第47話
普段は施錠されている扉を開くと真っ先に目に映ったのは、煙を吐き出す男の横顔だった。
「おう。来たか」
夕日を背景に佇んでいる新堂が、火の付いたタバコを指ではさんだまま、こちらに顔を向ける。
「なんでここに呼んだんですか?」
「ここしか吸える場所ないからな」
そう言って、タバコを顔の高さまで掲げる。その流れでタバコをくわえ、薄い煙を吐き出した。
「別に、ここじゃなくてもいいでしょう?」
「いいじゃねぇか、卒業アルバムの集合写真くらいしか、こんなとこ来れる機会ないぞ?」
手に持った携帯灰皿にタバコの灰を落としながら、こちらに視線を向けて話しを繋げる。
「それに、誰もいない場所のほうがいいだろ?」
夕日に向き直り、こちらに背を向ける新堂。
俺は扉を閉めて、新堂の横に並ぶ。
「今どき喫煙者はモテないっすよ」
「いいんだよ、俺が吸いたくて吸ってるんだから」
「いつから吸ってるんですか?」
俺の問いに、少し上を向きながら思い出すような素振りを見せる。
「確か……十八くらいかな~?」
「いや、ちょっと待て!」
なんて事ないように答える新堂に、思わずツッコみをいれる。
「タバコは二十歳からだろ!」
「もう二十歳はとっくに過ぎてるからいいだろ。時効だよ、時効」
ため息のように煙を吐き、悪戯っぽく笑みを浮かべる新堂。
その横顔に呆れつつも、本題とは違う質問を続ける。
「なんでそんな中途半端な歳から吸い始めたんですか?」
十八歳といえば、高校を卒業したくらいからだろう。さしずめ、大学の先輩から勧められたとかだろう。
俺の問いに対し妙な間が開き、新堂の様子を伺うと、かすかに頬を赤らめた新堂が照れくさそうな表情を浮かべていた。
「それはな……失恋だ……」
「……は?」
携帯灰皿にタバコの火種を押しつけながら、俯き加減で答える。
「失恋とタバコがどう関わるんだよ」
「なんだ? 恋バナがしたいのか?」
照れくさそうにしていたと思いきや、いつもの気の抜けたような、余裕のある雰囲気で軽口を叩き始める。
「単なる疑問だ。生徒とのコミュニケーションですよ」
茶化すような軽口に、俺も負けじと軽口を返す。
「そう言われちゃ、答えてやるのが教師の務めかね~」
灰皿をポケットに仕舞い、勘弁したように話し始める。
「昔、俺と両思いの女の子がいたんだけどよ、その子とは同じ高校でな、卒業してからも連絡取ったり、高校のメンツで集まったりしてたんだけどよ――」
夕日を眺めながら、懐かしむように語る。
「――別に特別な恋でもなく、ありふれた理由で、いつの間にか好きになってたって感じでな、ある時、二人きりになったタイミングで告白したんだ。そしたら、その子も俺の事が好きだって言うからよ、カップル成立って思ったら。その子、なんて言ったと思う?」
急に話しを振られ、驚きつつ思考を巡らす。
両思いで、告白されて返す言葉?
「お願いします。じゃないのか?」
「世の中、そう甘くないんだよな~」
言いながら、首を横に振る。どうやら、ハズレのようだ。
「その子はな、彼氏がいるって言ったんだよ」
「なんだよそれっ! 両思いじゃないのかよ」
俺の反応に、新堂は目を細めて笑う。
「その時は俺も頭が真っ白だったよ。おまけに、その彼氏が俺の知り合いだった」
「なんか複雑になってないか? てか、なんで好きな人がいて、他の男と付き合ってるんだよ」
「まぁそれに関しちゃ、押しに弱い子だったし、男の方もグイグイいくタイプだったからな。断りきれなかったんだろ」
自分の失恋話しを、まるで喜劇のように語る新堂。笑い話にできるくらいには、過去の失恋は吹っ切れているのだろうが。
「おかげで俺は、失恋で落ち込んで、気を紛らわすために喫煙者の仲間入りってところだ」
新堂は再び灰皿を取り出し、咥えたタバコに火をつける。
「今では気に入ってるけどな、タバコを吸う時間ってのが」
「なんでだ?」
「選択肢の逃げ道ができたから。かな?」
選択肢?
「どういう……」
「さて、交代だ」
俺の言葉にかぶせるように、新堂が遮る。
「今度は俺が聞く番だ……本当は何が聞きたいんだ?」
仕切り直すように、口からタバコを放して本題に切り込む。
本題。それは、指導室で聞こうとして遮られた話しの事だ。
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