第42話

 俺は、ポケットのスマホを取り出しながら立ち上がり、スタジオへと近づいていく。

 ブース内のスタッフが、何事かとこちらを見る。

 俺は、スマホのカメラを起動して、ブース内にスマホを向けて撮影を始めた。

 ブース内のスタッフは、俺を止めようとドアから出てこようとするが、ノイズが入るのを警戒して、別のスタッフに止められていた。

 中の慌てた様子に、黒野も顔を上げて辺りを確認すると、俺と目があった。

 パーソナリティー達も俺に視線を送るが、冷静を保ったままトークを繰り広げていた。

 驚きで目を見開いた黒野は、困惑した表情で俺を見ている。だがそれも、上から下りてきたベージュの布で遮られた。

 ブース内のスタッフが、俺の撮影を遮るために内側のカーテンを下ろしのだ。

 既に外からブース内を覗く事はできない。それと同時に、ブース内からも外を見る事はできなくなっていた。

 これで俺のできる事は終わりだ。背後からは、観覧していた人達のザワめく声が聞こえるが、それに構わず、スピーカーから流れるラジオの音声に耳を傾ける。

『黒野さんは、学校でラジオをやってるんだって?』

 スピーカーからは、このような状況にも関わらず、パーソナリティー達が平静を保ったまま番組を進行していく。

『はい、今日みたいな本格的なものじゃないですけど。お昼休みの間に、十分だけラジオみたいな事をやらせてもらってます』

 先ほどとは打って変わって、話しを振られた黒野は、ハキハキと応えていた。

『凄いねぇ! 高校を卒業したら、僕らと一緒にパーソナリティーやろうよ』

『内定貰ったって事でいいですか?』

『もしかして、私の仕事奪われちゃう?』

 カーテンで遮られたブース内は見る事ができない。しかし、生放送ということもあり、今も放送は続いている。

 流れている音声は、録音のものではなく。今まさに、ブース内で行われているものだ。

 会話を振られた際のアドリブは、校内ラジオを通して練習してある。軽快なトークも、普段から校内ラジオを行って培った賜物だ。

 そして、今のブース内の黒野の状況は、放送室と同様、目の前にはマイクと、カーテンが下ろされた壁があるだけ、他には数人のスタッフしかいない。

 いつかの放送室と同様、背後に人がいても問題なく校内ラジオをこなせる事は確認済みだ。

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