第4章
第44話
登校完了時間より少し前。月曜日の朝から教師の怒鳴り声が校舎の一室に響き渡っている。
「全く、なんて事をしてくれたんだっ‼」
「すみませんでした!」
職員室の隣にある生徒指導室。その室内で怒鳴り声を上げる、学年主任の佐藤。そして、素直に謝罪の言葉を述べる俺。
金曜の公開生放送から土日を跨ぎ、登校してすぐこの部屋に呼び出された。
部屋の中は教室と同じくらいの広さで、パーテーションで区画分けされている。その分けられている一画に、机を挟んで俺は佐藤と対面している。
「自分のした事が分かっているのかっ‼」
そう言って佐藤は机に拳を打ち付ける。この対面の仕方からして、さながら刑事ドラマの取り調べのようだ。
「同級生の晴れ舞台だと思って、つい魔が差しました」
金曜日の公開生放送。その生放送中に、特設スタジオのブース内をスマホのカメラで撮影して、公開生放送を妨害した事がラジオ局のスタッフから学校に連絡が入ったのだ。
黒野のためにやった事ではあるが、問題行動には変わりない。さすがに本当の事を話せば、黒野まで巻き込むかもしれない。だから、あえて自発的にやった事にしておく。
「魔が差したじゃないだろっ‼ お前の行動が、学校の評判を落とす事になるんだぞっ‼」
確かに、俺のした事は問題行動。さすがに文句が言えない。
「すみませんでした!」
誠心誠意、謝罪の意を込めて頭を下げる。
後になって、さすがにやり過ぎと思い、反省していたのは事実だ。謝罪も本心からしている。しかし、佐藤の怒りは収まらず、腕を組んだまま睨み、貧乏揺すりで床を小刻みに踏みつけている。
「失礼します」
俺と佐藤だけの生徒指導室に、ドアを開ける音と共に男の声が響き渡った。
「佐藤先生。この度は、私のクラスの生徒がご迷惑をおかけしました」
俺たちのいる区画に、一人の教師が入り込み謝罪の言葉を述べながら頭を下げる。
「新堂先生か、頭を上げて下さい。今、間島を指導しているところですから」
俺たちの元にやってきたのは、俺のクラスの担任教師。新堂渉だった。
普段教室で見せる気の抜けた雰囲気はなく。お手本のような、綺麗なお辞儀を佐藤に向けている。
「失礼ですが、私の方からも言って聞かせますので、ここからは私に任せていただけますか?」
頭を上げて、神妙な面持ちで佐藤に告げる。
佐藤は、腕を組んだまま、値踏みするように新堂を見つめ、ため息交じりに返す。
「はぁ~、分かりました。新堂先生が言うなら任せます」
そう言って佐藤は立ち上がり、新堂に椅子を譲る。
「いいか、学校に連絡があった後、頭を下げに行ったのは新堂先生だからな、感謝しろよ」
去り際にそう言い残し、佐藤は背を向ける。
去って行く佐藤の背中に「お手数おかけしました」と、再び頭を下げて見送る新堂。
ドアの閉まる音を確認すると、俺の正面に新堂が座る。
「だってよ。俺に感謝しろよ~」
先ほどのかしこまった態度とは裏腹に、いやらしい笑みを浮かべた新堂が、砕けた口調で話し始めた。
「……は?」
あまりの豹変ぶりに、思わず気の抜けた声が漏れる。
「いや~、こんなバカをしでかすとはな~。SNSに上げたら炎上ものだぞ~」
こちらの困惑にもお構いなしに、なおもおちゃらけた事をのたまう新堂。
「いやいや、何だよその態度」
困惑で理解が追いつかないながらも、ニヤニヤした新堂に問いかける。
「普段と変わらんだろ?」
「普段と変わらないから聞いてるんだよ」
今の新堂の態度は、教室にいる時と変わらない。だからこそ、佐藤に頭を下げていた時との態度の違いに困惑する。
俺の言葉に、理解できないといったように首を傾げる。
「俺のした事を怒らないのか?」
「なんで?」
「なんでって……は?」
疑問を疑問で返され、さらに疑問が増える。
「さすがに反省してるだろ? そんな奴を叱って何になる?」
首を傾げたまま、なんて事ないように話す新堂。
その表情は、冗談を言っている訳でもなく。本心から疑問に思っているようだ。
意外な言葉にあ然とするが、新堂の言う事には一理ある。
「佐藤に言ったのは何だったんだよ」
「あんなの、そう言っておけば片付くからだよ。俺、評判だけはいいからな」
わざとらしく笑みを浮かべ、頬杖をつく。
確かに、佐藤は「新堂先生が言うなら」と言って、去って行った。教師達からの信頼はあるようだった。
「大体、悪さしたら叱るってのが、当然だと思ってる奴が多いんだよな。自分で反省できる奴を叱っても、ただ萎縮させるだけだってのに」
愚痴を言うように語り出す新堂。その愚痴には、新堂なりの価値観を表しているように思えた。
「ちょっと聞いても……」
そこまで言いかけて止めた。登校完了時間を知らせるチャイムが鳴ったからだ。
「よし。指導はここまでだな」
チャイムが鳴ると、新堂は手を叩いて立ち上がる。
「教室に行くぞ。聞きたい事があるなら、そうだな……放課後に屋上に来い。ドア開けといてやるから」
ドアへと向かいながら、顔だけこちらに向ける新堂。俺はそれに頷いて、新堂と共に教室に向かった。
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