視線に気がつきました。
満員の娯楽室。観客達は盛り上がっています。でも、ステージに立って叫びたいと思っている観客はにゃんこさんだけだということにそのねこは気がついていました。
面白いにゃあ。
そう思ったそのねこはにゃんこさんに腕を伸ばしました。
「ステージにあがるにゃ?」という合図でした。
にゃんこさんは怖じ気づきました。自分にあんなことができると思えなかったからです。
それでも、魅力的でした。恐怖よりも好奇心が勝ちます。
そのねこの腕を掴みステージにあがります。
ステージから見るその景色は全く違いました。
娯楽室に集まっている満員の観客がにゃんこさんを見ていました。
眩しい。とにゃんこさんは思いました。
それはとても安っぽい照明でしたが、これまで浴びたどの光よりも眩しく思いました。
にゃんこに棒状集音器が渡されます。
観客達は盛り上がります。
にゃんこさんは緊張をしていました。
にゃんでこんなところに立っちゃったのだろう。どうしよう。
すると、ビートが変わりました。
後ろのブースのねこが、録音円盤物を変えて、新たなビートを鳴らしていました。
さっきより重く強いビート。
にゃんこさんは後ろのねこを見ます。後ろのねこは「これならいけるか?」という目でにゃんこさんを見ました。
「うまくやるにゃんて思わず、心から言いたいことを叫ぶにゃ」さっきまでステージで叫んでいたねこがにゃんこさんの耳元でアドバイスをしました。
にゃんこさんは頷きました。
そして棒状集音器に向けて、にゃんこさんは叫び始めました。
にゃんこさんのそれはさっきのねこに比べたら韻も全然踏めていないし煽り言葉もうまく吐き出せていませんでしたし、リズミカルでもありませんでした。
でもそれはにゃんこさんの気持ちが乗っていました。
パン屋としての生活、今日は美味しいパンを持ってきたよってこと、それから自分もこれをやってみたいと思ったこと。
にゃんこさんは衝動にまかせて叫びました。
みーこさんはそんなにゃんこさんの姿に目が離せなくなっていました。
みーこさんは友人に誘われてこのパーティに来た観客の一人でした。
みーこさんも初めて聞く音楽に驚き、興奮をしていました。
すると突然ふらふらと最前まで行ったねこがそのままステージにあがり、叫び始めてとても驚きました。
さっきまでのねこに比べたらとても下手だにゃあと最初は思っていました。
しかしみーこさんは次第に名前も知らないそのねこに、にゃんこさんに目が離せなくなっていました。
不器用そうに、それでもまっすぐに心の底からの言葉を吐き出している姿にみーこさんは
5
恋に落ちている。
アン・ドルーヤンがそう自覚したのはカール・セーガンとの電話でだった。
少し前、アンは興奮していた。やっと”クラシック”を見つけたのだ。
「カール本当に存在したのよ!2500年前の音楽の資料が!」
アンは宿泊しているホテルのベッド脇に置いてある電話からカール・セーガンに電話をかけている。時刻は22時を超えている。それでもカールは電話に出て、まるで自分が発見したかのように興奮している。
電話は何時間にも及ぶ。資料を手に入れるまでの苦労から始まり、これで”クラシック”が録音できること。そしてゴールデンレコード計画のこれからのこと。
アンはカールと話しながら、ある種の興奮を覚えていることに気が付き始めていた。
それは”クラシック”を見つけた興奮だけではなく、また別の興奮。そしてある種の心地よさ。
その気持ちはカールも同じだった。アンと話すことは仕事以上の喜びがあった。
その電話の最中、彼らはどちらともなく言い始める。
私達、結婚しないか?
唐突な提案。しかしそれはあまりに魅力的で、カールもアンもそれを考える。
恋に落ちている二人は
6
結婚をしました。
にゃんこさんとみーこさんはあのライブの後から、急速に仲が良くなり、そして結婚をしました。
にゃんこさんとみーこさんには子供が生まれました。その子にはにゃんみと名付けました。
にゃんみちゃんはすくすくと育ちました。
にゃんこさんは一層仕事を頑張りました。
厨房に置かれた電波放送受信機からは、あの日にゃんこさんが聞いたような音楽が一日流れていました。
あの日からにゃんこさんはあの音楽に夢中になっています。
そしてそれはにゃんこさんだけではありませんでした。
あの日、娯楽室で産まれたその音楽は、ねこ達を夢中にしていきました。娯楽室を飛び出し、その街に広がり、近隣の街々やその国に広がり、そしてその星全体に覆っていきました。
にゃんみちゃんが大きくなる頃には、その音楽は当たり前に存在していました。
にゃんみちゃんも小さな頃からその音楽を聞いていました。
鼻歌で歌ったり、自分も真似て歌ったりしました。
いつしか自分もその音楽を作ってみたいと思うようになりました。
同時に自分にはできるわけないにゃあとも思っていました。
でも、もしその音楽が作れたら、にゃんみちゃんは同じ団地に住む幼馴染のびわちゃんに歌ってほしいと思っていました。
びわちゃんは「にゃんみちゃん、絶対にトラック作ることができると思うにゃ~」と言いました。
それでその気になって、別の曲の一部分を切ったり貼ったりパッドに入れたりしてまた新しい曲を作ることができる機械(通称:SHIROIのNPC)を買ったこともありました。
でも全然うまく曲を作ることができませんでした。
それからその機械は全然触っていません。
本当は作りたいと思っています。でも初めてのチャレンジで失敗したことが、妙にその後を億劫にさせているのでした。
昔、母のみーこさんはにゃんみちゃんに、父のにゃんこさんと初めて出会った時のことを語ってくれました。
それは初期衝動の塊のような話で、にゃんみちゃんはとてもいいにゃあと思います。
同時に「私にはそんなこと無理だにゃあ」なんて思います。
初期衝動を成就させた父と母を尊敬しました。うまく言えないけどもそんなことをよく思ったのです。
7
それは妙な計画だが、今のカールとアンにしかできないことだ。
恋に落ちた彼らの脳波や心音をゴールデンレコードに残す。
脳波を音に変えて録音する。もし遠い未来、どこかの知的生命体がその音を、そのデータを思考に変換する文明があったならば、私達人類が何を考えていた生物だったかを残すことができる。
そして何より恋をする。という途方もないことをゴールデンレコードに残してしまう。公私混同的でもあるが、人類の奇跡を残すことでもある。
アンはニューヨークのベルビュー病院に行く。そこで脳波と身体の音を録音する。
その間、アンは考える。愛の不思議、恋をしていることの不思議について。
1977年の夏の終わりにゴールデンレコードを載せたヴォイジャー1号とヴォイジャー2号が打ち上げられる。ゴールデンレコードには59の異なる言語での挨拶、生まれたばかりの赤ん坊に対する母親の言葉、キスの音、鳥や虫や動物の鳴き声、自然の音、モーツァルトの魔笛、ストラヴィンスキーの春の祭典、グレン・グールドが演奏するバッハの平均律クラヴィーア曲集、ルイ・アームストロングのメランコリーブルース、チャック・ベリーのジョニー・B・グッド、中国の2500年前の”流水”、その他様々な国の音楽、そしてアンの脳波と心音。
ヴォイジャーは木星と土星のクローズアップ写真を撮影し、地球へ送る。
ヴォイジャーは仕事を終える。ヴォイジャーは地球には帰ること無い。宇宙を漂う。
ゆっくりと時間をかけて、太陽系の圏外へ漂っていく。
ボディはぼろぼろになっていく。
ヴォイジャーを知っているものはもう誰もいない。
それでもヴォイジャーは漂う。試算では10億年は航行できる。
10億年の間に、他の生命に出会うことはできるだろうか。
ゴールデンレコードは聞いてもらえるだろうか。
ヴォイジャーは長い長い長い時間の旅の果てに、ある惑星の重力に引っ張られ、その惑星に落下していく。
大気圏を突入する。焼け焦げてぼろぼろになりながも焼失は免れるも、そのままその惑星の海に落下しバラバラになる。
沢山の破片にまじってぷかりとゴールデンレコードを収めた箱が浮かび上がる。
8
「隕石のようにゃものが海に落ちた可能性があるということで、現在調査が行われていますにゃ」電波放送受信機から朝方、あの海に隕石が落ちたニュースが流れていました。
そうにゃんだにゃ~とにゃんみちゃんは思い、また仕事に戻ります。
にゃんみちゃんはにゃんこさんのパン屋で働いています。
にゃんこさんもあの頃に比べると年を取りました。それでも未だに厨房に立っていますし、パンを作る技術は全く枯れていません。
にゃんみちゃんはにゃんこさんと一緒に働くようになって、父のパン作りの凄みを感じています。自分にそれほどのことができるか不安になります。
もしかしたらこのパン屋を継ぐことになるかもしれない。
でも、それが本当に可能なのか心配になるのです。
電波放送受信機から音楽が流れます。
ふと流れた音楽がにゃんこさんのパンをこねていた手を止めました。
「どうしたのかにゃ」とにゃんみちゃんが聞くと、ちょっと自嘲的に笑いながら「にゃんでもないにゃ」とにゃんこさんは言いました。その曲のドラムソロの部分で感慨にふけっているようでした。
仕事が終わるとにゃんみちゃんは毎日のように海に散歩しに行きます。にゃんみちゃんは砂浜を歩きながら色んなことを考えるのが好きでした。仕事の不安や自分のやってみたいこと。それからここから見える星々のこと。
この夜空で輝く星々では知らない誰かが生きているのでしょうか、それとも誰かが生きていたのでしょうか。そしてそんな誰かといつか会うことはあるのでしょうか。にゃんみちゃんはそんなことを考えるのがとても好きでした。
波打ち際を歩きます。時々当たる波が冷たくて気持ちがいい。
すると金色に光る四角い箱が漂着しているのを見つけました。
にゃんみちゃんはなんだろうと思い、近づいて触ってみると特に危ない様子はありません。その箱を思い切って開けてみますと、中には金色の円盤録音物が二枚入っていました。
9
にゃんみちゃんはその金色の円盤録音物を家に持ち帰りました。円盤の表面には様々な模様が描かれていますが、意味はわかりそうでわかりません。
表面の水気を拭き取ると、この円盤録音物を聞いてみようと思いました。
どんな音楽が聞けるのかにゃ?音楽が好きなにゃんみちゃんは興味いっぱいです。
円盤録音物を回し、爪針を落とすと。聞いたことのない言葉が流れ始めました。
どこか違う国の言葉かにゃ?と思っていましたが、次々と聞いたこと無い言葉が流れます。それを聞いていると不気味だにゃ~と思いました。もしかしたらこれは知らない世界からやってきた円盤録音物なのかもと思いました。
爪針を移動させて別の箇所を聞いてみます。すると悲鳴のようなものが聞こえてびっくりしました。でも同時にそれは立て付けの悪い扉のような音ようにも聞こえました。それは鯨の鳴き声なのですが、この世界には鯨はいないのでにゃんみちゃんが気づく様子はありません。
それから爪針を移動させます。
様々な音が聞こえました。雷のような音。雨の音。川の音。また何かの鳴き声。
爪針を移動させます。
すると、音楽が流れ始めました。
それはこれまで全く聞いたことのない音楽です。聞いたことない音楽が次々と流れます。
聞いているうちに一枚目の表面と裏面を聞き終わり、二枚目も聞き始めます。
いくつもの楽しくて美しい知らない音楽。もしかしたら、これは本当にどこか遠くからやってきた円盤録音物なのかもしれない。
そんな音楽を聞いているとふとにゃんみちゃんは思いついてしまいました。
この音楽を使って「新しい自分の音楽」を作ってみたい!
それで別の曲の一部分を切ったり貼ったりパッドに入れたりしてまた新しい曲を作ることができる機械(通称:SHIROIのNPC)を取り出しました。
表面に溜まっているホコリを払って、久しぶりにコンセントを繋いで、電源をいれます。
それからその円盤録音物を聴き漁ります。一枚目も二枚目も聴き漁ります。
いろいろな音楽の断片を集めていきます。
パッドにいれて、それを鳴らしてみます。
以前はうまくいかなかった曲作りがするすると進んでいきます。
そのことに感動する暇もないほどにゃんみちゃんは作業に没頭しました。
にゃんみちゃんはドラムの音を重たくしたいなと思います。
何かいい音がないかにゃと思いました。
すると一枚目の15分目くらいの部分に力強くなる音がありました。
それはドラムの音ではありませんでしたが、それを使おうと思います。
その音をドラムの裏で鳴らしてみます。すると音が分厚くなってよりかっこよくなりました。
うまくいったにゃ!とにゃんみちゃんは嬉しくなりました。
その日は朝まで作業をします。そして一曲は作れてしまいました。
にゃんみちゃんにとって初めての曲でした。
にゃんみちゃんは同じ団地に住むびわちゃんに連絡をしました。聞いてほしい曲があるのにゃ。初めて作ってみた曲なのにゃ。
びわちゃんはその曲を聞きます。凄くいい曲だと思うにゃ!と興奮します。
「ドラムの音が分厚くて凄くいいにゃ」と言われてにゃんみちゃんはえへへと笑います。
そのドラムの音はアン・ドルーヤンの心音なことをにゃんみちゃんもびわちゃんも知りません。アン・ドルーヤンが恋に落ち、そのことを考えているときの心音なのは知りません。
でもその力強い音に惹かれているのです。
にゃんみちゃんはびわちゃんに言います。
「あの、よかったら、これで歌ってくれたら、私はとても嬉しいのにゃ」
にゃんみちゃんの提案にびわちゃんは頷きました。
10
にゃんみちゃんとびわちゃんのあの団地の娯楽室で初めてのライブをすることになりました。
そこがは何十年前ににゃんこさんがその音楽を聞いて初期衝動のままステージに立ったあの場所です。
「緊張するにゃあ」とにゃんみちゃんが言うとびわちゃんは「大丈夫にゃよ。にゃんみちゃんのかっこいい音楽聞いてもらうにゃ」と言います。
ステージにあがると安い照明が彼女らを照らします。それは今まで見たことないほど眩しい光でした。
にゃんみちゃんが家から持ってきたSHIROIのNPCをセッティングします。
そしてパッドを押して音楽を鳴らし始めます。
どん、ぱん。どん、ぱん、どこどこどこどこ。
ライブが始まりました。
びわちゃんが棒状集音機で歌い始めます。
にゃんみちゃんは汗だくになっています。
びわちゃんの生活が元になったかっこいい歌詞も娯楽室に響いています。
にゃんみちゃんは機材をいじって、低音をより強く鳴らしました。
あのアン・ドルーヤンの心音が、にゃんみちゃんが作ったリズムの中で、強く響いています。
ライブの時間はあっという間に終わってしまいました。
にゃんみちゃんとびわちゃんは観客に向かってお辞儀をしました。
ライブを終えて、あの砂浜に行きました。
そこでにゃんみちゃんとびわちゃんは沢山話しました。
これからもっと曲を作ろう。これからもっとライブをしよう。
これからも楽しいことをしよう。そんな事を言いました。
頭上には星々が光る夜空が広がっています。
11
にゃんたくんは娯楽室で呆然としていました。にゃんみちゃんとびわちゃんのライブを見てかっこいいと思ったのです。あの響くビートに心を持っていかれていたのです。
帰り道を歩きながら自分もあんなかっこいいビートを作ってみたいと思いました。でもまだ機材も持っていません。それでも頭の中でかっこいい音楽がなっているのです。にゃんたはその音を鳴らすようにそこには無いパッドを叩く真似をしました。さっきまでにゃんみちゃんがそうしていたように。いつか自分もそうしてみたいと願いながら。
にゃんたくんはそこには無いパッドを叩きました。
かっこいいビートが鳴り響きました。
そのかっこいいビートは頭を飛び越えて、街中に響き、世界中に響き、宇宙を飛び越えるような感覚がありました。
ブリングザビート 両目洞窟人間 @gachahori
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