第43話

「けいちゃん、これってどうゆう状況?」

 黒野が軽快なトークを披露し始めて以降、ザワつく観覧者達の視線にいたたまれなくなった俺は、スタジオから少し離れた所で彩也香に声をかけられた。

「アプリでラジオを聞いてたら、黒野さんが普通に話してたから様子を見にきたんだけど。なんでカーテンが下ろされてるの?」

 スタジオを横目に、説明しながらこちらに近づいてくる彩也香。

 黒野を心配して、生放送を見届けようと彩也香もついてきていたが、ほんの少しでも、人が多くいるという状況を避けるために、彩也香は一人で別の場所で待機していた。

「これなら、大勢の前じゃなくなるだろ?」

 彩也香の疑問に対して、俺は素直に答える。

 それを聞いた彩也香は、あ然とした表情でスタジオと俺を交互に見る。

「けいちゃんがやったの?」

「まぁな。説教はやめてくれよ。たぶん……というか、絶対に月曜に絞られるから」

 俺は学校が終わって、そのまま特設スタジオまで来た。つまり、制服を着たまま生放送を妨害するという、問題行動を起こしたのだ。

「はぁ~……本当に問題行動を起こす前提だったんだね」

 大きなため息と共に、呆れた様子を吐露する彩也香。

「確実に指導部行きだろうから、私からはなにも言わないでおくね」

「そうしてくれると助かる」

「でも、これでいいの?」

 肩をすぼめながら、隣に並んで俺に問いかける彩也香。

「何が?」

「これだと、克服したことにならないんじゃない?」

 未だにカーテンで遮られたままのスタジオを見つめながら、黒野がよこした相談を掘り起こす。

「黒野の場合、今はこれでいいだろ」

「どうして?」

「黒野は少しづつだけど、自分の力でトラウマを克服していってるよ。自分の意思で放送部に入ったのも、校内ラジオを続けているのも、黒野は自力で克服出来るよう行動できるやつだよ。」

「でも、今回の公開生放送も、克服するために必要じゃないの?」

「これを達成できたら、無事に克服完了だろうな。けどな、まだ早いんだよ。」

 昔は普通に話せていた。それが本当であれば、黒野ならいつかはトラウマを乗り越え、大勢の前でも話せるようになるだろう。だけど、まだそのタイミングではない。今必要なのは、大勢の前で話す経験じゃなく、トラウマを乗り越えること。

「今は、先延ばしでいい。ってこと?」

「そうゆう事。良く出来ました」

 首を傾げながら問いかける彩也香に、おだてるように返す。

 いつものように、また妹扱いだの機嫌を損ねる彩也香をなだめつつ、黒野が出演するラジオを聞き届けた。

 ラジオがCMに入り、スタッフに呼ばれた俺は別室に連れて行かれ、学生証と電話番号を提出した後、学校に今回の顛末を連絡されたのは言うまでもない。

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